魔鎧騎士イフリート

バリー・猫山

遭遇《エンカウンター》

遭遇《エンカウンター》①: 鎧の右腕

「そう固くならず。まずはお茶でもどうかね?」

「……そんな気分じゃないんで」


 記者のジンは雑なアイスブレイクを突っぱねると小さくため息をつく。

 彼は事件の目撃者として魔法警察の人間から事情聴取を受けていた。


「そんなことよりも、俺の話を信じてくれればいいんですけどもね」

「ふむ……信じる、ねぇ……」


 相対するのは魔法警察本部捜査官のデンテ。

 小太りな中年男性。ちょび髭をはやして威厳を出そうとしているが、情けない出っ腹のせいで台無しな中堅捜査官だ。

 彼は大げさに肩をすくめながら盛大なため息をつく。


「では改めて状況を整理しよう。君はロサで取材をしていた」

「……はい」

「そして、君は『連続失踪の犯人』と思われる人物を目撃した」

「はい。そうですね……そうですよ」


 ジンは何度となくしてきた説明をもう一度することに嫌気がさしていた。


「うんうん。それで、犯人の特徴は?」

「……言った通り、普通の人間じゃなかった。背中から翅が生えていて」


 デンテはわざとらしく眉を吊り上げながらスーツの懐から一枚の紙を取り出して広げる。


「君の書いてくれた、この絵のような姿だった、と」


 お世辞にも上手とは言えない絵だった。

 ヘタウマというか、線はガタガタだが特徴だけは上手くとらえている。

 引き締まった男性の肉体。長髪で顔のパーツ配置は歪んでいるが、恐らく現物は端整な顔立ち。そして何より特徴的なのは――背中から生える蝶のような翅。


「ええ、はい。はっきりと、この目で見ました!」


 ジンは自分の両目を指差し、決して見間違えでないことを主張した。


「……そうだなぁ」


 その主張が正しければ失踪事件の犯人は


「つまり……そう、つまり君は魔族を目撃した――そう言いたいわけだね?」


 大仰で芝居がかった口調はジンをどうしようもなくうんざりさせた。

 もしかするとこの捜査官は元役者なのかもしれない。


「だからってそうだって言ってるでしょ」

「……君の上司は酷い人間の様だね。新聞の一面を華々しく飾れるような特ダネを毎日のように要求してくる……平和なこのご時世、早々そんなネタなんてないのに」


 デンテはジンの境遇を勝手に想像し、それがあたかも事実であるかのように語り始める。


「だからってこんなをしちゃぁいけないよ。君の使命は真実を民衆に伝えることだろう?」

「ウソじゃねぇんだよッ! 本当に俺は見たんだッ!」


 何度目ともわからない事情説明、その度に向けられる憐憫を含んだ疑惑の目、極めつけは見当違いなお説教。

 ジンの堪忍袋の緒が遂にぷっつりと切れた。


「背中に翅の生えた奴が人を攫ったのを見たんだ! 魔法も何も使ってないのに、一瞬で人を消すところを見たんだよッ!」


 彼は思わず胸倉につかみかかろうとしたが、デンテが両手を上げながら身を引いたため諦める。


「どうどう。そう食って掛かられたら話し合いもできないさ」


 彼はゆっくりと浮かせていた腰を下ろし、傍らから一冊の本を取り出す。

 生物の図鑑だ。


「私だって最大限、君の言葉を信じる努力をしたさ。でも――」


 しおりの挟まれたページには絶滅した魔族が描かれている。

 翅の生えた人間――ジンの描いた絵に近しい特徴の魔族、妖精フェアリー

 人形然として可愛らしい見た目だが、かつては人間と生存域を争い、そして滅ぼされた種族。


「目撃した『妖精フェアリーのような人間』は、普通の人間と変わらない大きさだった――君はそう言った」

「…………はい」

「でもおかしいな。この図鑑にはこう書かれている――妖精フェアリーは人の手のひらに収まるほどに――まるで人形のように小さかった、と」


 図鑑の挿絵に描かれる妖精フェアリーは小ささを強調するように描かれている。

 恐らくは非常に小さな種族だったのだろう。それが忠実に表現されていた。


「という事は、君の見た物は、妖精フェアリー仮装コスプレをした人間だった。そうなんじゃないかね?」


 確かに『絶滅したはずの妖精フェアリー』と考えるより『妖精フェアリー仮装コスプレをした人間』と考えた方がいくらか自然だ。


