第3話
今日、河合さんとファーストというバンドのライブを見てきた。今度対バンする相手さんである。
名前は聞いたことがある。
音楽を齧って、ライブハウスを巡っていれば、一度は目にして、耳にする。その程度の知名度は持っているバンドだ。
まぁ直接会ったことも、音楽を聴いた事もない。
あくまでも風の噂でそういうバンドがいるというのを聞いたくらい。
至る所で出てくるから地下という括りで考えた時に、人気なんだなぁってのはわかる。
なぜ、そんなバンドが私たちに出演依頼を出してきたのか。謎だった。
こちらから出してくれ、と頼んだわけでもないから尚更である。
そもそも畑が違う。魚屋に魚の飼育を頼んでいるようなものだろう。
それはそっちも理解していると思うんだが。
「深刻そう?」
みぃちゃんは私の顔を覗いてくる。そして自然に手を回し、肩に触れる。
そういう何気ないボディタッチ……のような距離の近い行為がガチ恋勢を産む要因になるんだろうなと思う。アイドルとして、私も少なからず学べるところだろう。こうすれば、河合さんももしかしたら……なんて思う。
「……」
みぃちゃんはじーっと私のことを見つめる。答えを待っている。
「いや、今日ファーストのライブにお邪魔してね。色々思ったんだよ」
「今日、行ってたんだね」
「河合さんとね」
「……ふぅん」
すごく冷たい視線を送られてしまった。
なにか言いたげな。そんなものである。
「そ、そ……それでね。格の違いを見せつけられたなぁってまず思ったの。同じ土俵で戦っても、良いように扱われるだけだなぁって」
逃げるように本題へと話を戻した。
みぃちゃんは若干不満そうではあるが、追いかけてくるようなことはない。
「だから実力をつけないとって」
「……」
「私はするよ。練習」
ベースを持つ。
逃げ道に使ったが、そう思っているのは紛うことなき事実。
今の私たちのままではダメだって。ダメだから、どうにかしようとする。そしてどうにかするには練習して、実力を向上させる。それしかない。
このままじゃ絶対にファーストと比較される。比較された時に、胸を張れる演奏をできるって心の底から言うのは難しい。できる自信ははっきり言ってない。その自信をつけるためにも練習を重ねたかった。
「そんなに焦るほど、凄かったんだ」
「凄いなんてものじゃない。完成度は桁違いだよ」
「そっか。そんなに」
「うん。正直なところ、今からでも辞退できるならした方が良いじゃないかって思うレベル」
太刀打ちする。そういう未来が見えないし、ここから私自身で描けるようになるとも思えない。そうなれば訪れる展開は一つの方向しかない。
私たち目的でやってきたお客さんたちが奪われてしまう。そういう未来だ。
「無理でしょ。今からなんて」
みぃちゃんは非常に冷静かつストレートな指摘をしてくる。ごもっともだった。それは言われなくても理解している。
そんなワガママじみた要求が通るわけない、と。
だから違う方向からアプローチをしている。練習を重ね、できるかぎり力をつける。そして、せめて私たちのファンくらいは手放さないようにしたい。
小さすぎる目標だ。そう思う人もいるかもしれない。でも目標って無謀なものを立てるものじゃない。目標とは目指せるところを定めるためのものである。だから小さくても良い。派手じゃなくても良い。
「わかってるよ、そんなの。言われなくてもさー」
「じゃあ――」
「力不足で逃げられない。だったら力をつける。これ以上に単純な話があると思う?」
「……」
「どう? みぃちゃんも一緒にやろう。練習しようよ」
私は手を差し出す。
その手をみぃちゃんはすぐに掴む。
「さゆちゃんがそう言うのなら……」
みぃちゃんはそう言って、私の手を離す。それから家に持ってきていたギターを手に取る。
「今からやっちゃう?」
「いいね、やっちゃおうか」
夜だし、防音施設もないし。本来この時間に楽器の練習なんてしちゃダメ。近隣トラブルの元になる。音楽人としてあるまじき行為とも言える。他者への配慮が欠如している人間に音楽なんかする資格がない……と、これは言い過ぎか。
