第6話 怒涛の論破に耐えきれない老害議員
「お時間になりましたので、令和X年6月第1回備後市議会定例会を再開いたします。これより、予算審議を行います。それでは市長より補正予算案の説明をお願いいたします」
議長に促された高橋が、緊張しながら壇上に立つ。ネットを通じて人前で話すことには慣れていた。しかし、公式な場での予算説明などしたことがない。先ほどの所信表明は、勢いに任せてなんとか乗り切ったが、今回はより専門的な説明が求められる。しかもこの予算案は、政治素人の自分と若い職員がたった2人だけで、仕事の合間をぬって作ったものだ。正直不安しかなかった。
「そ、それでは、本予算案の説明を始めさせていただきます。ま、まず、備後市の経済活性化を目的として、ダンジョン観光の推進に5億円を割り当てました……つ、次に少子高齢化対策の予算を昨年度より増額しております。ぐ、具体的な理由といたしましては……」
市議たちを見渡す。明らかに喧嘩を売っている表情の者、寝ている者、スマホをいじり続ける者……。市議たちの態度は様々だが、ほとんどの人間が高橋に強い敵意を向けていることを肌で感じた。
(やべえ、調子こいて野次に言い返したりするんじゃなかった。市議会が承認しないと予算って通らねえんだよな。……勘弁してくれよ。もう徹夜なんてしたくねえよ)
高橋は不安を抱えながら説明を続ける。声には焦りが混じり、ただでさえ無かった自信は、さらに失われていく。
「市長からの説明が終わりました。これより各会派の代表質問を行います。まずは、日連党備後市議団から質問をお願いします」
議長の言葉に促され、日連党備後市議団の代表が立ち上がる。
「市長、教育関係の予算が削減されておりますが、この理由はなんですか?」
「そ、それはですね……教育関係の予算が余剰だったため、他の必要な部門に配分を変更いたしました……」
「教育関係に割かれる予算が減少し、教育水準の低下が懸念されるなかで、これはおかしいのではないですか?」
「お、おっしゃる通りなのですが、予算がなく……」
長い質問が繰り返され、一息つこうとしたころに、議長が次の会派に質問を促す。
「次に備後市再生の会、質問をどうぞ」
「インフラ整備の予算配分で、道路修繕に割り当てられている額が少し多すぎるように感じますが、その理由はなんですか?」
「え、ええ……道路の老朽化が進んでおり、安全性の確保が急務であるため、重点的に予算を割り当てる必要がありました……」
「市内の道路が老朽化しているのは分かります。しかし、他のインフラ整備に回す予算が減少しているのではないですか?」
「お、おっしゃる通りなのですが、なにぶん予算が……」
どれもこれも必死に勉強してきたことではあった。しかし、時間が短かったため、どうしても準備が不足している。なにより初めての議会なので、緊張して答えが不十分になることが多かった。
質問の内容がどんどん厳しくなる中、ついに最後の会派の質問になる。
「それでは創政フォーラム、藤吉明議員。質問をどうぞ」
議長に促されて立ち上がった藤吉の顔を見て、思わず口もとが引きつった。
(や、やべえ……ムチャクチャ怒ってるじゃねえか。さっき野次に茶々入れられたのが、そんなに気に食わなかったのか。下手したら終わった後に殺されちまうかも知れねえ)
壇上に上がるなり、藤吉は高橋を怒鳴りつけた。
「おい、若造! なんだあの素人丸出しの糞みたいな補正予算は!」
「は、はい……あの、ぐ、具体的にどの部分が不快に感じたか、教えて頂ければ……」
藤吉は嘲笑を浮かべながら大きな声を出し続ける。
「全部だ! 特に酷いのが、ダンジョン観光の予算だ! そんな訳の分からんもんに、5億円も無駄金を使いやがって。市の財政を破産させるつもりか!?」
「た、確かにダンジョン観光には多額の予算を割り当てていますが、それは地域経済の活性化と観光客の誘致を目的としており……」
「そんなの誰も求めてないんだよ! 市民の生活を第一に考えろ!」
「そ、それも考慮しておりますが……」
「言い訳ばかりしやがって!」
「具体的な数字を出せ! どうやって5億円を使うんだ!?」
「は、はい、まず、観光インフラの整備に……」
「そんなものに金をかける余裕がどこにあるんだ!?」
「い、いえ、それも考えた上で……」
「考えた上でこのザマか! ふざけるな!」
「……すいません」
頭が真っ白になり、高橋は押し黙ってしまう。静まり返った議会からは、クスクスと自分を嘲笑する笑い声も聞こえてくる。
(こ、このジジイ。怒鳴り散らして勢いで押し切ろうとしてやがる。落ち着け、俺)
「ふん、ダンジョン配信者だか、なんだか知らんがダンジョンというものをなにも分からずに無責任な予算をくんだようだな。こんな奴が市長していることは備後市の恥じだ」
この一言で高橋の中の、なにかが弾けた。
(ざけんじゃねえぞ。ジジイ、俺はダンジョンに関しては売れてないとはいえ、15年近く現場でやってきたプロだぞ。他のことならともかく、なんでダンジョンに関わることで、てめえなんぞに見下されなきゃなんねえんだ)
