ある小説家の苦悩

雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐

ある小説家の苦悩

 アリサはデスクの前で唸っていた。原稿提出まで、残り3時間ほど。いいアイデアがまったく浮かばない。アイデアさえ浮かべば問題ない。執筆役のAIに任せればいい。高品質な文章を書いてくれる。



「AIは便利になるのに、なんで執筆用のアイデアを創作できないのか……」と呟く。



 アリサは思った。シンギュラリティが起きれば、AIが小説のアイデア出しもしてくれるはずだ。そうすれば、アリサのすることといえば、出版社とのやりとりだけになる。それで原稿料が手に入るのなら、楽なもんだ。いや、まてよ。それでは一般人まで小説家になれてしまう。それはそれで困る。



 ダメだ、こういう時はAIをうまく使うしかない。「SFで初心者でも分かる単語は?」とAIに問う。「ロボット、宇宙船、宇宙人などはいかがでしょうか。それぞれについて軽く説明しますと……」



 さっきからこれの繰り返しだ。やはり、自分でアイデアを創作するしかない。無難に宇宙人が地球に攻めてきた話にしよう。困った時はテンプレに沿えばいい。



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「いやー、アリサ先生の書かれる作品は素晴らしい! うまく流行に乗っていますから」



 それもそのはずだ。SFでは「宇宙人が攻めてくる」「タイムトラベルして過去の自分と出会う」などを書けば流行から外れることはない。テンプレから外れて駄作を書いてしまうと、今後の作家生命に関わる。



「アリサ先生、申し訳ないがご相談がありまして。実はこのところ出版社はどこも経営が苦しくて……。我が社も先生への原稿料を下げざるをえないのです」



 その話はいろいろな会社から打診されていたから、アリサは承諾した。



 編集者は「しかし、なぜ本の売れ行きが伸び悩んでいるのか、まったくもって分かりませんな」とため息をついた。



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 アリサは編集者とのテレビ会議を終えると、AI研究者の友人ノアからメールが届いていることに気がついた。ノアの口癖は「AIとは適切な距離をとるべきだ」だった。そんなことをする必要はないのに。便利なものは何も考えずに使えばいい。



 ノアからのメールの内容は「アリサ、最近の君の小説は面白くない。文章は素晴らしいが、アイデアに斬新さがない。昔の君は違ったのに残念だ」というものだった。



 昔の私は斬新なアイデアを出していた。そう書いてある。過去の自分がどのようなアイデアを創作したか、すっかり忘れてしまった。「過去のアイデアノートを検索」とAIに指示する。スクリーンに映し出されたのは、ボロボロになった一冊のノートだった。



 中身を読むと、「これが斬新なアイデアか?」と思うものばかりだった。今ではテンプレになった話ばかりだ。待って。今ではテンプレ……? あくまでもテンプレだ。当時は斬新だったのかもしれない。アリサは深々とイスにもたれかかる。



 ノアの指摘について考えれば考えるほど、わけが分からなくなる。今は小説家がアイデアを出し、AIが執筆するのが当たり前だ。アイデアもテンプレにすれば問題ないし、AIが執筆するから、高品質な文章が担保されている。しかし、果たしてこれが正解なのか……?



 いや、間違いはない……はずだ。大ベテランさえ、AIなしでは執筆ができないのだ。だが、もし今度の小説について、アイデア出しから執筆まで自分ですればどうだろうか。今ではそんな小説家はいない。それはそれでセンセーショナルかもしれない。



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「うーん、先生にしては……あー、申し上げづらいのですが、文章のキレがないですな。これを出版して欲しいというのは正気ですか? 今後の小説家生命に響きますよ」



「それでいいんです。おそらく読者からは非難のメールばかり来ると思いますが、やりきった感がありますから」



 それはアリサの本音だった。



「では、これにて失礼します」



 アリサはそう言うと、モニターの電源を切る。これが私の今の「斬新さ」の限界。アリサはふぅと息をすると、デスクを離れる。あとは読者が判定してくれる。おそらく、「斬新ではない」という答えが返ってくるだろうが。



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「アリサ先生! 大変です!」



 編集者の慌てた声を聞いて「やはりか」とアリサは心の中でため息をついた。



「先生の本が爆発的に売れているのです! 『アイデアに斬新さはないが、文章に人の温かさを感じる』とのメールが殺到しているのです。しかし、よく分からんですなぁ。今までの方がキレがあって良かったのですが……」



 アリサは自分の判断が正しかったことが分かり、頬が緩む。これは私が切り拓いた新たな可能性。この考えに続く人がいるかは分からない。おそらく、少ないだろう。だが、自分の考えを変えることはない。これこそが「自分らしさ」なのだから。

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