彼と彼女と
ネプ ヒステリカ
彼と彼女と
家からバス停に行くのに公園の遊歩道を通り抜けていく。その公園の出入り口近くに自販機がある。
並んでいる商品を見て、売り切れの表示があれば、それは人気があるんだと思う。気が付かないが、売れなくて消えていくものもあるのだろう。
いまの家に引っ越してだいたい20数年、H氏は、通勤にこの道を使ってきた。
業者の関係で週に一度、ときに二度、早朝出勤があった。夜明け前、薄暗いうちに家を出て、始発に乗る。
いつの頃からか自販機の近くでタバコを吸っているアベックを見るようになった。
H氏より少し年下の40代中頃だろうか、二人は自販機で買った缶コーヒーを持ってタバコをくゆらせていた。互いに視線を合わる様子はなく、別々に遠くを眺めていた。
夜明け間近にわざわざ家を出て、公園の片隅で並んでいる。散歩途中の夫婦夫婦には見えなかった。
恋人同士なのだろうか。
そんなことをぼんやりと思いながら、いつも二人を横目で見て通り過ぎた。
公園をすぎれば二人のことは意識から消えた。それ以上考えることも、思うこともなかった。
ある日、自販機の横を足早に通り過ぎようとしたとき、何気なく二人の方を見た。
フッ、と女が、視線をそらせた。
それは、隠れて男と逢っているのを見られた恥じらいとは思えない、眼が合って自然に視線をそらせた感じだ。
その横で遠い目をした男は、身じろぎもせずタバコをくゆらせていた。
他人同士の冷たさも、肉親や恋人の親密さも二人には感じられない。
長年付き合っている中年の恋愛とは、こういうものだろうか。
なにか、少し違う気がした。
不思議な感覚、違和感が残った。
妻にそのことを話した。
「不思議な人たちね。朝早くから? どこかにいくのかしら」
「そんな感じでもなかったなあ」
全く知らない他人のことだ。話しは広がることもなく、そのままになった。
仕事が変わって早朝出勤はほとんどなくなった。
ふと、朝の二人は、まだいるのかなと思った。日々の忙しさで意識の外に消え、また現れてはは消えた。
日が過ぎた。
ある日、ターミナル駅の階段を上っていると、すれ違った人の姿に見覚えのあるような気がした。
振り返った。
だが人混みに紛れて、誰だか判らなかった。
公園で立っていたアベックの男の様な気もした。しっかり見たこともなく、どんな背格好かもあいまいだ。
そしてそれも人混みに紛れた。
担当替えから数ヶ月経って、久しぶりに早朝出勤をした。
公園の遊歩道に入ったところで、あの二人がいないかと眼で探した。
いつもと同じ、自販機のところで二人はタバコを吸っていた。
以前と同じように、缶コーヒーを持って違う方向を見ていた。
ああ、いた。
ちょっと嬉しく、ホッとした。
ジロジロ見ては失礼なので、目を合わさないようにして横を通り過ぎた。
意味もなく目を伏せ、恥じて、歩みを早めた。
初夏に入った。
久しぶりに早朝出勤があった。
少し遅れ気味だったので急いで歩いていたら、いつものところに女がいた。
缶コーヒーを持ってタバコを吸っていた。
男は、いなかった。
女は、タバコの煙が消えて行く先を遠い目で見ていた。
人待ちのようには見えない。
男は遅れてるのだろうか。
数日経った次のときも、女が一人で立っていた。
その次も、そのまた次も。
いつもと同じように自販機で買った缶コーヒーを両の手のひらに包み込むようにして女が立っていた。
まだ、男を待っているのか。
男はもう来ないかも知れないのにと思った。
家に帰って、
「公園の男の人が来なくなったよ」
妻に言うと、
「前にいっていた公園のアベックさん。女の人、寂しいわね」
妻がいった。
それだけだ。
気が付くと、早朝出勤の公園の遊歩道にだれもいなくなった。
朝の早い時間、人のいない公園の遊歩道に入ると、自販機をチラリと見るようになった。
その度に、あの二人ともう見ないだろうと思った。
彼と彼女と ネプ ヒステリカ @hysterica
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