心の中が怒りで煮えたぎりはじめた。だが、頭はどんどん冷静になっていく。
一呼吸おいてゆっくりと口を開く。
「藤吉議員、ご指摘ありがとうございます。ところで藤吉議員はダンジョン観光についてどの程度ご存じなのでしょうか?」
「なにも知らん! だが何故そんなものを知る必要があるのだ!? ダンジョンのような危険な場所を観光地にするなど正気の沙汰ではない!」
「かしこまりました、ご説明させて頂きます。ダンジョンがある日本全国の自治体では、ダンジョンを観光資源として活用することは当たり前のように行われています。私は他の自治体が運営しているダンジョンにも配信活動のために遠征していたので、その現場を見てきました」
「嘘をつけ! そんな話聞いたことがない!」
「嘘ではありません。私の言葉が信じられないなら、議会が終わった後、しゃらんなどの観光サイトをご覧ください」
「なんだとお……」
藤吉は言葉を詰まらせ、憤怒の表情を浮かべた。ここで一気に畳みかけるため、高橋はさらに言葉を続ける。
「具体的な成功例をお伝えいたします。長野県の浅間山町のダンジョンには、浅い階層に水の精霊であるウンディーネが住んでおります。その階層では、ウンディーネの魔力により聖水が湧き出しています。また町の名の由来にもなっている活火山の浅間山の地熱が原因で聖水は暖められ温泉になっています。この聖水の温泉があることに着目した町は、この階層を温泉リゾートとして整備を進めました。さらに、隣接する軽井沢町の観光客を取り込むため、浅間山町は連携して観光インフラを整備しました。これにより、浅間山町は年間数億円の経済効果を生み出し、地元の雇用も増加しました」
「……」
「さらに火の精霊であるサラマンダーの生息が確認されている熊本県の清正市のダンジョンでは――」
「もういい! 貴様は先ほど成功例を挙げたが、全てのダンジョンがある町でそのダンジョン観光とやらは成功しているのか!? どうなんだ言ってみろ!」
「いいえ、思ったほどの経済効果が得られなかった自治体や、運営コストが予想以上にかかり財政赤字が増えたケースもあります」
「それ見たことか! 備後市で、そんなものが成功などするわけがない!」
「……」
「ガハハハ、どうした!? ワシの正論にぐうの音も出ないか!?」
「……いえ、自分が住んでいる町のことを、どうしてそこまで卑下できるのか理解できなかったものでして」
「なんだ……そ、そ、そんなことはないぞ……ワ、ワシはただ備後市を愛しているぞ……う、嘘じゃないぞ」
失言に気づいた藤吉の顔色は青ざめる。声も小さくなった。チャンスなので、このままとどめを刺すことにする。
「議員のご心配はごもっともです。ですが、ご安心ください。我が市のダンジョンには先ほどお伝えしたウンディーネとサラマンダーの生息が確認されています。さらに言えば風の精霊のシルフと土の精霊のノームの生息も確認されております。これら四大精霊全ての生息が確認されたダンジョンは世界中でも我が市のダンジョンのみです。安全かつ魅力的な観光地として整備を進めることができれば、備後市に大きな経済効果をもたらすでしょう。ケーブルTVの生放送やYawtubeに録画されている動画を見ている市民の誤解を解くために、この後の採決には、ご賛同いただけますようお願いいたします」
この言葉を聞いた藤吉の顔は、真っ赤に染まった。話の流れで失言の信頼を取り戻すためには、採決に賛成するしかなくなってしまった。だが、それは彼の本意とは明らかに異なる。怒りと屈辱で内心爆発していることが、簡単に見てとれた。
「分かった賛成してやる! すれば良いんだろう!」
まだ質問時間は残っているにも関わらず、藤吉は大声をあげながら席に戻って行った。
(ふー。会派質問はこれで終わったけど、次は個人質問ってのがあるんだよな)
個別の質問を希望する議員が次々に壇上に立ち、予算案の各項目について具体的な質問を投げかけてきた。
(上等だ! LIVE配信より楽じゃねえか!)
だが、藤吉を論破して自信をつけた高橋は先ほどとは打って変わり、各議員の質問に堂々と答えた。
正直、ダンジョン関係以外のことはほとんど分からない。しかし長年の配信活動で身に着けた即興の話術で難なく答えた。
全ての質問が終わり、議長が採決の声をかける。
「これより補正予算案の採決に入ります。賛成の諸君の起立を求めます」
全ての議員が立ち上がり満場一致で可決した。
藤吉も表情を悔しそうな顔を浮かべながら立ち上がっている。
「賛成多数。よって本予算案は可決されました」
(藤吉は創政フォーラムの有力者だからな。あいつが賛成にまわったんで他の議員も従ったんだろう。ほとんどの奴が政策なんか関係なく俺を潰したいのに、ご苦労なこった)
ほっと胸を撫で下ろしたのと同時に、この日の議会は終了した。
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