第11話

 私、新垣紗優は悩んでいた。そして解決の糸口として河合さんのアイディアに乗っかった。その結果、綺麗に収まるべきところに話が収まった。私のことが好きだとみぃちゃんが言い出した時は正直ビックリした。別に女の子が女の子を好きになるということに抵抗はない。一切ない。これはほんと。だからその部分にはあまり驚きはなかった。驚きがあったのは、私のことが好きだという部分だ。

 正直、みぃちゃんに好かれるような行動をしてきた覚えはなかった。

 ALIVEとしてそれなりに長い間接してきたけれど。逆に言えば、その程度。友達とかならわかるけれど、恋愛感情を持たれるような深い関係ではない。

 そもそもみぃちゃんはあかりんのことが好きなのかなとか思っていたし。

 私の目はとりあえず腐っているみたいだね。


 まぁ人を好きになるというのはどうしようもないものだよなぁと思う。

 恋愛感情というものは、怒りや悲しみ、喜びという喜怒哀楽と違ってコントロールできるものではない。時に臆病になり、時に暴走する。制御しようと思ってできるものじゃない。どうしてそうなるのかも、いつそうなるのかも、本人にすらわからない。なんなら好意を抱いたという事実に気付かない、ということだって珍しくない。


 だからみぃちゃんを責めようとは思わない。

 それにさっきも言ったけれど、河合さんの尽力もあって、付き合うけれど付き合わないというちょっと微妙? な関係も築くことができた。百合営業というどっちに転びそうで転ばない関係。ぐらぐら揺れる不安定な石の上に立つような関係かもしれないが、私の気持ちもみぃちゃんの気持ちも無下にしない、素晴らしい関係であると、私はとても満足している。

 もっともみぃちゃんが本当に満足しているのか、というのは謎であるが。まぁこればかりは私がとやかく言えることじゃない。みぃちゃんの心の中はみぃちゃんにしかわからない。外にいる私がわかるわけないし、わかっちゃいけないことだ。


 「万事解決……って言いたいところだけど」


 ぐーっと背を伸ばす。

 問題も解決し、仲直りもできて、ハッピーエンド。そうなれば良かったのだが、そうもいかない。この問題を引き起こした、大元がまだ解決していないのだ。

 私はつーっと原因を見つめる。


 原因である彼女は河合さんの家と同じソファでくつろいでいた。

 見つめると目が合う。目が合って、不思議そうに首を傾げる。

 良いね。幸せそうだ。


 「どうしたの? さゆちゃん」


 あまーい声を出す。

 河合さんの家にいる時の自分を見ているようで、複雑な気持ちになる。


 「一緒に観ようよ。テレビ」


 と、のんきさ全開であった。

 とりあえずコホンとわざとらしい咳払いをした。頭の中や心の中に渦巻くもやもやを吹き飛ばす。


 「そろそろ真面目に話そっか。いつまで居候するか、を」


 みぃちゃん家で問題の早期解決を願っていることを切り出した。

 もちろんあれやこれやとかわされてしまった。

 私、こういうの下手過ぎる。


◆◇◆◇◆◇


 「というわけで、相談しに来たんだけど」

 「どういうわけで相談しに来たの?」


 私は河合さんの家に上がった。

 いつぞやのみぃちゃんみたいにソファでくつろいでいた。声をかけると、なんだかすんごい渋い顔をしながら振り返った。あ、あれ? あまり迎え入れて貰えてないのかな。たぶん気のせいだよねぇ。

