試練《チョイス》⑤:ただの案山子
「
魔族をテーマとした創作は意外と多い。
実は遠い祖先が魔族と交わったことがあるとか、最新の技術で魔族を復活させたとか、様々な理由で蘇った魔族と主人公たちが戦ったりするのである。
その中でもヴァンパイアは弱点の多い種族として描かれることが多い。
「自信満々だな。ヴァンパイアッていやぁ弱点モリモリな雑魚魔族だったらしいけど」
代表的な弱点は日光である。
陽の光を浴びただけでその強靭な肉体は傷つき、最終的に燃え尽きてしまうと言われている。
だが外は曇っており、それが本当なのかどうか検証することはできないだろう。
「逆に考えてみたまえ――弱点をでっちあげなければ強すぎた、と」
ゲイツの言葉にも一理ある。誰も本物の魔族を見たことが無いのだから、創作に登場する魔族は作者の匙加減次第である。
伝承通り、図鑑通りのスペックでキャラを作ったら強すぎてどうしようもない。だから弱点を設定しよう。もしかしたらこれも弱点だったかもしれない。そうせざるを得ないほどヴァンパイアが強すぎたという事でもある。
「さあ、来るといい。だらだらおしゃべりしていたら扉は閉まってしまうが」
「ッ……!」
閉まりかけている扉はどうにも焦燥感を煽る。
じわじわと隙間は狭くなっていき、今にも扉は閉まってしまいそうである。
だが焦って飛び出せば思うつぼだ。
「(ルカ、俺が奴の気を引く。その隙に)」
「(本気?)」
チャンスは一度しかない。
ここで迷っている時間はほとんどない。
「――行くぞッ!」
なるべくドアから離れた所へ引きつけ、その隙にルカを逃がす。
注意が分散してくれれば儲けもの。どちらかが脱出できればそれでいい。
「素晴らしい自己犠牲だ」
「ウソ……ッだろ……!」
一瞬の出来事にジンは反応することもできない。
ドアに向けて駆けていたルカは突然崩れ落ち、勢いそのまま転んでしまう。意識を失い、受け身も取れず倒れてしまう。
そしてそれが認識できた瞬間、ジンは胸倉を掴まれていた。
「安心したまえ。彼女は気絶させただけだ……多分」
目にもとまらぬ高速移動、と言ったところか。
ヴァンパイアの強靭な肉体は人間の反応速度を超える動きができるようだ。
つまりルカに当て身を食らわせ意識を奪い、ジンの胸倉を掴んだ。
「みたまえ――君達の希望はもうすぐ潰える」
「ウ……ッ」
軽く、閉まりかけるドアの前に放り投げられる。
ナメられたものだ。たとえドアの近くであっても逃がしはしない、逃げれるものなら逃げてみろ、という事か。
「……え?」
だが結果として、それは悪手であったともいえる。
わずかな隙間から見える外の景色。
犬に先導されて誰かが駆けてきている。
灰色がかった赤いツンツンヘアーに、どこを切り取っても悪そうに見える悪人面。
「……アッシュ……なんで」
きっと幻覚ではないだろう。
特法課のアッシュが息を切らしながら走ってきている。
(っ……時間を)
少しでも扉の閉まる時間を稼ごう。
もしかしたらアッシュが間に合い、加勢してくれるかもしれない。
「これが勝負に負けた者――敗者にふさわしい末路だ。潰える希望を存分に噛みしめるといい」
ジンは力の限り手を伸ばしたが、指先がドアを掠めただけだった。
少しでも引っかかれば全力で引き留めたのだが、それも叶わない。
「……ダメかっ」
外のアッシュは間に合わないと悟ったのか、ジャケットの内側から杖を取り出す。
「――『
――浮遊感に襲われる。
股間が竦むような気味の悪い感覚。
次の瞬間、青臭い地面に打ち付けられる。
「ッ……外?」
ジンは顔に張り付いた芝を払いながら身を起こす。
目の前にはゲイツの屋敷が――
「ウソだろ……なんで、俺だけ」
ジンははっ、と気づく。
『
イフリートが暴走し、
アッシュはそれを使ってジンと自分の位置を入れ替えたのだ。
「……俺だけ、助かったのか?」
ジンは閉ざされた扉を呆然と見つめることしかできなかった。
――――
アッシュを先導していた犬はミシェルの使い魔だった。
彼女はジンが心配だったのか、自分の使い魔に見張らせていたのだ。
「その心配に救われたな!」
「……ッ」
アッシュから遅れるようにして騎士団の小隊――パーシアスが率いる精鋭たちが到着する。
「……どうして、俺だけ」
「ワシに魔法の事は聞かんでくれ。見た目通り、脳味噌まで筋肉で出来ておるからな! ワハハハハッ!」
パーシアスはジンを和ませようとするも、沈んだ気持ちはそう簡単に戻らないものだ。
