試練《チョイス》⑧:魔法の天才

 アッシュを一言で表すなら『天才』である。

 一を聞いて十を知り、十を知れば一を生み出す。

 その才能は魔法学院アカデミーに入学したことで開花した。


「――『灰塵機構アッシュギア駆動イグニッション』」


 灰塵機構アッシュギアはその名の通り彼が在学中に開発した魔法だ。

 その効果はいたってシンプル――無限に魔力を生み出すことである。


「……勝負に勝ったのは……俺たちだ」


 禁忌魔法を発動したアッシュ、“魔鎧”イフリートの左足を装着したジン。

 たとえ相手がヴァンパイアの能力を持つ改造人間であっても負けはしないだろう。


「確かに君達は賭けに勝ったようだ。でも勝負において大事なのは一時の優位ではない」


 その言葉は強ち間違いではない。

 圧倒的不利な状況が辛うじて五分になったに過ぎない。

 イフリートを装着したとはいえジンは満身創痍。アッシュはそれをフォローしながら戦わなくてはならないのだ。


「最後まで生き残ることが勝利につながるのだッ!」


 ゲイツの姿がかき消える。爆発的な脚力は認識することが困難なほどの高速移動を実現した。

 ジンの左足が反射的に動きゲイツの貫手を迎撃する。


「ゥッ……!」


 その衝撃が傷口に響いたのか、ジンは苦悶の表情を浮かべた。

 本当ならすぐにでも医者に見せた方がいい重症だ。イフリートを装着したとしても彼自身は平均的な成人男性、肉体の強度は上がらないし回復力も人並みなのだ。


「――なっ」


 苦しむジンにとどめを刺そうとするゲイツだったが、その姿がアッシュと入れ替わり目を見開く。

 位置を入れ替える魔法――『定石キャスリング再配置エクスチェンジ


「馬鹿な…………それも完全な」


 たとえ小声であっても詠唱があればヴァンパイアの聴力で捉えることができる。

 つまりそれが無いという事は、無詠唱で魔法を発動したという事になる。


「そうか? コツが分かれば誰でもできる――さ!」


 アッシュのアッパーカットを喰らってゲイツは大きくのけぞる。直後に魔法で位置を入れ替えすぐさまソバットキック。

 軽い蹴りのようだったが、重々しい打撃音が響く。魔法によって威力が底上げされているのだ。


「くっ……流石に素人を相手にするのとは訳が違うね。でも魔法には唯一にして最大の弱点が」


 魔法は無限に使うことはできない。

 その力の源、生命力から生み出された魔力が尽きれば魔法を使うことはできないのだ。


「……まさか」


 位置を入れ替える魔法、身体能力を強化する魔法、打撃を強化する魔法。

 それらを使っているにも関わらずアッシュは息切れすらしていない。それどころか時間が経つほどに体力が回復していっているように見える。

 ゲイツはアッシュの力のタネに気づき固まる。


「そうだな。魔力が切れれば俺は魔法を使えない。、な」


 アッシュの発動した禁忌魔法『灰塵機構アッシュギア』の効果は無限に魔力を生み出すこと。

 一度発動すれば半永久的に魔力が供給され続け、魔力切れとは無縁になる。

 インフラの大半を魔法――すなわち魔力に頼っているこの世界において革命を起こす魔法だ。


「ならばもう一つの弱点を突くまでだ――!」


 魔法には魔力切れともう一つ弱点がある。

 それは魔法結晶を奪われること。

 アッシュの右手首で輝くブレスレット――一つ一つの石が魔法結晶で構成されたそれを奪われれば一切の魔法が使えなくなる。

 ゲイツはそこに狙いを定めて飛びかかる。


「“解放”」


 アッシュの全身に満ちる魔力が右手に集約される。

 今にも溢れ出そうな魔力が煌々と輝き――


「『灰塵機構アッシュギア解放ストライク』」


 圧縮された高密度の魔力が放たれる。

 魔力そのものは単なるエネルギーに過ぎない。それを魔法に流すことで始めて多様な効果を発揮する。

 少量のエネルギーで最大限の効果を、エネルギーを効率的に運用してより長い効果を。

 魔力そのものをぶつけるなど非効率の極みである。


「!?」


 しかしそれは常人の魔力量で行った場合の話。

 魔力切れを気にせずに魔力をぶつければ立派な攻撃となる。

 高密度のエネルギーはゲイツを吹き飛ばす。ヴァンパイアの強靭な肉体でなければ体に風穴が空いていただろう。


「ウッ…………なんと、いう……これが、禁忌魔法」


 確かに魔族の力は脅威だ。

 遥か昔に絶滅し、人間は彼らと戦う為のノウハウを失っている。

