覚醒《アロウス》

覚醒《アロウス》①:敗戦処理

 これほど重苦しい会議というのも他にないだろう。


「――全く! 騎士団は何をやっとるのだッ!」


 魔法警察本部長、ダイモンは感情に任せて怒鳴る。

 会議用の円卓に両の拳を勢い良く叩きつけ他の参加者を威嚇した。


「何もしてないが?」


 お前は何を言っているんだ、とばかりに不思議そうな表情を浮かべているのは第一騎士団の団長を務める女性、テトラ。

 彼女は理解不能、とばかりに眉をひそめている。


「…………」


 一喝して場の主導権を握ろうと企んでいたダイモンはあんぐりと口を開けて固まってしまう。

 これが彼の常套手段、委縮させて自分の思い通りに話を運ぶのが常だった。


「あーあ……君のせいで紅茶がこぼれてしまった。ただでさえ貴重なティータイムを割いているんだ。無駄な話はしないでもらいたいな」


 テトラはティーカップからこぼれた紅茶を拭い、ため息をつきながらカップを手に取った。


「まあ落ち着けよ。騎士団から裏切者が――しかもパーシアスのおっさんが裏切ったとなりゃぁ部長さんも穏やかじゃないだろ」


 第四騎士団の団長、リュウ。

 彼は軽い口調でテトラを嗜めている。


「っよくもまあ貴様らは平然としていられるものだなッ! 同じ団長が裏切ったのだぞッ! 何も思っていないのかっ!?」

「思っていないが? さっきから無駄な議論をしようとするのはやめてくれないか?」


 ダイモンはまたもや怒りを受け流されて固まる。


「……やれやれ。では私から有意義な議題を出そうか――今回の一件でどれだけの損失を被っているのか」

「っお言葉ですがテトラ団長……我々第二騎士団は最善を」

「誰も君達が悪いとは言ってないぞガラハット副団長?」


 食って掛かろうとするのは第二騎士団の副団長、ガラハット。

 彼はボーっとしたままタバコをふかしているアリエスに変わって弁明しようとするも、テトラは不思議そうに首をひねる。


「私はな、部下一人の命と引き換えに禁忌魔法とイフリートを引き渡した君に責任があると考えているが……何か反論はあるかな?」


 パーシアスの裏切りによって失われた物は人命だけでない。

 敵の手に渡れば更なる損害を生みかねない、危険な武器を奪われてしまっているのである。


「……人の命は何よりも重い。僕は当然の事をしたまでだよ」


 イオナは飄々と、胡散臭い笑みを浮かべながらテトラの追及を躱す。


「なんだ、君は数も数えられないのか? 君のせいで多くの命が失われることになるんだが……それとも、君は人の命が等価ではないと?」

「全く以ってその通りだ! そもそも君がイフリートを運用しようと言い出さなければ」


 ダンッ! と円卓に拳が振り下ろされる。

 テトラは煩わしそうな表情を浮かべつつ、人差し指を唇へ持っていく。


「私は今イオナ課長と話をしている。うるさいから黙っていてくれないか?」


 どうにか自分に主導権を持ってきたかったダイモンは悔しそうに顔を強張らせるも、手を出せば返り討ちに遭うのは自分である。


「まーそのイフリートのおかげで被害は最小限だった、とも考えられるわな」


 リュウは軽薄に笑いながらも視線は厳しい。


「でもよ。気に入らねぇが俺はテトラと同意見だ。奴らはアンタが目先の命を優先する奴だって学んじまった」


 如何に人質がいたとして、犯人の要求を簡単に飲むことは非推奨と言われている。

 人質を助けるためなら何でもする。味を占めた犯人の要求はどんどんエスカレートしてしまうものだ。


「…………」


 議論を見守っていた強面の男――第五騎士団の団長、オーディンは副官のフギンを呼び寄せ耳打ちする。


「団長は『イオナ課長の行動は間違っていない』とおっしゃっています」


 彼女は丸眼鏡を押し上げながらオーディンの言葉を代弁した。


「――――」ゴニョゴニョ

「『ヘルゲイト捜査官を救ったことで、それ以上の命を救うことができる。まだ失われていない命に関する議論をする意味はないのではないか』――とのことです」


 オーディンは満足そうにうなづくと腕を組みながら背もたれに体を預ける。


「相変わらずだな、オーディン団長。面に似合わず繊細で困る」


 その独特なコミュニケーションが煩わしいのか、テトラは心底面倒そうにため息をついた。


「フギン副団長、君が円卓についた方がいいのではないか? ああ、ガラハット副団長も。君達の団長は人の上に立てない無能なのだよ。なまじ、魔法武器を扱えるから団長にされてしまって気の毒な事だよ」