 鍵が開いてたから、私のこと迎えてくれているのかなって思ったけれど。違ったのかなー。


 「結構真面目な話だよ」


 そう言って河合さんの隣を陣取る。

 河合さんの良いところはこうやって座ると、一応聞く姿勢をとってくれる。

 嫌なら耳を塞いで「わーわー」と妨害すれば良いのに。決してそういうことはしない。


 「みぃちゃん、どうやったら帰ってもらえるかなって」

 「えぇ……まだやってんのそれ。ずっとそれじゃん」


 低めの声と共に微苦笑を浮かべる。


 「やってるよ」

 「てっきり解決したのかと。だって百合営業をすることで解決したんじゃないの」

 「それは私とみぃちゃんの関係だけ。みぃちゃんとみぃちゃんの両親の関係修復にはなってないから」

 「あーね、まぁそれはその通りだけどさー。うーん、そう上手くとんとんとことは進まないってことかぁ」


 なにかぶつぶつ言っている。


 「と、とにかく! 河合さん! た す け て」


 ぐいぐいぐいぐいと顔を近付ける。

 ふふふ、私推しの河合さんは嬉しくて死んじゃうかもしれないな……って、なんで冷静に距離取ってんの。


 「わかった。わかった。助けるから落ち着いて」


 ため息混じりに窘められた。

 ……。

 これじゃあまるで私が一人で興奮していたみたいじゃないか。恥ずかしい。


 「話をまとめると、星空未来と星空未来の両親を仲直りさせて実家に帰らせるってことだよね。さゆちゃんのしたいことは」

 「そうそう」

 「ALIVEが超有名になって、お金稼ぎまくって、一人暮らしさせれば良いんじゃない?」

 「それができれば苦労してないよ、今」


 河合さんは「あ、でも、それじゃあさゆちゃんの家出ていかないか。どうせあれやこれや理由付けて居残るのが目に見える」とぶつぶつまた呟く。

 もう。私にも聞こえる声で喋って欲しい。


 「なに?」

 「あー、いやいや、考えごとしてただけ」


 と、はぐらかされる。


 「ちなみにあかり……日野さんを頼るってのはダメなの? メンバーを頼るってのは自然だと思うけど」

 「え、なんでそこ言い直したの。というか、あかりんのこと日野さんって言うオタク初めて見た」

 「いや、なんかさゆちゃんに向かってあかりんって言うの違うかなーって。あとそこ感動するとこじゃないからね」


 感動してないけどなー。


 「ちなみにあかりんはねー、頼れない」


 あかりんに知られるとさらにあれこれ拗れる気がする。気がしているだけなので、実際にどうなるかはその場になってみないとなんとも言えないが。ただ、そう思っている以上、一歩踏み出すのは怖い。


 「まぁ込み入った事情があるんだろうし、良いや。オタクにはわからない内情がさ」


 どうしようと悩んでいると、河合さんは自分で出した案を早々に一蹴した。


 「というか、河合さん」

 「はいはい。河合です。どうかしましたか」

 「なんでみぃちゃんとみぃちゃんの両親を和解させる方向からずらそうとするの?」

 「どういうこと」

 「だってずっと河合さん手段の話してるじゃん」

 「あっ、わかっちゃったかぁ。いやー、だってぇ、ねぇ?」


 ニヤニヤしてからつーっと視線を逸らす。

 え、なになに。なにか不都合でもあるの? それともやましいことでもあるの?


 「オタクが関わっていい領域を遥かに凌駕してるっていうか、オタクが推しのプライベートに関わりたくないっていうか、ちょっと面倒臭そうな案件っていうか」


 最後本音がダダ漏れだった。


 「も、もしも助けてくれたら、デートしてあげるから」

 「デート? 誰が誰と」

 「私が河合さんと」

 「さゆちゃんと? 私が?」

 「うんうん」


 こくこく頷く。

 しばらく真面目に考え込む。うーんと。

 それからじとーっとした目線をこちらに送ってくる。


 「それさゆちゃんがしたいだけなのでは?」


 図星であった。

 その通り。

 私がしたいことをさも河合さんへのご褒美みたいな感じで提案した。


 「悪女なの? さゆちゃん」

 「悪女じゃないよ。アイドルだよ」

 「知ってるけど……」

 「ど?」

 「……魅力的な提案なのがまた腹立たしい」


 唇を噛み締める。

 あ、あれ?