 既知ではあるが未知の相手。

 だが忘れてはならない。

 その魔族を絶滅させたのは他ならぬ人間であるということを。


「なんだ、魔族の力もその程度か」


 アッシュは小馬鹿にするように鼻で笑う。

 ゲイツが背後で力を溜めているジンに気付かぬよう、自分に狙いを絞らせる。


「警戒するまでもなかったか」

「何を――」


 魔法が発動し位置が入れ替わるのと同時にジンは大きく跳躍する。

 天井ギリギリを頂点とした大きな弧を描きながら左足を突き出す。


「ウオオオオオオオッッ!!」


 雄叫びが響く。

 飛び蹴りが命中した瞬間、イフリートが光り輝きゲイツの体に癒えない傷を刻み込む。


「ば……かな……」

「勝負において大事なのは最後まで生き残る事じゃない」


 致命的な傷を負ってなお闘志を失わないゲイツに対し、アッシュは静かに歩み寄り掌をその背中に向ける。


「常に優位を取り続ける事、だ」


 魔法が発動しゲイツの意識を奪う。

 魔人への変身を維持できなくなったゲイツの体は人の姿へと戻っていった。




 ジンは朦朧とする意識の中、ゲイツが人の姿へ戻っていくのを見つめる。

 呼吸をするたびに鈍い痛みが走る。最後の跳び蹴りで傷が悪化したのかもしれない。


 ――“戦え”


 相手が既に戦闘不能であってもイフリートは戦いを促す。


「……もう、いいだろ」


 ――“戦え”


 左足に痛みが走る。

 戦闘不能だけでは足りない、トドメを刺せということか。


「もう、奴は、戦えない……!」


 ――“戦えっ!”


 ジンの意思に反して左足が動き出し――アッシュに足首を掴まれる。


「武器に意思がある、か」


 膨大な魔力が流し込まれイフリートの機能が一時的に停止する。

 アッシュは大人しくなったイフリートをジンの左足から引き剥がした。


「……ごめん。また」

「リスクは承知の上だ。お前に非は無いさ」


 イフリートは縮小し元のブーツのような形状へ戻る。

 それを見届けたアッシュは『灰塵機構アッシュギア』を停止する。無限の魔力供給が終了し彼の魔力量は人並みに落ち着く。


「悪い、今は魔法の持ち合わせがなくてな。雑な処置しかできないが我慢してくれ」

「ははっ……魔法の持ち合わせって……初めて聞いたよ」


 あとは防御壁シールドを解除すれば事件解決か。

 一安心した瞬間にジンの意識は朦朧とし始め――


 ――“戦え”


 イフリートの声と共に、ぼやけた視界の端に人影が見える。

 意識を失い戦闘不能となったはずのゲイツが立ち上がっているのだ。


「ッ後ろ――」


 アッシュが振り返ると同時にゲイツの裏拳が命中。

 よろめいたアッシュの手首をゲイツは掴み、魔法結晶のブレスレットをもぎ取った。


「……これが、勝負に勝つコツだ」


 魔法の弱点、それは魔法結晶を奪われること。

 いくら魔力にあふれていようと魔法の起点である魔法結晶が無ければ何もできない。

 如何にアッシュが魔法のスペシャリストといっても魔法結晶が無ければ無力だ。


「一時の優位などたかが知れている――どんな手を使おうとも……最後まで生き残る……生き残った者にのみ、勝利を掴む権利が与えられるのだっ!」


 そしてジンもイフリートを脱いでしまっている。もっとも、装着していたところで満身創痍の状態では戦うこともままならないが。

 しかしゲイツも同様に満身創痍の状態だ。

 胸元にはジンによってつけられた癒えぬ傷が残り、アッシュの魔法で奪われた意識を強引に回復したたため額からは血が流れている。


「……っ」


 もう一度イフリートを装着しようとジンが手を伸ばした瞬間、鈍い音が響く。

 ドン……ドン……と何かを砕いているかのような音。


「……やっとかよ」


 恐らく外の騎士団が本格的に防御壁シールドの破壊に動いているのだろう。

 ……というジンの予想は裏切られることとなる。


「――――フンッ!!」


 威勢のいい声と共に応接室の壁が砕ける。

 ばらばらと崩れ落ちる壁に紛れて大男が姿を現す。

 鍛え上げられた強靭な肉体、簡易的な防具と左手に携えた身の丈ほどのタワーシールド。


「ワハハハッ! 間一髪、だったか?」


 衝撃的な登場をしてみせたのは第三騎士団団長、パーシアス。

 今まさに外で騎士団の指揮を執っているはずの男だった。

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