「……だったら、どうして人が消えたんだよ」

「トリックじゃないのかね?」


 人が消えた理由だって種も仕掛けもあるトリックだと考えるべきなのかもしれない。

 だがジンはそれが認められず、膝の上で拳を握り締める。

 勘違いなハズがない。蝶のようなあの翅は確かに動いた。仮装コスプレだというなら動くはずはない。

 だがそれにも理屈をつけようと思えばつけられる。


「君も記者なら、自分の足で情報を手に入れたらどうだね?」


 デンテは表情を作り、キメ顔で語り掛ける。


「もちろん、君の情報提供には感謝する。情報の正確性は置いておくとして、失踪者が増えたのは事実だからね」


 ありのままに見たことを、捜査の助けになると信じて『ウソのような本当の話』をした。

 聡明な本部の捜査官ならば信じてくれるかもしれない――そんな一縷の望みはあっけなく踏みにじれられた。

 やはり魔法警察はアテにできない。それが再確認できたということか。

 ジンは小さくため息をつくと今までの鬱憤を晴らすかのようにデンテを睨み付ける。


「……そいつはどうも。何より」


 呆れたように肩をすくめるデンテを殴りたい衝動に駆られたが、ジンはぐっとこらえて部屋を後にした。




――――


「確か、この辺だったよな」


 ジンは『妖精フェアリー』を見かけた現場へ再び戻っていた。

 ロサの街で起きている連続失踪事件。その最新情報の取材をしている最中での出来事だった。


(あれは絶対にトリックなんかじゃない)


 初めは見間違いかと思った。

 何の変哲もない建物の陰で女性が何の前触れもなく消滅した。

 まるで初めからそこになにもなかったかのように消えてしまったのだ。


(そうさ。絶対に魔族はこの世界のどこかで生きてるはずなんだ)


 ジンはポケットから古びた紙を取り出して広げる。

 元はスケッチブックの一部だったのだろうか。どこかから切り離したような跡が残っている。

 黄ばんだ紙に描かれているのはクレヨンで描かれた、子供特有のデッサンの崩れた似顔絵。

 恐らくはブロンドの髪の男性。瞳は濁った緑色、実物は端整な顔立ちをしているのだろう。

 を持つ男性の似顔絵だった。


(何か証拠があれば……)


 ジンは何か痕跡が残っていないか周辺を観察する。疑う余地のない、物的証拠さえあれば捜査官も動いてくれるはずだ。

 何の変哲もない街の外れ。建物同士の間隔は広く、人が隠れるのに適してはいない。

 近くには雑木林やら茂みやら、一歩進めば自然を感じることができる。

 些細な事でも構わない、何か手がかりが――


「……ん?」


 茂みの中に金属の塊が落ちていることに気づく。

 甲冑の籠手だろうか。錆びついているが表面には幾何学模様が刻まれている。


「なんでこんなところに……?」


 妙な落とし物。戦争が終結して久しいこのご時世に防具がその辺に落ちているなど普通ではない。

 きっと何か、この失踪事件に関連している物かもしれない。

 ジンはハンカチを取り出すとそれと包み、メッセンジャーバッグの中にしまう。


(他のパーツも落ちてたりすんのかな)


 拾ったのは右手用の籠手だ。それが単体で落ちているとは考えにくい。

 彼は好奇心に突き動かされ、他の部位が落ちていないか茂みをかき分け雑木林の方へ足を踏み入れる。


『――働き盛りの若い男。素材として申し分ないな』


 突如、声が響き渡る。


「誰――ッ!?」


 驚き振り向いた瞬間、ジンは浮遊感に襲われる。


「はッッ!?」


 気が付けば周囲には青い空が広がっていた。

 人間は浮遊する能力を持たない。そんな人間が大空に投げ出されたらどうなるか?

 答えはただ一つである。


「ワ――――ッッ!!」


 絶叫が響き渡る。

 彼の体は遥か遠くの地面に向かって自由落下を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月20日 20:08
2024年12月21日 20:08
2024年12月22日 20:08

魔鎧騎士イフリート バリー・猫山 @_catman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画