 案外押せばいけるかもしれない。

 そんな雰囲気があった。


 「でもやっぱりさゆちゃんとデートはないな」

 「え、なんで」

 「オタクとして許せない」


 なにを言い出すかと思えばまたそんなことだった。

 河合さんの中には多分理想とする「オタク像」みたいなのがある。

 欲望に忠実なオタクになれば良いのに、無理矢理にでも一線引こうとする。私が擦り寄ってもそれは変わらない。今までも何回もこういこうことはあった。そして何回もある度に私は思う。どういうことって。

 私が河合さんの立場だったらと考えることもある。河合さんがアイドルで、私が河合さんを追いかけるオタクだったらみたいな想定をして。で、河合さんにデートしようとか誘われる。

 うん、するね。間違いなくする。デートしちゃう。多分、迷うことなく即答する。


 「というか」


 河合さんは言葉を続けた。まさか続くとは思っていなかったので驚く。驚いたせいで背筋を意味もなくぴーんっと伸ばす。


 「というか?」

 「前もやったよね、こんなこと」

 「そうだっけ? 覚えてないや」

 「嘘でしょ。夏祭りデート……だよ」


 ああ、あれってこんな感じで始まったんだっけ。

 河合さんと夏祭りデートをしたって記憶だけが残っていて、その前の記憶なんてこれっぽっちもなかった。私にとって大事だったのは河合さんとデートをしたという事実だけだった、ということだろう。と、都合の良い解釈をしてみる。


 「前回とは状況も違うしなー。さゆちゃんもう地下アイドル内での人気者になっちゃったから」

 「え、それ褒めてる?」

 「褒めてるよ」


 地下でしか輝けないと言われているように思ってしまうのは、きっと私の心が汚れて荒んでいるからなのだろう。


 「とにかく、さゆちゃんとはデートできない。でも新垣紗優とならしても良いかも。デート」


 言葉遊びだ。河合さんは結構言葉遊びをしかけてくる。

 どこまで自覚があって行っているのかは知らないが。

 まぁ。


 「じゃあ新垣紗優としてデートするから、助けて?」


 言葉遊びでもなんでも良い。デートして助けてくれるなら。なんでも。


◆◇◆◇◆◇


 空気は澄み、晴れ渡れ、少し歩けば水色の綺麗な空に炎を宿したかのように広がる紅葉が目に入る。

 簡潔に言えば秋を実感している。

 けれど肌寒さはまだなく、半袖で生活しようと思える。そろそろ長袖を引っ張り出してこようかなぁと考えはするけど、まぁ今度で良いやと先延ばしにできるくらいの気温。やっぱりまだ秋じゃないかもしれない。

 デート前にコンビニへ入店。ペットボトル飲料一本のためだけに入店する。店員さんの気だるげな声が微かに耳へ届く。レジ前にある棚は秋一色だった。オレンジ? 黄色? なんかその中間の暖色を基調としたPOPが展開され、さつまいもを使ったお菓子が陳列なされている。

 やっぱり秋だ。

 夏だったり、秋だったり、どっちなんだよ、地球。

 店内放送ではス○○○の○とかが流れている。秋要素が強くなってきた。

 お茶を手に取り、レジに向かう。「っしゃせー。おあずかりしまー」と対応する店員さんは半袖の制服を身にまとっている。夏じゃん。


 夏と秋に挟まれながら歩く。こんなことしてたら秋をすっ飛ばして冬になっちゃうのかなーとか考えると少し寂しい。来月あたりに秋どこ行っちゃったのとか言ってなきゃ良いな。