今日だけはしょうがないよねってことで許して欲しい。
弦を弾いた。
対バン当日。
一度足を運んだことのあるライブハウスへと向かう。
やれることはやったつもりだった。まぁやりたかったけどやれなかったことってのがかなりあるので、完璧にこなせたとは言えないけども。でも自信はある。最低限はやれたという自負が私の中にあるからだ。
ALIVEの三人で音を合わせる時間を無理矢理作り出した。
「ALIVEです。本日はよろしくお願いします」
楽屋と呼ぶには雑多とし過ぎている大部屋で他のバンドさんたちに向けて、あかりんは頭を下げた。
私とみぃちゃんも続けて頭を下げる。
楽器の手入れをして、リハーサルに参加する。
私たちは演奏をするし、他のバンドさんたちの演奏を見たりもする。
他を見ることで、確信に変わる。私たちの目指して、時間の無い中練習していたことは間違っていなかったな、と。安堵した。
本番を迎える。
トップバッターということもあって、空気は重たい。
温まっているか否かというのはやっぱり大きい。
特に慣れてないステージだと尚更。
「ふふ、さゆちゃんきんちょーしてんねっ」
アイドルスイッチをオンにしているみぃちゃんは私の肩を揉み揉みしてきた。
「みぃちゃんは……って確認するまでもないか」
ニヒヒと笑うその表情には硬さが見えていた。
言われなくてもわかる。あぁ緊張しているんだなって。
緊張しないわけがない。
むしろこの緊張感がある意味大切なのかもしれない。
「二人とも緊張する気持ちは良くわかるよ。私もそうだから」
あかりんは胸元に手を当てる。
「でも、ほら見てみな」
袖口でスタンバイしていると、あかりんは袖口の外を指差す。
私とみぃちゃんは揃って、そろりそろりと覗く。
フロア。
そこには沢山のお客さんがいる。
そしてたくさんのファーストのファンたちがいる。
私たちを推させてやるっ! という気概を失ってしまうほどには多い。
一体なにがほら見てみなだったのか。
私たちのやる気をそごうとしてる、とか? いやいや、あかりんがそんなことするはずないし。
「誰も私たちにきょーみなさそーじやん」
みぃちゃんは誰もが口にしなかったことを言った。でも私もそう思った。誰も私たちに興味なんて抱いていないんだなって。皆の目当てはファースト。私たちが出てもガッカリされるだけ。ため息こそ隠しても、表情ではわかってしまうだろう。考えただけで鬱屈になる。
だけどあかりんだけは違った。
「私たちに興味すら持ってない人達が多いのはそうだよ。でも、あの中にもいるんだよ。私たちのファンが。少なからず、ね」
そう言われて、改めて見る。
「あっ……」
どうやら私の目は節穴だったらしい。
見えた。
河合さんがいた。いつも現場に来てくれるファンの人たちがいた。
「全員に認めてもらおうとか、応援してもらおうとか、そういうことを考えるとキツイ……精神的にも肉体的にも。だったらさ、私たちのことを応援してくれる人だけにまずは届けようよ」
リーダーだ。
これが私たちのリーダーである。
冷静に周囲を見渡し、仲間の精神状態をも分析し、対処する。
プロ、だ。
あかりんを見てそう思った。
暗転したのと同時に、私たちはステージ上へと向かう。
河合さんに新たな私を見せてやる。
◆◇◆◇◆◇お知らせ◆◇◆◇◆◇
先日より不定期投稿とさせていただきました><
理由としては、『継母は五歳年上の幼馴染〜継母とはいえ母に恋するのはマズイですか〜』という新作の投稿、『フラグが立たない!〜執筆したラノベのモブに転生したら、主人公とヒロインの恋愛フ…』の投稿と。三作品を回していく予定だからです。基本的三作品のどれかを一日一つ投稿する予定ですので引き続きお付き合い頂けますと幸いです。
また、一週間に一度は絶対に更新する予定です。
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