試練《チョイス》⑦:ショーダウン

 ルカに化けたゲイツをどうにか撒くことができたが、完全に迷子になってしまっていた。

 単純に元来た道を戻ればよかっただけなのだが、方向音痴気味の彼にそんなことができるわけがなかった。


(しっかし……どうなってんだこの屋敷は)


 さほど複雑な構造ではないのだが、ジンの方向音痴と窓の外が見えないことが組み合わさり方向感覚を大いに狂わせる。

 実はさっきから同じ場所をぐるぐる回ってしまっているのだが、ジンはそれに気づいていない。


(……ここはあえて右に)


 廊下の角を曲がった瞬間、腕を引かれる。


「ッ!?」


 部屋の中に引き込まれしりもちをつく。

 肝が冷えたが犯人がアッシュであることに気づき安堵する。


「おっ……おどかすなよ」

「それはこっちのセリフだ。どうやってここに来た?」


 アッシュが部屋の扉を閉める。

 不気味なくらい音が立たずジンは驚く。


「……この屋敷には緊急時の隠し通路があるんだ。そこから」

「隠し……つまり、そこから逃げようと思えば逃げれるってわけか」

「ああ……でも入ってきてすぐに奴とでくわして、逃げてきたからどうやって戻ればいいかわからないんだ」


 この部屋は客間なのだろう。部屋にはベッドとソファセット、小さなクローゼットと質素な調度品。

 そのベッドの上では――


「ルカ……?」


 意識を失ったルカが静かに眠っていた。

 腕には布が巻かれており、恐らくそこから血を抜かれたのだろう。


「よかった……無事だったのか」

「……悪い。守り切れなかった」


 アッシュは申し訳なさそうに頭の後ろを掻く。


「奴が最初から全力で、不調を起こさなければ命はなかったかもな」

「不調?」

「ああ……奴は彼女の血を飲もうとしていた。だが一口舐めた瞬間、苦しみ出した」


『――さっきから気になって仕方がない……君の血はどのような味なのか』


 ジンはゲイツの発言を思い出す。

 ヴァンパイアは他の種族の血を取り込み変身することができた。それは彼らが生き残るために身に着けた特性だ。

 当然、血を嫌っていてはその特性を十全に発揮することはできない。

 故に彼らは本能的に血を好むのである。


「苦しむって……ヴァンパイアは血が大好物、なんだよな。確か」

「らしいな。だが事実として奴は苦しんだ。そのおかげで逃げれた」


 魔人は驚異的な存在だ。

 だが彼らは魔族の因子を組み込まれた改造人間――つまりベースは人間で、そこに無理やり魔族の能力を移植したに過ぎない。

 つまり能力を持っていても十全に使えるとは限らない、という事なのだろう。


「改造が上手くいってないってことか……? それとも初めて変身したから体が慣れてないのか?」

「さあな。俺だってそこまで魔人に詳しくはない」


 アッシュはため息をつきながらソファに腰かける。

 まるで自分の家にいるような無警戒さだ。


「それで、戻ってきたってことは何か勝算があるんだろ?」