 集合場所に到着する。

 まだ河合さんの姿は見えない。スマホの時計を確認する。まだ集合時間になっていない。

 思ったよりもコンビニで時間潰しができなかった。


 十分ほど待つと、河合さんが姿を見せる。


 「さゆちゃん……って、今日は新垣紗優か」

 「え、デート相手にフルネームで呼ばれるの? 今日」

 「味気ないね、それは」

 「だよね、だよね、そうだよね」


 良かった。一日フルネームっていうのはあまりに他人行儀過ぎる。フルネームで呼ばれるくらいなら「おい」とか「お前」とかの方が良い……。さすがに、嘘。


 「あっ、じゃあ紗優ちゃんにしよう」


 ポンっと河合さんは手を叩いて、さも妙案だと言いたげな様子だった。

 はてさて、なにが変わったのか。私にはさっぱりわからない。今が夏と秋どちらなのかわからないのと同じくらいわからない。


 「なにその微妙な顔」

 「それなにが違うのかわかんないなーと」

 「違うじゃん。さゆちゃんはひらがなでしょ、でも紗優ちゃんは漢字じゃん」

 「会話じゃわかんないよ」

 「わかるわかる。ほらニュアンス? 的な。さゆちゃんと紗優ちゃん」


 まぁ河合さんがそれで良いなら良いか。

 私にはさっぱりだが。


 「まぁ良いと思う……」

 「塩っ!」

 「う、うれしー」

 「無理矢理感すごいよ」


 指摘される。

 ご、ごめん。


 「わからないものはわかんないからね」

 「吹っ切れた」

 「というか諦めただけ」


 理解するのを諦めた。

 わからんもんはわからん。でも河合さんがそれが良いと言うのなら、それで良いと思う。

 呼ぶのは河合さんなわけだし。


 「諦めたって言われるとちょっと癪……じゃあ紗優ちゃんはなにか呼んで欲しい呼び方とかあんの? あるならそれで呼ぶよ。新垣紗優とのデートなわけだし」


 そういう提案をされるとは思っていなかった。考えたこともなかった。

 呼び方ってそもそもあまり気にしない。河合さんが私のことを呼んでくれるだけで嬉しいとか思っちゃうし。アイドルとしてあるまじきチョロさだ。


 「それなら……」


 一つ浮かんだ。河合さんに言うかどうか悩む。

 少し黙り込んで、今更言わないという選択肢は無理だなと悟る。

 もう少し考えてから口を開けば良かったと遅めの後悔をする。


 「あなたってのはどう?」

 「夫婦じゃん」

 「夫婦みたいだから良いんだよ」

 「だめです。却下、却下」


 しっしっと当たり前のように退けられてしまった。

 まぁこちらもこれが通るとは思っていなかったので、悔しさは一ミリもない。


 「拘りないから良いよ、紗優ちゃんで」


 呼び方でうんうん悩んでも仕方ない。


 「じゃあそうするね、紗優ちゃん」

 「うん」


 発する方からすれば意識が変わるのかもしれないが、受け取り手としてはやっぱに意識があまり変わらない。特別感がないのはちょっと寂しい。


 「じゃあ行こっか、紗優ちゃん」


 河合さんは私の手を握って、引っ張り、軽く微笑みながら歩き出す。

 でも河合さんが私をアイドルとしてじゃなくて、一人の女の子として、扱ってくれるのは嬉しい。さっき覚えた寂しさは一瞬で帳消しだ。


 「そうだね、行こう。で、どこに?」

 「紗優ちゃん決めてないの? 行き先」

 「決めてないよ、決めてない。むしろ河合さんは決めてないの?」

 「てっきり紗優ちゃんが決めてくるもんだと」

 「……」

 「……」


 あっれれー。


 最初の最初から躓いてしまった。

 ここまでグダグダだと逆に面白くなってくるね。

 デートって考えたら最悪だけど。


 「どこ行こっかぁ……」


 河合さんは早速スマホを取り出して、『デートスポット』と検索をかける。


 「おウチデート、だって」

 「それはなしでしょ」

 「もちろん。わかってる。冗談」


 あれやこれや言いながら、手を繋ぎ、歩く。

 デート先を決めながら散歩をしているだけなのに、とても楽しかった。





 せっかくだし映画でも見よう。そう話が纏まり、映画館へと向かった。

 新宿のような立派な映画館はないけれど、この街にはそこそこ大きな映画観がある。そして人も多い。若干季節外れなサングラスとここ数年変装アイテム感が薄れている不織布マスクのおかげでこの人集りでも怖さはない。


