革命《レボリューション》⑦:戦いの備え

 特法課の拠点は『落胤』の襲撃によって破壊されてしまった。

 そのため臨時で騎士団の駐屯所を間借りしていた。


「……ん」


 アリエスは特法課の仮拠点へ足を運ぶと一枚の紙を突きつける。


「……どういう事かな?」


 それは魔法武器の使用申請書――魔人との戦いで魔法武器を使用する際に出すものであった。

 何の前触れもなく出されたそれにイオナは困惑の表情を浮かべている。


「おい。省略しすぎだろ」


 アッシュは呆れてため息をつきながら頭の後ろを掻きむしる。


「パーシアスの潜伏先候補を突き止めた。アリエス団長の故郷、廃村になったイリスだ。俺たちは案内してもらおうと頼んだが、今こうしてここに居る」

「……潜伏先、ね」


 イオナは申請書をつまみ上げると意味ありげに視線を送る。

 アリエスは表情を全く変えないまま、光の無い死んだ目でイオナを見つめる。


「……ジン君。君は知ってると思うけど、僕たちの役割はイフリートの回収であってパーシアスの捕縛じゃない」

「それは知ってる。でもパーシアスを捕まえたら何か情報が分かる……かも」


 手がかりもなく闇雲に探し回ったって仕方がない。

 だから犯人を捕まえようとしている。ジンはその筋書きを作り上げた。


「ジン君だけなら、その言葉も説得力があったけどね」


 イオナは申請書をゆっくりとデスクに置きなおすと深いため息。


「アッシュ君、禁忌魔法の回収は騎士団の役目だ。自分の魔法を取り戻したいからってジン君を巻き込むのはいけないな」

「……確かに俺の目的はそうだな。だが奴はイフリートだけじゃない――『落胤』の本拠地の情報も持っているかもしれない」

「わかった。そこまで言うなら僕は何も言わないよ。あくまでイフリートの回収が最優先、それは忘れないでほしい……で、アリエス団長はどうして魔法武器を使用すると?」


 アリエスは答えない。

 申請書にサインされるまでは動くつもりがないのだろう。


「……パーシアスが一人とは限らない、とか?」


 ジンはどうにか彼女の意図を察しようとするも、表情が全くないため推し量ることはできない。


「魔人と共に行動していたとすれば魔法武器が必要、と……それは確かに一理ある。でもね――ここで僕が許可を出すのは簡単だ。でも他の団長をどう説得するの?」

「…………どうにかする」


 アリエスは表情を変えずにつぶやく。


「……ジジイは私が殺す……だからイリスが必要」

「それを聞いて、僕が許可を出すと思っているのかい?」


 もう少しで交渉が成立しそうだったのに台無しとなってしまった。

 業を煮やしたアッシュは大きく舌打ちをした。


「もういい。時間の無駄だ。ジン、古い地図を探すぞ。その方がいい」

「……待った」


 だがジンは気になってしまった。

 アリエスがどうしてパーシアスを始末しようとしているのか。

 何を言われても反応せず無を浮かべている彼女だが、きっかけがあれば自発的に行動し始める。

 ジンが団長に祭り上げられそうになった時、パーシアスの潜伏先を知った時。

 彼女の行動原理を知りたくなってしまった。


「アリエス団長。アンタとパーシアスは昔からの知り合いだった、って話を聞いた。22年前、アークの村で知り合ったって」

「…………」


 彼女の瞳がわずかに動く。


「……関係ないでしょ」

「関係あるから聞いてる。もし私怨で動こうとしてるならきっとイオナ課長は許可を出してくれない」

「…………」


 ジンは生気のない瞳で見つめられ委縮してしまう。

 アリエスはゆっくりと右手にしていた包帯を外す。


「ッ」


 露になったのは焼けただれてボロボロになった皮膚だった。

 ジンは咄嗟に自分の右腕を押さえてしまう。

 いまだに包帯は取れず、イフリートを装着した代償を感じさせる右腕。


「……イリスに触ったらこうなった」


 彼女は再び包帯を巻きなおす。


「……ジジイは守ると言っていた。できもしない癖に言い続けた。でもそれをしなくなった。だから殺す」


『――おじさんが子供の頃は騎士団のプロパガンダに“魔剣”イリスは登場しなかった』


 ジンは行商人の男から聞いた話を思い出していた。

 ある時期から騎士団のプロパガンダに”魔剣”イリスが加わった。それはちょうど22年前からだったという。

 そしてアリエスが“魔剣”イリスに触れたという事実。


「もしかして……アークの村は“魔剣”イリスの暴走でのか?」

「…………」


