覚醒《アロウス》⑨:団長の資格
これほど場違いなのも珍しい。
ジンは部屋に入った瞬間、自分がここに居るべきではないと感じてしまった。
「どうした? そんなところで立っていないで早く座るといい」
「座れって言われても」
薄暗い部屋の中央には大きな円卓が――騎士団の団長と魔法警察の部長、そして特法課の課長であるイオナが座る円卓があった。
どう考えてもジンがそこに座る資格などあるはずもない。
「――おいテトラ。急に呼び出したと思ったら何だ? イフリートの装着者候補を連れてきて何をするつもりだ」
第四騎士団の団長、リュウは不機嫌そうにテトラを睨み付けている。
浅黒い肌に黒髪の青年で、どこにでもいそうな気の良さそうな風貌だ。
「全く以ってその通りっ! 我々の貴重な時間を無駄にするつもりか?」
威圧的な態度を取っているのは魔法警察の本部長、ダイモン。
いかにも貴族らしい出で立ちで、立派な口ひげを生やしているが生え際は少し心もとない中年の男だ。
「君にだけは言われたくないが」
ダイモンはテトラに一瞥されて身を縮こまらせている。ジンは二人の関係性を察した。
「テトラ団長、ジン君をここに呼んだという事は、つまりはそういう事かな?」
「そういう事だイオナ課長」
イオナの胡散臭さはテトラと相性がいいようだ。
「――――」ゴニョゴニョ
第五騎士団の団長、オーディンは傍らで控える副官のフギンに耳打ちをしている。
「『私はテトラ団長に賛成だ』と団長は仰っています」
強面の老紳士、と言った出で立ちだが見た目とは異なりシャイなのだろうか。
フギンはオーディンの言葉を代弁しつつも困惑したように丸眼鏡を押し上げ、三つ編みの先を弄んでいる。
「…………」
第二騎士団の団長、アリエスは相変わらず死んだ目で虚空を見つめている――ように見えたが、少しだけ視線がジンの方を向ている、ようにも見えた。
「……本気?」
「珍しいな。君が発言するとは」
ぽつり、と吐き捨てるようなアリエスのつぶやきにテトラは大げさに驚いて見せる。
揚げ足取りのような、小馬鹿にしているような仕草だったがアリエスは微動だにしない。
「珍しくアリエス団長が発言してくれたことだし、本題に入ろうか」
困惑し右往左往するジンだったが、テトラの「早く座れ」と言いたげな視線に負けてゆっくりと空いていた席に座る。
「彼を――ジンを“魔鎧”イフリートの装着者、並びに第三騎士団の団長に推薦する」
「…………?」
ジンはいよいよ自分の耳がおかしくなってしまったのかと思った。
もしくは頭の方がおかしくなったか。
「おいテトラ……冗談も大概にしろ」
どうやらそれはテトラの独断のようで、リュウは困惑と呆れの入り混じった表情を浮かべている。
「全く以ってその通りッ! 正気の沙汰とは思えんっ!」
「俺も同じ意見だ。イフリートの装着者にするってのは、千歩くらい譲ってやってもいいが、団長にするってのはナシだろ」
彼女の提案に異を唱えるのはダイモンとリュウだ。
特にエリート意識の高いダイモンはジンがこの場にいることさえ許しがたいことのようだった。
「僕はジン君が正式な装着者として戦う事には賛成だが、団長にするのは……少し手順を飛ばし過ぎているようにも感じるね」
イオナは半分賛成、半分反対と言った立場だ。
「――――」ゴニョゴニョ
「えっ……? えっ? 『ジン氏は騎士団の団長としての資格を有している。私はテトラ団長に全面的に賛成だ』……だ、そうです」
オーディンは満面の笑みで耳打ちをしているが、対照的にフギンは困惑している。
それもそうだろう。異例も異例、戦時中でなければまずありえないような提案なのだ。賛同する方が異端と言ってもいい。
「全面的に賛成が私とオーディン団長、全面的に反対がリュウと無能な本部長殿、部分的に反対がイオナ課長。どうせアリエス団長は意見なしだろうし、ジンをイフリートの装着者として」
「私は反対」
アリエスのつぶやきは、小さい声だったが非常によく通った。
「……団長にするのは勝手にすればいい。でも、イフリートの装着者にするのは、反対する」
「どういう風の吹き回しかな。嫌がらせならやめて欲しいのだけど」
票を投ずるのが偶数人だったのがいけなかったのだろう。
ジンを正式にイフリートの装着者とするのも、新たな第三騎士団の団長に任命するのも、どちらも賛成と反対が同数で意見が割れてしまった形となる。
「それだけお前の提案がバカげてるって話だ、テトラ。それに、張本人の言い分も聞こうじゃねえか」
リュウは至極軽い口調でジンに問いかけるが、その目は笑っていない。
人当たりがよさそうに見えるが、修羅場を潜り抜けてきた団長の風格をにおわせている。
「俺は……」
成程、とジンは得心してしまう。
テトラが事前に検査結果を伝えたのはこのためだったのだ。
もし何も知らない状態でこの提案を聞いていたら、ジンは確実に固辞していた。
人の上に立つのは柄ではないし、装着者として戦いに身を投じるのもあまり気乗りしない。
あくまで『落胤』との戦いが終わるまで、イフリートの全身を回収し終わるまで。そのつもりでいたのだ。
(どうする……? ここで断れば、俺は研究所送りか?)