 「いつまでつけてんのサングラス」

 「いつまでだろうね」

 「紗優ちゃん次第じゃん」

 「変装してるだけだからね。これ。いつまでって言われると、バレない状況になるまでってのが答えになるのかな」


 思ったよりもしっかりとした答えを河合さんは求めていた。求められるのであればそれに答える。というわけで、しっかりと真面目にお答えしました。


 「しないんじゃないの、変装」

 「って言ってた頃はまだ人気なかったからねぇ。あの時に比べれば知名度は上がったし、街中で声掛けられる確率はかなり高くなったよ」


 多分超有名アイドルとかと比べてしまえば天と地の差がある。

 けれど、昔と比較した時に今の方が声かけられる確率は高くなった。少なくとも変装なしで外に出るのはちょっと怖いと思うほど。

 やましいことがなにもなければ堂々と歩けば良い。ただ今回の場合はそうもいかない。一応デートっていう扱いになっているわけだし、手を繋いだりしているし、なによりも相手は河合さんだし。どの部分を切り取っても、バレて良い要素はない。


 「有名……ALIVEが有名に……」


 河合さんは嬉しそうだった。

 昔から応援してくれているファンの人たちがそういう反応をしてくれるのは素直に嬉しい。頑張ってきて良かったなと思えるから。


 「じゃなくて、危ない危ない。さゆちゃんと話すところだった」

 「どっちでも良いでしょ」

 「ダメ。ダメなもんはダメ!」

 「は、はい……」


 しゅんとする。


 「それはそうと、映画なに観たい? 特にこれってないなら一つ観たい映画あるんだよね」


 河合さんはスマホを見せてくる。

 最近話題の映画であった。

 面白いらしいとか、考えさせられるとか、色々周りから聞くし、オススメされる。ニュース番組やバラエティ番組でも結構とりあげられる機会は多い。だから一度観てみたいと思っていた。もっとも一人て行こうとは思わず、かと言って誘える人間もいないので、観に行ってなかった。

 みぃちゃんは話題の映画とか好きじゃない。あの子はマイナーな映画を好む傾向にある。私が誘えば来てくれるだろうという自意識過剰な思考は過ぎったが、観たいと思っていないのに連れていくのはどうなのだろうかと考え、踏みとどまった。

 あかりんはもう既に観ているから乗ってくれない。一度観たら二度も三度も見る必要ないでしょと考えるタイプだ。河合さんも多分似たような思考の人間だ。結構二人は似たところがあるなと思う。まあそれは言わないけど。

 とにかくそういうわけなので、興味はある。ありまくり。


 「観たい」

 「って言ってくれると思った。じゃじゃーん」


 河合さんは既にチケットを二枚確保していた。

 目を擦る。そして河合さんのスマホの画面を見る。やっぱりチケットを確保している。


 今回は観たいと言ったから良かったものの、私が嫌と拒否したらどうするつもりだったのか。あまり良い反応を示さなかったらどうするつもりだったのか。

 ……。

 河合さんは口が上手いから、あれやこれやと上手いことまとめられて結局観ることになるっていう運命が容易に想像できる。いや、私がチョロすぎるだけなのか? そんなことないね。うん。だって私チョロくないもん。