「……ああ。一つだけ」


 ジンは小さくうなづく。


「この屋敷の応接室にイフリートの左足があった」

「……! 本物か?」

「確証はないけど、俺は本物だと思ってる」


 あの引き込まれるような異様な感覚と、頭に響いてきた声は本物であるという証だろう。

 アッシュは天を仰ぎ頭を掻きむしる。


「でも肝心の応接室がどこにあるかわかんなくなっちゃってさ。玄関からのルートはなんとなく覚えてはいるんだけど」


 本当は殆どルートを覚えていないのだが、ジンは見栄を張った。

 もはや自分が今屋敷のどこにいるのかすらわかっていない状況だ。方向音痴は伊達ではない。


「……一つ、確認だ。お前は隠し通路から出た時に奴とでくわしたって言ったな。どうやって奴を撒いたんだ?」

「そりゃ、愛の力」


 軽いジョークで流そうとしたジンだったが、アッシュに睨まれて両手を上げた。


「……あー、あまり大きな声じゃ言えないんだけど、隠し通路に遺体があった。薬指に指輪してたから、奴の奥さんかもな。そこから指ごと指輪を拝借して」

「ああ……そういう事か」


 誤魔化そうとした理由を悟ったアッシュは小さくため息をついた。


「腐った肉で鼻を誤魔化したか……単純だが、十分有効な手だな」

「本当は指輪だけにするつもりだったんだ。でも思ってた以上に脆くって」

「気にするな。特法課にそんな権限は無い」


 遺体損壊で捕まるかと思ったが、そうはならないようだった。

 ジンは安堵のため息をついた。


「と、いう事は……奴の鋭すぎる感覚は長所であり弱点でもある。なら可能性はあるか」


 アッシュはジャケットのポケットに手を突っ込み、綺麗な石で構成されたブレスレットを取り出す。


「籠城はここまでだ。打って出るぞ――」


 彼はそれを右腕に装着すると、ジンに作戦を説明し始めた。






――――


 作戦会議の後、ジンは一人応接間を目指して進む。

 あまり時間をかけている余裕はない。アッシュがゲイツの気を引いている隙にたどり着き、イフリートを手に入れなくてはならないのだ。


『――この部屋には認識阻害の魔法がかけてある』


 アッシュとルカが潜伏していた客間には魔法がかけられていた。

 その魔法がかけられた物に忌避感を抱かせ、自然と見向きもしないような効果の魔法らしい。

 ジンはあまり詳しくないので何の魔法かわからなかったが、アッシュが言うには「野良猫の死骸を見つけた時の気持ち」になる魔法らしい。

 確かに、ショッキングな物は自然と目を背けたくなるものだ。


(でも長く続くわけじゃない、ってことは……あの部屋にいるルカも絶対安全じゃない、よな)


 魔法は認識出来なくなるのではなく、あくまで「目を背けたくなる」程度の効果らしい。

 時間が経てば覚悟が決まるというか、忌避感が薄れていき、最終的に効果が無くなる。

 戦えないルカは客間で眠っているが、いつまでも彼女の安全が保障されるわけではないのだ。


(ここも違う……ここも、違うか)


