第7話
帰り道。
夏祭りを楽しんだとは思えないような空気が私たちのことを包み込む。重たいし、息苦しいし。できればなにか理由をつけてさゆちゃんと離れたいと思うほど。御手洗に行くとか、買わなきゃいけないものを思い出したとか、体調が悪くなったから先に帰っててとか、チョコバナナ食べ忘れたから食べてくるねとか。言い訳は湯水のように湧いて出てくる。まぁ出てくるだけでその言い訳たちは一切使わないのだが。うーむ、使わないんじゃなくて使えない、が正解かも。
結局は逃げる勇気がない。使う覚悟もない。だから留まる。そういうところが私らしいなと思う。
家と最寄り駅への別れ道に辿り着く。私たちは足を止める。
「どうする?」
私は短めの言葉で問いかけた。
「帰ろ。面倒だし」
えぇ、さゆちゃんが言いますか、それ。
行きは駅で待ち合わせをした。お隣さんなわけであって、わざわざ駅で待ち合わせをする必要はない。一切ない。でもした。なぜかというと、さゆちゃんが「駅で待ち合わせした方がデートっぽいよね」と言い出したからだった。それはたしかにそうだなと納得した。デートって待ち合わせの時間のドキドキとワクワクを含めて、デートなのかなって思う。まぁ家から出て数秒で合流できるのもそれはそれで親密度が高そうで悪くない気もするけど。ただデートってよりもただのおでかけのような雰囲気は付き纏う気がする。
だからさゆちゃんの要望に応えて、駅で待ち合わせをした。なので帰りも駅で解散するのかなと思いどうするか確認した。結果、この反応である。さゆちゃんが面倒とか言っちゃ終わりでしょ。
「帰りたくないの?」
不思議そうに訊ねてくる。
仮に帰りたくないと言ったらどうなるのだろうか。どこか違うところへ連れて行ってくれるのだろうか。夏祭りの余韻を楽しむことができるのだろうか。
受け答えせずに、頭の中で自問自答し続ける。
「河合さん……?」
膝に手を当てながら、くいっと顔を覗かせる。
そこで私はやっと自問自答を止めた。というか止まった。
「帰りたいよ。さすがにね、疲れた」
勇気はない。覚悟もない。だから変化を望まない答えを口にする。
「そう? 私はまだ元気だけど」
さゆちゃんは「ほらー」と言いながら筋肉隆々のポーズをとる。
うん、それだけじゃわからんね。
でもまぁ元気だって嘘吐く理由も特にないので多分本当に元気なんだと思う。
「すごいね」
「アイドルだからね。歌って踊って……ってするのに比べたら夏祭りなんて可愛いもんだよ」
「アイドルってすげぇー……」
並の感想しか出てこない。小学生でも言えそうな感想だ。でも実際に思ったんだからしょうがない。すげぇって。
「えへへ」
さゆちゃんは満更でもなさそう。
はにかみながら彼女はアパートのある方向へと歩み始めた。
元気はあるけど結局帰るらしい。うん、面倒とか言ってたし。
夜道を歩く。
さっきまでの騒々しい雰囲気とは打って変わり、閑散としている。
夏祭り帰りっぽい人とはすれ違わない。というかそもそも人とあまりすれ違わない。東京都はいえ田舎だからしょうがない。時折すれ違う人はコンビニのビニール袋を持って、なんか死んだような顔をしている人たち。中には高確率でビール缶かチューハイ缶が入っている。夏祭りで浴びたキャピキャピキラキラ青春オーラとは大違い。落差に風邪ひきそう。
互いになにか喋ることはない。さっきはどちらもなにも気にしていないみたいな空気を出しながら、会話をしていたが、こうやって他愛のない会話が生まれないあたり、私とさゆちゃんの間にズレが生じているのは火を見るより明らかであった。
わかったところで……いいや、わかってしまうからこそ、より一層会話が生まれにくくなる。こちらも口を開きにくいと思ってしまう。なんか喋ろうと思っても「……まぁ良いか」と尻込みする。
会話がなくても心地好い関係性……ってあるよね。羨ましいなと思う。私とさゆちゃんは違う。会話が生まれないと焦りが生まれ、その焦りのせいでさらに口が重たくなる。気まずくなる。
結局アパートに着くまで互いになにも喋らなかった。
閑静な住宅街。夜深いというほど深夜じゃないけれど、まぁ夜中に部類されるような時間。アルバイトだと深夜の特別時給が発生する時間には差し掛かっている。だからまぁ、喋って騒いで変に近隣の方に迷惑をかける……というような展開と比較すればマシなのだろう。
アパートの敷地内に足を踏み入れる。
踏み入れて、私たちは立ち尽くす。
私たちの玄関の扉の前に人影があった。さゆちゃんの家かな。
ちょっと距離があるので誰なのかはわからない。暗くて照明もないなで、なおさらわか、ない。宅配の人かな。でもそれにしては遅い。こんな時間に配達しに来ないでしょ。
じゃあ誰? 宗教勧誘とか? 訪問販売とか? いや、どっちにしろこの時間には来ない、か。だいたいこの時間に来るなんて非常識にもほどがある。
「心当たりある?」
「ないない」
「でもあれ多分さゆちゃんに用事あるよね」
「私の家の前にいるもんね。どー見ても」
「改めて聞くけど心当たりは?」
「ないよ、ない。なんだろうね。もしかしてストーカーとか? 家主が留守なら家に上がれるし。堂々と」
凄い。真っ先にストーカーが出てくるのはさすがさゆちゃんだ。経験者は語るってやつか。
「でも鍵閉めてるんでしょ。堂々と上がるのは難しいんじゃないかな」
もっとも私は素人なので。抜け道があるのかもしれないけど。そんなものはさすがに知らない。知ってたらさっさと対策してたわ。知らないしできないから一年間も怯えていた。
「オタクだね、河合さん。施錠って言わないんだ」
「……」
「ごめん、なんでもない。真面目な話、ピッキングはそんなに難しくないよ。あのタイプの鍵なら」
「そ、そうなの?」
「うん。このアパートの鍵は古いタイプだから。ピン持ち上げた時の感覚が分かりやすいんだよね」
わかりやすく説明してくれたつもりらしいがわかんなかった。ピンってなに。ボーリング?
「てか、ストーカーならヤバくない? さゆちゃんのせいで感覚おかしくなってるけど」
なんだストーカーかぁ……。と、スルーしようとしていたけど、ストーカーがいるなんて大問題である。
「……」
さゆちゃんは私の言葉を完全にスルーした。なんで?
彼女はスルーしたかわりに口元に指を当て、むっと唇を尖らせながら、真剣にそのストーカーらしき人物を凝視する。睨むというよりも見つめるという表現が正しい。とにかくずっと見ている。
「あれ……」
さゆちゃんはぽつりとつぶやく。目を細め、擦り、んーと声を漏らして、わざとらしく瞬きをする。
「やっぱり……」
「なにが」
焦らされるのでツッこんでしまった。
「あそこにいるのみぃちゃんだ」
「みぃちゃんって星空未来?」
「うん」
「えぇ……なんでよ」
面倒なことになる未来が見えすぎて、憂鬱になる。今度こそこの場から逃げてしまおうかと思う。
というか、さっきまでの気まずさはどこへ行ったのやら。
面倒な展開になるのは嫌だけど、こうやって会話のネタを提供してくれた星空未来には感謝しなきゃいけないのかも。嫌だけど。
面倒を運ぶアイドルに嫌々感謝をながら、鈴虫の鳴き声に煩わしさを覚える。最悪過ぎるタイミングで秋の訪れを感じた。
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