 そう己に言い聞かせながら、チケットを発券する河合さんを待ち、チケットを受け取って、指定されたシアターへと向かったのだった。






 今回観た映画は男女の恋愛模様を描いた実写作品だった。女性に好意を寄せられつつも素直になれず向き合うことができない男性の心情を描き続けた物語。ずっと主人公にフォーカスし続けるので感情移入ができた。それに心理描写が多く、度々で考えさせられる内容にもなっていた。

 ボーッと見れば恋愛作品としてキュンキュンできるし、一歩踏み込んで観れば己の今までの生き方と向き合うきっかけになる。

 そりゃこんだけ話題になるわって納得できた。


 映画館を後にする。

 満足しすぎてホクホクだった。エンジンがかかる。楽しくなってきた。このまま帰るのはあまりにも惜しい。

 心が踊る跳ねる。

 興奮する。


 「河合さん河合さん」


 私の中にあった行動のストッパーはどうやら映画館の中に置いてきてしまったらしい。

 もう止まらない、止められない。

 河合さんの手を握る。ぎゅっと。しっかりと握って、指を絡ませる。恋人同士でもここまでぎゅっとすることはない。


 「行こう、話そう、語ろう!」


 ボルテージが一人でどんどんと上がる。


 「ついでにご飯食べようか」


 冷静な河合さんを見て、私……興奮しすぎたかもって我に返った。





 ファストフード店にやってきた。

 河合さんはハンバーガーセットを注文する。「私もそれください」とカウンターで注文する。

 それからできあがったものを受け取って、二階の空いている座席へ向かう。

 向かい合うような形で座ってまずはストローを口咥え、ちゅるちゅるジュースを飲む。それから塩っけの強いポテトをつまみ、アイドルなのにジャンキーなものを食べているという背徳感に溺れそうになる。


 「面白かったでしょ。今日の映画」

 「そうだね、面白かったよ」


 映画を観終えたら、お昼を食べながら感想タイム。


 「なにか思うところあった?」


 河合さんは藪から棒に訊ねてきて、我関せずという感じでハンバーガーにかぶりつく。幸せそうな顔を浮かべる。果たして私が口にしようとしている感想に興味を抱いているのか、疑問が残る。

 けれど言わなきゃ、しーんっと沈黙が続くことになる。食事中の沈黙は切り裂くことが難しいほどに重たくなりやすい。


 「そうだねぇ」


 なので沈黙を嫌ってとりあえず口を開く。


 「逃げたりせずに向き合うことの大切さってのがわかった気がしたよ」


 まずは思ったことを素直に言ってみた。


 「そっかそっか、うんうん」

 「え、なに」


 性格の悪い教師みたいな笑みを浮かべ、何度も頷く。薄気味悪くて眉間に皺を寄せながら問う。


 「もう答え出てくるなーと思ってね」

 「答え?」


 わからないにさらにわからないを積み重ねてくる。


 「星空未来に対する答えだよ」

 「……? 確かに悩んでたし、河合さんに助けて欲しいとも言ったけど。因果関係がわからない」

 「難しいこと言ってるつもりないんだけどなぁ……」


 河合さんは髪の毛を触る。頭を搔くという表現が適切か。


 「紗優ちゃんは星空未来から逃げてる」

 「そんなつもりないけど」

 「じゃあ無自覚ってわけだ」

 「……」


 無自覚だ。

 そう言われると返す言葉もない。

 無自覚とは自覚していないから無自覚なわけであり、自覚していたら無自覚にはなりえない。つまり、だ。無自覚だ。そう指摘されてしまえばそういうものかもしれないと考えざるを得ない。