 ジンは手当たり次第に部屋の扉を開け、応接室を探す。

 迷って同じところをさまようくらいなら、見つかるのを覚悟で虱潰しにするしかない。

 先にアッシュがゲイツと遭遇していることを祈りながらドアを開けては閉めてを繰り返し――――


「あった……!」


 壁に突き刺さったローテーブル、粉々に砕けたソファや壺の残骸。

 そして部屋の奥に飾られている鎧の左足。

 遂に目的地にたどり着くことができた。


「――ほほう。それが君の狙いか」


 だが間の悪いことに、ゲイツも同時に到着してしまった。

 アッシュの足止めは失敗したのだろうか? それともすれ違いになってしまったか。

 どちらにせよ作戦は失敗という事になる。


「……ふぅ」


 ジンは小さくため息、そして振り向きざまに裏拳を放つ。

 容易く受け止められ前蹴りが放たれる。


「ッゥ!」


 両足が浮き、床を滑り壁に叩きつけられる。

 意識が飛びそうになったがどうにかこらえた。


「……確かにその“魔鎧”イフリートの左足が本物ならば、私と対抗できるかもしれない。だが――」


 ジンは血反吐を吐きながらゲイツの高説を聞き流す。


「魔法武器は適合しない人間を容赦なく拒絶すると聞く。残念だが君に勝ち目はない」

「……やってみなきゃ、わからないだろ」


 ゲイツは確実に油断している。

 もし仮にジンがイフリートの装着を試みても失敗すると高をくくっている。


「ゴホッ……それに、ヴァンパイアってのも案外大したこと無いんだな」

「…………ほう?」


 胸元が鈍く痛む。もしかするとあばらにヒビが入っているのかもしれない。

 それでもジンは強がり、挑発するように笑みを浮かべる。


「俺一人、即死させられない程度の力なら……何とかなる気がするよ」

「!」


 何気ない一言だったが、どうやらゲイツの心に深く突き刺さっていた。


「……君は、勘違いしているようだね」


 見るからに怒り心頭と言った様子のゲイツは、静かにジンへ歩み寄る。


「これはデモンストレーションに過ぎない。君を殺すことは容易いが、ただ圧倒的な力を見せつけるだけではいけないんだ」


 そして痛みで動けないジンの胸倉を掴みゆっくりと持ち上げる。


「見たまえ――この様子は彼らに届いている」


 ゲイツが顎で示す先には最新型の撮影機カメラが仕掛けられている。

 天井の片隅、この応接室全体を写せるような場所だ。


「彼らは別に革命に興味があるわけではない。興味があるのはこっち――人に魔族の因子を組み込む技術だ」


 目的はさておき人体を改造する技術は時代の最先端を行く技術で間違いない。

 革命が成功するかどうかはさておき、その技術そのものには可能性がある。

 今でこそ『変身』しなければ魔族の力を使うことができない。

 だが技術が進歩すれば人の姿のままでも力を使ったり、能力のデメリットを無視していいところだけを取り込む――そんなことも可能かもしれない。


「この技術は医学の世界に革命をもたらす――かの『人を生き返らせる魔法』のような、ね」


 べらべらと高説を垂れてくれたおかげでジンは痛みに慣れることができた。

 歯を食いしばりながらゲイツの腕をつかむ。


「――ふんっ!」

「がっ……!」


 しかし抵抗にすらなっておらず、ジンはぬいぐるみのように投げ飛ばされてしまう。

 どうにか頭から壁に突っ込まないよう受け身は取れたが、衝撃で頭がくらくらしていた。

 このまま意識を飛ばしてしまえば楽に死ねるかもしれない。


 ――“戦え”


 そんなを許すまいとイフリートの声が頭に響く。


「……クッソ……もう、少し……イケる、と」


 上手く口が動かない。だがそれでも必死に頭を回転させる。


「……これじゃ、防御壁シールド、解除……」

「まさか……!」


 ゲイツはジンの目論見通りのにたどり着いた。

 イフリート装着による一発逆転に見せかけ、本当はアッシュが屋敷の防御壁シールドを解除することが狙いだった、と。

 彼の意識が応接室の外――屋敷の制御室へ向かっているであろうアッシュに向いた瞬間をジンは見逃さない。

 体中の激痛をこらえ、イフリートを展示しているガラスケースまで這っていき――メッセンジャーバッグを振り子のようにしてガラスを叩き割る。


「しまっ」

「――『禁忌魔法使用許可申請』」


 ゲイツがジンのハッタリに気づくのとアッシュが応接室に到着するのは殆ど同時だった。


【―― 申請を受諾。禁忌魔法『灰燼機構アッシュギア』、使用を許可する―― 】


 ジンのイフリート装着か、アッシュの禁忌魔法発動か。

 選択を迫られたゲイツは即座に後者の阻止を狙う。

 十中八九、イフリート装着は失敗する。確実な脅威は禁忌魔法だ。

 魔法を発動するためには決して短くない詠唱をする必要がある。ヴァンパイアの身体能力をもってすれば確実にその隙を突くことができる。


「――“駆動”――『灰塵機構アッシュギア駆動イグニッション』」


 あまりにも短い詠唱だった。

 阻止する間もなくアッシュは禁忌魔法を発動した。


「……勝負に勝ったのは……俺たちだ」


 そしてジンもまた、イフリートの左足を装着する。

 たちまち脛、膝、腿へと装甲が展開され、彼の左足は鎧で覆われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る