第5話 悔しがり発狂する老害市議たち
「おのれ高橋! ふて腐れたガキみたいな屁理屈をこねやがって!」
「キイイイ! 全くですよ。我々の神聖な野次をなんだと思っているんだ」
備後市は人口6万人ほどの小さな町だ。市議会も小規模で、議員は小さな控室を共有で使っている。しかし、長年にわたり市議会を牛耳ってきた創政フォーラムだけは、専用の控室が用意されていた。
この控室で会派所属の議員たちは、食事をとりながら午後からの予算審議に備え、非公式なミーティングを開いていた。
ミーティング、そう言えば聞こえは良い。だが、実態は、高橋への悪口大会になっていた。
「先ほどは小手調べに花を持たせてやったが、午後の会派質問からが本番だ。ワシが直々に、あのバカで不細工くせに偉そうな若造を徹底的に叩きのめしてやる。あいつが口先だけで中身が空っぽな奴だということを、知らしめてやらねば!」
「キヒヒ。よろしくお願いいたします、藤吉議員」
「流石です! 頼りになります! 藤吉議員!」
「期待してます! 藤吉議員!」
会派の議員たちの激励の言葉を聞いた藤吉は、得意気に胸を張った。
「片桐議員、予定通り、今回の会派質問は私が行います。希望されておられたのに申し訳ありませんな。ここで私がお手本をお見せいたしますので、お勉強頂ければと思います」
「ええ。お願いします」
あまりにもくだらない話題なので、片桐は適当に流すように返事をした。
「は、はい、ご期待に答えれるように、私も粉骨砕身の思いで頑張る所存です!」
機嫌を損ねたと思ったのか、藤吉は慌てながら媚びへつらってきた。
この藤吉という議員と、もう1人の天地という議員はどうやら、この会派で権力を二分しているようだ。内輪での争いを避けるために、元大物国会議員の孫娘である初当選の自分を会派の会長に祭り上げたのだろう。
しかし、担ぎ上げておきながら、その態度からは自分のことを小娘だと見下していることがにじみ出ている。
だが片桐にとっても、この会派の市議たちはつまらない老害でしかない。
政界への進出を親に反対される中で、なんとか祖父の生まれ故郷である備後市の市議になることはできた。
しかし、東京生まれの東京育ちである自分にとって、ここは縁もゆかりもない日本中どこにでもあるつまらない田舎でしかない。
こういった田舎の町では、ろくでもない老害たちが幅を利かせているのが定番だと思っていたが、案の定、その通りだった。
市議として実績を作り、首長になる。首長としても功績を残し国政に打って出る。そんな人生計画を考えていたが、こんな老害がはびこる田舎では、自分がなにか新しい功績を残すことは絶望的だと感じてしまい、早々に諦めてしまっていた。
そんな中で現れたのが、新市長の高橋だ。
補正予算案を見たが実に良いものを作っている。何より答弁のセンスがすごい。先ほどの野次に、あんなに鋭くてユーモアがある返しができるとは思わなかった。
日本の大半の自治体は議会でのやりとりをYawtubeで公開している。この備後市もそうだ。その中には全国的に注目を集める自治体の議会もある。
高橋は元配信者だと聞いていたが、そのスキルが生かされている。もしかしたら、この備後市市議会の動画も日本全国から注目されるかもしれない。
そうなった時に配信されている動画の中で、自分が高橋を言い負かせば、大いに注目を集めることになり、人生計画を修正できる。
思わぬチャンスが巡ってきたことに、彼女は喜びを隠しきれなかった。
◇
(さあ、本番はこっからだな)
午後の審議開始15分前、高橋は市役所近くの自動販売機でエナジードリンクを買い飲み始めた。
所信表明演説は一般的なことを話せば良かったので、比較的簡単だった。問題はこれから始まる予算審議だ。政治素人の自分は未だに内容をよく分かってない。
昨日はこの対策を練るために徹夜した。
「市長、先ほどの所信表明、とてもほれぼれしました」
背後から声をかけられ振り向く。そこには片桐が立っていた。
「はは……あんなんで、大丈夫でしたか?」
「ですが残念な部分も多かったです」
「残念な部分?」
「はい、言葉の表現や言い回しなどは、とても素晴らしかったのですが、根本的なダンジョン行政に対する考え方が間違っています。そのせいで政策も間違ったものになってしまっています」
「はは……そうなんですね」
片桐は好意に満ちているが、同時に闘争心にあふれた視線をコチラに向けて来た。とても怖いので、高橋は引き気味になる。
「私の考え方は、今代表を勤めている会派の議員たちと基本的には同じようです。もっとも彼らの根本にあるものは、私的な利益と怨恨ですので、考え方が大変粗雑なものになっています。なので市長であれば簡単に論破できると思います」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます」
「いずれ私も会派質問で発言させていただきます。それまでに市議会のYawtube上でのLIVE配信をご検討頂けば嬉しいです」
静かに微笑みながら、片桐は立ち去って行った。。
「あれって応援されたって考えていいのかな?」
困惑と恐怖を感じながら、高橋はエナジードリンクを飲み干した。
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