斑鳩今昔

永嶋良一

第1話 斑鳩・昔

 以前、家族で奈良に行った。子どもたちがまだ小さい頃だったので、もうずいぶん昔の話だ。


 斑鳩いかるがに周って、法隆寺にお参りした。時間があったので、僕たちは法隆寺の奥にある法輪寺ほうりんじ法起寺ほっきじを目指して歩きだしたのだ。位置関係を言うと、法輪寺が法隆寺の奥にあって、法起寺はさらに法輪寺の奥になる。だから、順番としては、法隆寺から法輪寺に行って、それから法起寺に周ることになる。


 秋の穏やかな午後だった。


 法隆寺から法輪寺までは、田んぼのあぜ道を歩いていく。僕たち家族の前後には、同じように法輪寺を目指す人たちが何組かいた。行列というほどのものではなかったが・・僕たちを含め、そういった観光客が三々五々といった形で、途切れ途切れの緩い列を作って、あぜ道を歩いていたのだ。


 ちょうど、稲の刈り入れどきだった。ある田んぼでは、刈り入れ前の黄金の稲穂が風に波打っていた。その隣の田んぼでは、もう刈入れが終わっていて、むき出しの地面の上に藁が積んであった。田んぼの向こうに、うっすらと野焼きの煙が上がっていた。ところどころに畑があって、さまざまな野菜が実をつけていた。


 あぜ道は、むき出しの土だ。一足ごとに、柔らかい土の感触が伝わってきた。


 秋の暖かい陽だまりの中、そんな田んぼや畑の間の細い道を歩くのは、実に気持ちのいいものだ。


 そんな道をしばらく歩くと、田んぼの向こうの林の先に、法輪寺の三重塔が見えてきた。


 法輪寺にお参りした僕たちは、今度は法輪寺から法起寺へと向かった。法輪寺から法起寺に行く道は、さらに里山の風情が強くなっていた。


 周りは山と畑で、その中に農家が点在していた。畑の中には案山子があった。トンビのような鳥が青空を背にして、畑の上で大きく輪を書いていた。明るく、静かだった・・


 僕はすっかり、この道が気に入ってしまった。ひとことで言うと、ここは人里に近い里山なのだが・・それ以外の、何か特別なものを感じたのだ。大げさな表現だが・・僕には、そこはなんだか俗世間から隔絶した別世界のように思えたのだ。


 しばらくすると、今度は畑の向こうに、法起寺の三重塔が見えてきた・・


 そんな至福の思い出だ。


 この思い出は、いつまでも僕の心の中に残った。

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