だが自分の体を思えば断る選択肢は無いと言ってもいい。
自分の体に魔法が刻まれた、いわば『人間魔法結晶』とでも言える状態。
しかもそれは魔人たちも同じ状態――期せずして体を改造されてしまったと言ってもいい。
「っ俺は」
「…………剣」
返答に迷っていると、アリエスがポツリとつぶやく。
それは傍らに控えていた副官のガラハットに向けていたようで、催促するように視線を向けている。
「あの、団長」
「剣」
彼女は気だるそうに立ち上がり、ガラハットの腰の剣を引き抜き――
「ッ!?」
円卓に跳び乗り、その勢いのままジンに向かって斬りかかってきた。
驚いた拍子に椅子の足が折れて倒れていなければ額が真っ二つだっただろう。
「…………」
「貴様っ! 神聖な円卓でなんという事を」
アリエスの奇行に憤るダイモンだったが、彼女は無機質な瞳のままジンを見据えている。
「っなんなんだよ……いきなり」
「…………」
彼女は円卓の上で佇みながら、感情のこもってない瞳でジンを見下ろしている。
包帯の巻かれた右腕で無造作に剣を握り、何を考えているのか察することもできない無表情。
――“烈火”・“万里の崖”・“深淵の鉄”
イフリートの詠唱。
完了するや否やアリエスが飛び掛かる。
「ッ
炎の壁でアリエスの攻撃を防ぐ。
「ひっ! お、お前も魔法を使うなッ!」
「……ジン君、まさか」
もはやリアクションを取るだけの役割と化しているダイモンに対し、イオナはジンの状況を理解し表情が険しくなる。
「おいテトラ。そういう事か?」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれないか。遠回しは煩わしいだけだ」
「……こいつを団長に推すのは手前と同じ境遇だからか?」
リュウの言葉にテトラは微笑むだけで返す。
「……騎士団の団長になる条件は二つ」
そして彼女は強引に話題を変えた。
もしかすると図星だったのかもしれない。
「『魔法武器の適性を持つこと』と『圧倒的な戦闘能力』」
かつて、戦時中は後者だけが団長になる条件だった。
十三あった騎士団は軍縮の結果五つとなり、そして団長になるための条件もより厳しくなった。
「ここで彼がアリエスに勝てば、それの証明になると思わないか?」
どうやらジンに団長の座を断る権利は無いようだった。
ここでアリエスに勝てなければ命はない。
――“烈火”・“尽きぬ亡霊”・“反逆の木霊”
「
ジンは覚悟を決めると魔法を発動し炎の鎧を纏う。
光の無いアリエスの瞳に映る彼の姿は、かつて魔族を滅ぼした鎧武者――イフリートのようであった。
――――
植物に侵食された廃屋。
アッシュは懐から杖を取り出すと、腐食した扉をゆっくりと押し開ける。
外から見ればとても人の住めない組木のような建物だが、中はかろうじて寝食ができるように手入れされていた。
「――さすがは天才、と言ったところか」
粗末な手作りベッドに腰かけているのは、筋肉質な初老の大男。
騎士団を裏切り『落胤』と手を組んだ団長――パーシアス。
「見たところ、貴殿一人の様であるな。単身で来た度胸は褒めるが、勇気と無謀は違うとだけ言っておこう」
杖を構え魔法をいつでも使うことが出来るアッシュ。
それに対し丸腰で戦う準備もできていないパーシアス。
一見すればアッシュが圧倒的に有利だが、不思議とパーシアスの負ける姿はイメージできない。
「貴殿ならばワシの不意を突くことも出来ただろうに、それをしないといことは――」
パーシアスはズボンのポケットから真紅の魔法結晶を取り出す。
アッシュから奪った禁忌魔法――『
「交渉の余地があると、考えてもいいのだな?」
アッシュの表情が険しくなる。
目と鼻の先だというのに、奪い返している未来が想像できない。
この状況でもパーシアスから奪い返すのは困難なように思えた。
「……そうだな。考えてやってもいい」
今現在、『
奪ったパーシアスが使うこともできるし、『落胤』の構成員が使うこともできる。
「成程、貴殿も悪い男よ……こいつを自由に使えるようになる機会を虎視眈々と狙っていたと」
裏を返せばアッシュが無断で使うこともできる。
つまり人知れず取り戻してしまえば誰が使ったかを有耶無耶にできる。
取り戻したときにはもう既に使用済みだった、と報告してしまえば罪を擦り付けることが可能なのだ。
アッシュはいかにも悪い事を企んでいるかのように、悪い笑みを浮かべるのだった。
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