 場の空気が凍る。

 当の本人はどうしてそうなったのか理解できていないようで、不思議そうに首をかしげている。


「とはいえ、オーディン団長は参加する意思があるだけマシだ。アリエス団長は置物なのだから」

「……だとよ、アリエス。なんか言ったらどうだ?」


 話を振られたアリエスだったが視線は虚空を見つめている。

 聞こえているのかいないのか、ボーっとしたまま座り続けていた。


「…………さて、話を戻そうか。イオナ課長の失態を咎めても仕方あるまいし、尻拭いをしていかねばなるまいね」

「その通り! 一刻もはや……く」


 主導権を握るチャンス、とばかりに声を上げたダイモンだったがテトラの一瞥で諦める。

 少し浮かせていた腰をゆっくり下ろしながら咳払いで誤魔化した。


「まずは奪われた禁忌魔法の奪還、これが最優先だと考えるが――異論は?」

「イフリートも同じくらい優先度上げていい気がするぜ。危険度はトントンだろ」

「確かに。だがイオナ課長は使用許可まで出してしまった。イフリートも危険度は同じだが、扱える可能性は低い」


 イオナは申し訳なさそうに肩をすくめてみせる。

 禁忌魔法の発動許可は金庫の鍵と同じような仕掛けだ。鍵を持つ者でなければ開けることはできないが、一度開ければ再び閉めるまでは鍵をかけることはできない。

 つまり使用されなければ発動可能な状態は永続的に続く。

 常時の発動は禁じても、一度だけ禁忌魔法が使えてしまうのである。


「敵さんが発動をしくじってくれりゃぁな……」

「『アッシュ捜査官の禁忌魔法は扱いが簡単なのでそれはないだろう』――団長は複製されてしまう可能性を懸念されています」


 フギンの言葉にリュウは小さくため息。


「言ってみただけだ。そりゃ一度しか使えないなら慎重になるわな」

「ふむ。確かに、使い捨てるより複製しようとするだろうね」


 魔法結晶は設備と材料があれば容易に複製が可能だ。

 禁忌魔法には許可なしに使用できない細工が成されているが、今その許可が下りて使用可能な状態となってしまっている。

 その細工には解析を阻害する効果もあるのだが、許可が出ている状態ではそれも無効となっているのだ。


「そうだね……リュウの言う通り、イフリートの回収も優先すべきだが……それは例の装着者君にやらせてみるのはどうかな?」

「……リスキーな気もするけどな」

「『もとよりそれが彼の役割、安全に回収できる人員に任せた方が安全だ』――と、団長は仰っています」

「……だったら特法課に任せる、ってことか。それでいいかい? 課長さんよ」

「面目ない。本当ならば僕たちが責任を持たないといけないのに」

「できることならそうして欲しいが、人手不足だろう? 人海戦術、とはいかないがこちらの方が割ける人員は多いのだよ」


 テトラを中心に会議は円滑に進んでいく。


「ではこの方針で進めると」

「待ちたまえッ!」


 だが〆に入ろうとしたところをダイモンが待ったをかける。


「さっきから聞いていれば禁忌魔法だのイフリートだの……そんなことはどうだっていい! パーシアスは誰が捕らえるッ!?」

「……困った。一番無能なのは君だったか」

「なっ!? ふざけるのも大概にしろ!」


 テトラは心底煩わしそうに紅茶に口をつける。

 聞き流す気満々な様子だ。


「仮にも第三騎士団の団長が裏切ったのだぞ!? 野放しにしていてはメンツに関わるだろうッ! なんとしてでもこの不祥事をもみ消さねばならんっ!」


 徹底した情報規制のおかげで訓練所の襲撃、及びパーシアスの裏切りは公になっていない。

 だが時間が経てばたつほど情報の洩れる確率は上がるものだ。

 いずれはパーシアスが――第三騎士団の団長が裏切ったことが白日の下にさらされるだろう。


「禁忌魔法? イフリート? そんなのどうだっていいっ! パーシアスの捕縛が最優先だッ!」

「うん。言いたいことはそれだけだね? ではこれでお開きとしようか」


 ダイモンの言葉をひとしきり聞き流したテトラはポン、と手を叩いた。


「っ人の話を聞けッ!」

「……聞いたが? 本当に君の話は要領を得ないな」


 プライドの高いダイモンはテトラからぞんざいに扱われ遂に堪忍袋の緒が切れた。


「貴様っ! 人を愚弄するのも大概にしろッ!」

「えっ?」


 愚弄したっけ、とテトラは首をかしげる。

 その仕草がダイモンの神経をより逆なでた。


「ッこの私を誰だと思ってるっ!? 魔法警察本部長、ダイモン・マクスリーだっ!」

「……知ってるが。どうして急に自己紹介を?」


 彼女に悪気はない。

 ただ相手の機微を一切感じ取れない、共感性を欠いているだけである。


「団長ごときが……! 平民の分際で図に乗るなッ!」

「図には乗ってないが……君ごときでは我々の考えを変えられなかっただけだ」


 申し訳なさそうにしている様子はダイモンの神経を更に逆なでする。

 だが逆上して掴みかかろうとするも、テトラの無機質な視線は彼を怖気づかせた。


「私は確かに平民の出……しかも親を知らない捨て子だからね。無知で大変恐縮なのだが……メンツで民を護れるのかい?」

「そっ……それは……」

「そんなにメンツが大切ならば自分で守るといい。我々はこの国を護る為に動いている。君達の指図を受ける筋合いはない」


 魔法警察は名前を貸しているに過ぎない。

 この軍縮の風潮、騎士団が表立って動くこともままならない。

 つまり特殊魔法犯罪捜査課は世間を欺くための建前に過ぎないのだ。


「反論が無ければこれで話は終わるが」

「…………」


 ダイモンは次々と退席する団長たちを見送ると、力なく椅子に崩れ落ちるのだった。

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