 沈黙は肯定の証とはよく言ったものだ。

 アリエスの表情は動かなかったが、目は口ほどにものを言う。

 生気のない瞳が揺らぎ、一瞬感情が見え隠れした。


「そっか……だからパーシアスはイフリートが発見されてから動き出したんだ」


 もしジンの仮定が正しいとすれば、22年前アークの村が廃村となった原因は“魔剣”イリスの暴走で、その引き金を引いたのはアリエスだ。

 偶然にせよ故意にせよ、彼女は自分自身の故郷を滅ぼしてしまった。

 イフリートを装着し暴走してしまったジンの姿に当時の出来事を重ね合わせてしまったのかもしれない。


「結局は私怨、ってことか?」


 アッシュも同じ結論にたどり着いたのだろう。

 深いため息をつきながら左手を頭の後ろにやっている。


「……ジジイは私が殺す」

「決まりだね。復讐のために魔法武器の使用許可は」

「待った」


 申請書を突き返そうとしたイオナをジンは制止する。


「パーシアスは奪った“魔盾”アイギスを装備している。ってことは、“魔剣”イリスが無きゃ対抗ができない」

「それはその通り」

「もしパーシアスが魔人と行動を共にしていたら、魔法武器が無いととても太刀打ちできない。さらにアッシュの禁忌魔法を持っていたらお手上げだ」

「……それも一理あるね」

「アリエス団長は『殺す』って言ってるけど、俺にはそれができるとは思えない。同じ団長同士だし、戦力が同じとも限らない」


 イオナは思案するように腕を組む。

 ジンの言葉が刺さっているのだろう。


「更にパーシアスがイフリートの左足を持っていたとして、もし俺がそれを装着して暴走してしまったら」

「……それは勘弁してほしいけど」


 もしジンが暴走すればアリエスが止めに入らなくてはならない。

 以前は簡単に止められたが、魔法が肉体に刻まれたことでそれも難しいだろう。


「だからこそ、“魔剣”イリスが無いとどうしようもないんじゃないかな、って。だからこうして持ち出そうとしてる、でしょ?」

「…………」


 アリエスは答えない。

 無表情だからこそ、何を考えているかわからないからこそ、どうとでも解釈できてしまう。


「どこまで本当か判断しかねるけど、そこまで言うのなら僕は許可を出そう」


 真意は定かでないが、パーシアスの捕縛はイフリート捜索にも禁忌魔法の回収にも大きな影響を与える。

 イオナは申請書にサインし持ち出しを許可した。


 魔法武器の持ち出しには特法課の課長のイオナともう一人、持ち出す本人以外の許可が必要となる。

 薄々察してはいたが、アリエスは団長たちの中で孤立しているため頼るつてが無かった。


「――それで私の所に来た、と?」


 テトラは突然の来訪に面食らいつつも、相手がジンだからか好意的に迎え入れてくれた。

 他の団長――第四騎士団団長のリュウは決して許可を出してはくれないだろう。保守的で慎重な彼は口車で誤魔化せるような人間ではないはずだ。

 第五騎士団団長のオーディンはそもそも意思疎通が難しい。どうやらジンに対しては好意的なようだが、スムーズにコミュニケーションが取れるテトラの方が都合がいい。


「アリエス団長の私怨の片棒を担げ、と?」

「……そうならない、はず……だけど」


 どうにか理由をつけたが、ジンの言い分は全て憶測でしかない。

 そもそもパーシアスがアークの村に潜伏していない可能性もあるし、そうだったとしても一人で身を潜めている可能性もある。


「さて、どうしたものか……」


 テトラはわざとらしくアリエスを見つめている。

 微笑んでいるがその目は笑っていない。


「……もしパーシアスが守りを固めていたとすれば、君達だけでは戦力が心もとない。目的は禁忌魔法の回収――パーシアスの捕縛は建前と見た」

「うっ……」

「そのためにアリエス団長の協力が必要だが、パーシアスを始末したがっている……と言ったところか。やれやれ、正直は良いがもう少し建前を使った方がいい」


 ジンは頼る相手を間違えたと思ってしまった。

 それほどにテトラの笑みは腹黒かった。


「禁忌魔法の回収は我々騎士団の役割。それを使えば容易に許可は下りるさ――それに、アリエス団長」


 彼女は申請書にサインし、新しい申請書を取り出す。


「戦力は多いに越したことはない、違うかな?」


 それはつまり、自分もパーシアス捕縛に参加するという意志表示だった。

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