第21話 根回し。という名目のデートをする高橋

「え? 探索業者の許認可の変更の改正には賛成頂けないのですか?」

「当たり前です。スライムを使用したプロジェクトでは、許認可基準を変更する必要がないことは市長もご存じでしょう?」


 ここは備後市の隣町、福山市の繁華街にある小洒落たBAR。高橋は、ここで片桐に先日提案した議案の根回しをしていた。

 備後市は人口が約6万人しかいない小さな街だ。

 そんな街で、政敵同士である2人が接触すれば、些細なことでも噂になって広まり、様々な憶測を呼ぶ。

 そして、そういったものはしばしば誇張、歪曲される。

 なので、2人は市内での接触を避けて、市外で落ち合っていた。


(くそ、ドサクサに紛れて通したかったが、やっぱり無理だったか)


 悔しさを隠しながら高橋は次のお願いをする。


「あと、放流するスライムの数なんですが、やっぱり少なぎます。やはり総務省のスライム災害防止指針を基準に割り出した個体数にしたいのですが」

「ダメです。環境省のダンジョン生態系保護ガイドラインの基準に即したものでなければ、他の議員への説得は行いません」

「もし説得していただけるなら、解任した創政フォーラムの息がかかった部長たちを何人か追加して、10月1日の人事異動で元のポジションに戻すことを約束します」

「再度部長職に復帰させて欲しい職員は、先日お伝えしたじゃないですか。それ以上は結構です。これだけ戻して頂ければ、こちらも100条委員会の設置は見送ります」


 バーテンが出してきたカクテルをグイっと飲み干し、片桐はさらに言葉を続ける。


「だいたい私はプロジェクト自体に反対なんです。それでも市長がどうしてもしたいと言うから、仕方なく我慢して妥協してあげているんです。感謝してください」

「は、はい。片桐議員のお気持ちはよく分かっていますので、本当に感謝しています」


 酒のせいだろうか。片桐の顔は真っ赤に火照っている。そして口元が、わずかに震えている。

 体調が悪いのだろうか。

 心配になった高橋は、距離を縮めて声をかける。


「片桐議員、大丈夫ですか!?」


 直後、片桐は両腕を高橋の首元にまわし、口づけをしてきた。

 なにが起こったか分からず、高橋は驚いたまま硬直する。

 片桐は、先ほど以上に赤面しながら大きな声で語り掛けて来た。


「市長! 市長がこのまま間違った考えで市政を運営しては、市民は皆不幸になります! この後お店を出たら、私の部屋に来てください! 今日は徹底的に話し合いましょう!」

(え? 誘ってるの……)


 こういったことには鈍いと自覚している高橋でも、これは明らかに分かる。

 ここで高橋の頭の中に、論戦に勝つために、調べ上げた片桐の略歴がよぎる。


 片桐こはな。祖父は総務大臣や民自党参議院幹事長を歴任した大物国会議員。父は都議会議員で日本一新会の東京都支部長を勤めている。母の家系には霞が関官僚や地方議員が沢山いる。まさに由緒正しい家柄の政治一家である。


(一方の俺、親父は窓際サラリーマンで、お袋はスーパーのパート。親戚に金持ちは無し。家は貧困家庭ってことはないが、下流家庭であることは間違いねえ)


 次に片桐本人の学歴を思い出す。都内の名門付属幼稚園に入園後、エスカレーターで高校まで進学。その後、東京大学文科一類に現役合格し、学部首席で卒業。


(一方の俺、幼稚園から中学校まで地元の公立だからある意味エスカレーターで進学。高校は地元の商業高校に進学。その後、備後市近隣にある某Fラン大学に進学し、留年しかけたけどなんとか4年で卒業)


 最後に卒業してからのキャリアを振り返る。

 国家一種試験に合格し、総務省に入庁。ダンジョン政策の立案に携わったあと、ヘッドハンティングされて民間総合シンクタンクの野島総研に入社。そこではダンジョン経済の専門家として活躍。その後、代議士の秘書を経て、備後市市議会議員選挙に出馬しトップ当選。現在29歳。まだまだ将来が期待される若い有望株。


(一方の俺、卒業後は定職につかず、ダンジョン配信者になる。配信活動をやりながら工場内作業やコンビニバイトなど、多種多様なアルバイトや派遣を経験。正社員経験はなし。そして間違って市長に当選。現在35歳。将来が絶望的なおっさんである)


 最後の最後に片桐の顔とスタイルを確認する。……性格がきつそうな顔つきで、近寄りがたい雰囲気を出しているが、芸能人でも中々いないほどの美人だ。


(一方の俺、多分フツメン)


 しばらく放心状態になった後、高橋は思考を巡らせた。


(おかしい。普通に考えて俺みたいな低スペック男を誘うわけがない。いったい狙いはなんだ? ……色仕掛けで情報を仕入れたり、懐柔をするつもりなのか? いや、そんな姑息ことはするわけない。なら……分かった美人局だ! 誘ってそういう関係になっておいて、酔って強引にそういうことされたとか、後で言うつもりなんだ。……こういうのはどうしても男が不利だし、社会的な差もあり過ぎる。皆、俺より片桐議員の言う事を信じるに決まっている。こんなキレイで知的な人でも、そういうことをするのか。恐ろしい、政治の世界は恐ろしすぎる)


 このままでは絶対に自分は罠に落ちてしまう。

 早くこの場を切り抜けなければ……。

必死に平静を装いながら、話を切り出す。


「片桐議員、お話をお聞きいただき感謝しています。しかし、今日はここまでにしましょう」


 戸惑いを隠せない様子の片桐に背を向けて、そのまま店を後にした。


(はあ、はあ……。正直、外見はドストライクだったからな。あのままいったら危なかった。なんとか理性が勝ってよかった)


 深呼吸をして、心を落ち着かせながら、駅に向かって歩き出した。



(……私のいったい何がダメなの?)


 一人残された片桐は、バーのカウンターで深く沈んでいた。

 彼女は男を自分から誘ったことも初めてだったが、断られたことも人生で初めてだ。

 彼女は今まで、恋という感情を抱いたことが一度もなかった。

 恋愛というものに憧れ、してみたいと思った時期はあった。

 だが、人生で出会って来た男は全員自分より能力が低く、とても興味を持てなかった。

 そのことに焦り、告白してきた適当な男と付き合ったことも2、3回あったが、全て3日以内に自分からふって終わってしまった。

 そして、いつからか恋愛を諦め、仕事に没頭するようになった。

 そんな時、目の前に現れたのが高橋だった。

 片桐は高橋に出会って、短期間の間に2回も負けてしまった。

 1回目は議会での討論で。2回目は現場での実地戦闘で。どちらも最も得意とするダンジョンに関することで負けている。

 人生で敗北や挫折などほとんど経験がないので、その衝撃は大きかった。 

 それからしばらくして、気づいたら高橋を見ると胸が高鳴り、彼のことを考えるようになっていた。最初は負けた事の悔しさから来るものかと思ったが、なにか違うと感じ色々調べたら、どうやら今、高橋に自分が抱いている感情が恋というもののようだ。

 ただ、恋人にするには、間違った政治思想を持っているという大きな欠点がある。だが、時間はかかるかも知れないが、自分ならば絶対に高橋の考え方を変えることができる。そのために今日は頭ごなしに否定せず可能な限り妥協して、深い話をするために勇気を出して色仕掛けで部屋に誘ってみた。その結果がこれだ。


(市長、私は諦めませんよ。将来のために考え方を改めて頂きます)


 そう強く心に誓いながら、でてきたカクテルをまた一気に飲み干した。

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