 「逆に聞くけど、ちゃんと星空未来に向き合ったの?」

 「早く家に帰ってって言ったし、協力できることがあるならするとも言ったよ」

 「そりゃ言うでしょ」


 ぱくっとポテトを食べる。


 「行動に移さなきゃやらないのと同じだからね。別に紗優ちゃんは行動力がないわけじゃないし、やればできるでしょって思うけど」


 その行動力は河合さんに向けたものであって……。

 あ、ああ……そういうことか。

 たしかに河合さんへの矢印と比べると、みぃちゃんへは希薄なものになっていた。


 「それに星空未来も逃げてる。お互いがお互いに反対方向へ走って逃げるから。そりゃ解決しないよね」

 「……」

 「だから、本気で解決したいと思うなら、まずしっかりと向き合って、手を差し伸べるところから始めたらどうかな。って、ちょっと私、偉そうじゃん」


 やだなー、もうーとか言っているが、私としてはこれ以上にないくらいありがたかった。

 自分がやれることはやっている。そうやって思い込んでいたから。


◆◇◆◇◆◇


 帰宅して、早速鍵をかける。

 それからスタスタとリビングへ向かい、みぃちゃんの隣に座る。


 「みぃちゃん。お話があります。大切なお話」


 みぃちゃんの膝の上に手を置いて、しっかりと言葉を紡ぐ。

 びくっと震えたみぃちゃんだったが、深呼吸をして、私の目を見つめてくる。


 「やっばりまだ帰りたくない?」

 「そりゃそうでしょ。許せるわけないし」


 許せるわけない。

 開口早々にその言葉が出てくる。どれだけ溝が深いのかを思い知らされる。いつもだったらここでそっかと諦めていた。けれど今日の私は一つも二つも違う。


 「でも他の人たちには許してもらえたじゃん」

 「他の人?」

 「ほらファンの人たちに。私たちの関係をさ、認めてもらえたでしょ」

 「でもそれは百合営業じゃん」

 「違うよ。ファンの人たちからすれば、営業かどうかなんてわからないわけだし」

 「私とさゆちゃんの関係を認めてもらえたってこと?」

 「そう言ってるでしょ? だから良いじゃん。両親に認めてもらえなくてもさ」

 「てもそれは悲しい……」

 「悲しい、かぁ」


 たしかに一番認めて欲しい人に突き放されるというのは悲しくなるのかもしれない。


 「向き合ってみたらどうかな。それでもわかってもらえなくて、喧嘩して、帰る場所がなくなったら、その時は私の家においでよ」


 河合さんの言葉を借りつつ、説得してみる。

 なにもこちらが突き放す必要はない。

 背中を押してあげれば良い。両親に否定されても一人じゃないってことを理解させれば良い。一歩踏み出す勇気を与えれば、あとはみぃちゃん自身が動いてくれる。

 だって、みぃちゃんは、弱くないから。




◆◇◆◇◆◇



 「河合さん」


 夜中ではあるが河合さんの家に来ていた。


 「うわ、ビックリした。急に来ないでよ。いつもいってるけど。しかも夜中に……」


 ソファでくつろいでいた河合さんは目を細めた。


 「河合さん、聞いてよ、聞いて」

 「……無視じゃん」

 「さっき連絡あったんだねどね」

 「そういう感じね。ずっと無視する感じね」

 「みぃちゃん、仲直りできたんだってさ」


 説得してから数時間後に出向いたみぃちゃんから連絡が来た。

 仲直りできた、と。

 和解できたのかは知らない。けれど、みぃちゃんにとって悪い方向に話が転がったわけじゃないというのはたしかであった。良かった、多分これで良かったんだと思う。


 「ほんと河合さんすっごいねー。頼りになりすぎて好きー」


 後ろから髪の毛をくしゃくしゃと触る。


 「鬱陶しい……」


 と言いつつも、手を弾いたりはしない。

 河合さんってなんだかんだ推しわたしに甘々だよねー。


 「かわいいなー。河合さん」


 と、声をかけながら笑った。






◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇


ご覧いただきありがとうございます。

これからは不定期投稿の代わりにこのくらいのボリュームで投稿していこうと思います。

引き続きお付き合いください。

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一年間悩まされたストーカーの犯人は私の推しでした こーぼーさつき @SirokawaYasen

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