ジンは底なしに落ち込みながら頭を抱えている。
「また……俺が……」
自分だけが助かってしまうのはジンのトラウマを刺激した。
『――あんたは無事でよかった』
ベルが攫われた時、母親が放った何気ない一言は今でもジンの心に癒えない傷を残していた。
自分だけ助かってしまった。
泣き崩れるベルの母親を見て深い罪悪感に襲われたのを覚えている。
面と向かって言われたことはないが、きっと内心こう思っていたかもしれない――どうしてお前は無事だったのか、と。
娘が攫われ、その友達は無事だった。
どんな善人でも「逆だったら」と考えてしまうだろう。
「……ふむ」
パーシアスは部下に指示を出すと、ジンの隣に腰かける。
「記者殿……これが戦いなのだ」
筋肉質で大柄な肉体からは想像もできないほど穏やかな語り口だった。
一見すれば圧倒的な武力で団長に上り詰めたようにも見えるが、それ相応の修羅場を潜り抜けているという事だろう。
「ワシの若い頃は今より周辺部族の活動が活発でな。大きな紛争も度々起きていたのだ」
今からおよそ100年前。フサルク国は長きに渡る征服戦争に終止符を打った。
それは一方的な『停戦』宣言であったという。
あと少しで世界征服が完了していたというタイミングでの停戦は、最後まで抵抗していた勢力にとって朗報でしかなかった。
現国王の英断は確かに平和をもたらしたが、同時に泥沼の紛争の幕開けでもあった。
「朝、語らっていた戦友が夜は物言わぬ姿であったことも数えきれないほどある。隣で戦っていた部下が次の瞬間には吹き飛んでいたことも、な」
数多くの戦いを生き残ってきたという事は、それと同じくらいの別れを経験したという事でもある。
ジンよりもはるかに多くの死を経験しているという意味でもある。
「貴殿が首を突っ込もうとしているのは、こういう事なのだ。身に降りかかる火の粉を自分で振り払えない、おんぶに抱っこな素人が立ち入っていい場所ではないのだ」
耳の痛い話だ。
イフリートの適性がある、装着すらできない魔法武器を扱える。
それだけで戦えるのだと思ってしまっていた。
丸腰だと戦えない、ただの素人は足手まといでしかない――それどころか何かのきっかけで暴走するのならそれ以下のお荷物だ。
「そして都合のいい奇跡は起きない。それを肝に銘じておくのだ」
屋敷の
今も屋敷の中では戦いが起きているのだろうか?
取り残されたルカは、身代わりとなったアッシュは無事なのだろうか?
都合のいい奇跡は起きない――つまり、パーシアスは最悪の事態を想定している。
二人共、魔人に――ゲイツに殺されてしまっている。
「ああ……わかってる」
「何、心配性のジジイの戯言よ! アッシュ捜査官殿は優秀な男だ。そう簡単に不覚は取るまい!」
常に最悪の事態に備える。
成程、その慎重さが強さの秘訣なのかもしれない。
ジンは部下の指揮へ戻るパーシアスの背中を見つめながら、自分の無力さを噛みしめるのだった。
騎士団員たちが四苦八苦している様を見つめながらジンは深いため息をつく。
「……そりゃ、簡単に突破されるなら籠城はできないよな」
かつての戦争で飛び交った禁忌魔法級の魔法ならともかく、普通の魔法では破壊も容易ではないだろう。
魔法武器を使えば破壊はできるだろうが、屋敷の中諸共吹き飛ばしたら中の人間は無事では済まされないはずだ。
(ああやって籠城して、助けが来るのを待ってたんだろうな)
何を想定してそこまでの防御を敷いているのかは設計者に聞かなければわからない。
だがこの屋敷が建てられた当初はそれが必要だったのだろう。
(でもって、どうしようもなくなったら隠し通路で)
ジンの全身に電流が走る。
「もしかして……」
こういった屋敷には緊急時に脱出する用の隠し通路が存在することが多い。
籠城すると見せかけ、敵がくぎ付けとなっている隙に逃げ出す。
裏を返せば確実に脱出できる抜け穴が存在するという事だ。
「……ただの案山子、か」
ジンは所詮、戦いに関してはただの素人だ。
降りかかる火の粉すら満足に振り払えない弱者だ。
(やってみる価値は、あるか)
しかし、調査に関しては別だ。
自分の足で情報を手に入れ、精査し、まとめる。
今まで書いてきた記事はさほど多くはないが、物事を調べるという点においてはプロである。
調査をしているうちに
ジンは一人、抜け道の出口を探し始めた。
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