第4話 カナエ、未来の私だよ①
目が覚めたら14時27分だった。メイク落とせば良かった。顔がパリパリする。ヒビ入ってるんじゃないかって不安になる。それに左目の視界が絶望的に死んでる…コンタクト落ちたな。あーなんで化粧落としてから寝なかったんだろう。
私はトイレに行ってから、洗面台に向かって化粧を落として右目のコンタクトを外した。低下した視力では鏡に映る自分がまともに見えない。
鏡に鼻がぶつかるギリギリまで顔を近づけた。
老けたな私。ぼやけた状態の私はまだまだ可愛いのに。鮮明に映るとダメだ。ババァの醜いブス。
鏡から顔を離しシルエットとしてしか認識できないぼやけた自分を見つめる。
「カナエちゃん…」と呟いた。
私があの男と会った日、もう少し頑張れてたら結果は変わっていたんじゃないかな。カナエちゃんの学生生活は守れていたんじゃないのかな。
私とヤッた時みたいに無理矢理やられたのかな。それともニュースで男が言ってた通り同意のある性行為だったのかな。
私はヘナヘナと足から力が抜けた。両手で洗面台の縁を掴んだ。
何が性犯罪抑止嬢だよ。抑止できてないじゃん。もしかしたら推進しちゃったのかな。私のせいで。
でも私には関係ない。私はただ言われた通りプレイしただけ。私には関係ない…。あーダメだ。そう言い聞かせても彼女の顔が頭によぎる。
どうして忘れられないんだろう。彼女と顔が似てるから。生い立ちが少し似ていたから。分かんない。
私はこのままテレビとかネットの情報を待って感情に浸って終わってしまうのか。
なんか嫌だ。そんなの嫌だ。
私は目を瞑り大きく息を吐いた。
1ヶ月前の男の言葉を懸命に思い出した。
あいつがホテルのベットで飛び跳ねながら叫んだカナエちゃんの個人情報。
好きな科目、苦手な科目、最後に髪を切った日、住所、電話番号…うん思い出せる。
これは職業冥利につきる。
私は勢いよく服を脱ぎシャワーに入った。
その後、私はいつもの10倍化粧に時間をかけヘアセットをした。服も高いブランドもの。
マンションを出てすぐにタクシーを捕まえた。
運転手にすらすらと行き先を伝えた。
「あんた、ここから結構距離あるよ」と言って運転手はバックミラーで私のことをチラッと見た。
「大丈夫です。金あるんで。」と私はスマホをいじりながら答えた。
運転手もそれ以上は聞かなかった。
私何してるんだろう。カナエちゃんの家に行って。まだ被害に遭ったかなんて分からないのに。私に出来ることなんてないのに。やってること犯罪者と変わらないよな。
会いたいという気持ちと、会ってはいけないという気持ちがぶつかり合う。
外は鬱陶しくなるくらい日が眩しい。サングラスかけてきて正解だった。今日は木曜日だ。本来だったら学生は学校に行っている。
なのにどうして私はカナエちゃんの家に行こうとしているんだろう。いや、きっと私は過去の自分を救おうとしているんだ。嫌だな。ますます犯罪者じゃないか。
「着きましたよお客さん」
私はカードで支払いを済ませ、タクシーを降りた。住所までは分かったけど家はどれか分からない。
表札を頼りにしようと思ったけど、ここ一帯はマンションかアパートしか立っていなかった。
暑い。7月の東京はバカ暑い。アスファルトから熱風。空からは…言うまでもない。
私はスマホで電話の画面を開いた。指が震えている。これで、カナエちゃんが出たとしてなんて話せば良いんだろう。
「あなた、もしかしてカナエちゃん…被害者だよね?」「私、その教師のこと知ってるよ」「証言するから、その教師がレイプしたいって言ってたこと」「貴方はまだやり直せるから」
あぁダメだ。不自然すぎる。通報されてもおかしくない。
とりあえず番号は打った。あとは受話器のボタンを押せば電話がかかってしまう。
悩み悶えているその時、後ろから若い女の子の声が聞こえた。私は焦ってカナエちゃんかと思って振り向いた。しかし女の子は黒髪ロングの高校生だった。制服も違う。カナエちゃんの高校じゃない。
安堵したところに再び若い女の子の声が聞こえた。さっきの女の子かと思ったが違う。周囲を見ても女の子はいない。じゃあ…これは。
わたしは恐る恐る下に視線を落とし、スマホにを見た。電話が繋がっていた。カナエちゃんに。
「もしもし…もしもし…?」
私は急いで電話を耳元にあてた。
「すみません。どなたでしょうか…?」
とてもか細くて綺麗な声をしていた。
「あぁえっとですねぇ私は…」と言って言葉を詰まらせてしまった。
「またマスコミの方ですか?」
震えるような声が耳元に響いた。そして私は確信した。被害者がカナエちゃんであることを。自分があの教師の性欲を食い止められなかった罪を。
もっと私が若かったら、カナエちゃんみたいに天然美人だったら、もっとアイツの心を奪うことができていたら、自己嫌悪に走りたくなるが、それは今じゃない。
マスコミってカナエちゃんは言った。もう既にマスコミは動いているのか。私は周囲を見渡した。怪しいやつはいない。
「すみません。もう切ります。」とカナエちゃんは言った。
「待って!カナエちゃん!私マスコミじゃない!」
「じゃ、じゃあ…」
私は太陽の方をまっすぐ見て大きく息を吸った。
「私ね未来って言うの」
「は、はぁ」
「あなたの未来なの!未来の私!カナエの未来!!貴方を救うためにタイムスリップしてきたの!」
自分でもドン引きするような大きな声でドン引きするようなことを言った。暑さのせいで私の脳は溶けてしまったみたいだ。
こうして私とカナエの偽りのタイムスリップが幕を開けた。
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