伯爵は、王女を心配する



「私は当主として、早く後継を作らなきゃいけないってことくらいわかるでしょ?」

「だ、だからといって、そんな急がなくてもいいだろ?」

「……」


 必死に止めるように言うフィンをじとっと睨んでみると、フィンはぽりぽりと頬をかくフリをしながら私から視線を逸らした。


 ……なにか隠してる感じにも見えるのは気のせいかしら。


「ど、どちらにしろ。今動いたら、きっとカシム兄さんに邪魔されるよ」

「……ランページ不可侵法のこと?」

「あ、ああ。……知らなかったのか?」

「……知らないわ。代理当主の頃からランページは中立でいるべきだって話をされてはいたけど」

「簡単に言うと、ランページは常に中立であるべきであって、政争に巻き込ませないこと、って言う話だね。ほら、ランページってすごい大きいから、それだけで一気に派閥が傾くから。おまけにフレイ王国も吸収しちゃってるから、もう、一国みたいなもんだよね」


 言われてみると、ランページはどこの派閥にも属していない。

 属していないというより、ランページそのものが派閥という形のような気もする。

 そういう法があるからこそ、ランページは常に中立であるべき、という思想があるんだと思う。


「反乱起こしたら勝てるんじゃない?」

「帝国に?」

「帝国に」

「……勝てるわね。多分ヴァイスリッターだけでもいいところまでいけるんじゃないかしら。領土全体で攻めたら、フレイ王国の人達なんて喜んで戦ってくれそうよ」

「煽ってみた側が言うのもなんだけど、マリ姉は怖いこというなぁ。帝国と敵対しないでよほんと」


 エルト君が笑いながら言う。

 エルト君がいる西側が参戦してきたらランページもすぐに負けちゃうだろうなぁ。エルト君一人でも結構大変だから。


 でも、私が本当に反旗を翻したとしても、多分エルト君は動かない気がする。

 むしろ私が帝都を落とした後に来て、私から交渉なり武力なりで奪い返して帝王に返り咲きそうな気がするし、帝国民としてはそれも望ましい気もする。


 フィンとエルト君。どちらが帝王として向いているかと言われると結構悩みどころなのよね。

 フィンが帝位を求めないなら、エルト君一択かしらね、私は。


「……その戦力含め、カシムール殿下は、ランページを狙っているってことね」

「ああ。……――い、いや? カシムはそこまで考えてないかもしれないけど。とはいえ、もう次期帝王の座ははカシムール一強とも言えるからね」


 カシムール殿下は、正妃の第一子ということもあって、派閥が大きい。正妃が侯爵の娘ということも大きな要因だけども、帝国の上級貴族のほとんどがその派閥に与している。対抗馬は第一王女のエスフィ王女の派閥であり、カシムール殿下に帝王となってほしくない派閥がエスフィ王女の元に集まっていた。昨今の殿下のやらかしによって、エスフィ王女に鞍替えする貴族も多かった。それでも、カシムール殿下の一強は揺るがず。後はこじんまりと、下位貴族をフィンとエルト君達が抱え込んでいて、エスフィ王女と連携することでカシムール殿下に対抗していた形になる。


 その拮抗が崩れてしまったのが――


「――エスフィ王女の、婚約、ね」


 エスフィ王女は、元々南西に位置するレンジスタ王国キュア王子と婚約関係にあった。その政略的な婚約は帝国にとってとても有益で、レンジスタ王国が帝国の傘下に入ることも意味していた。かなり大きな政略であり、何より、二人は相思相愛だった。キュア王子も王としての資質があり、素晴らしい王配となるのだろうと期待されていた。かくいう私も、友人であるエスフィ王女の相手でもあるので、よく知った人物で、それはもう、これからの帝国の未来に期待できる優秀さだと知っていた。


 初の女帝として君臨するエスフィ王女。

 それを、私も女伯爵として、誇らしく思っていたのは確か。


 もっとも、それはエスフィ王女が帝王を継承するならの話。

 エスフィ王女は、レンジスタ王国に嫁ぐのかキュア王子を王配とするのか、まだ協議している段階だった。


 帝国としては優秀な王女を手元に残し、優秀な王子を手に入れたい。

 王国としては優秀な王子を残し優秀な王女を手に入れたい。


 なかなか婚姻へとならなかったのはそれが原因である。


 ……そんなこともあって、私とは仲がよかったんだけどね。



 なのに。

 勇者との婚姻の可決が取り決められた。

 エスフィ王女とフィンたちが不在の時を狙い、カシムール殿下が強行したことで、それは議会で可決されてしまった。


 勇者の血を、帝王の血に入れる。

 優秀な王女を手元に置いたままにしておける。


 勇者を帝王直系と婚姻させる。だけども勇者といえど、異世界の人間であり、この世界では平民と同じである。帝王となることはできないため、勇者と直系の子を帝王と関係させる計画を、議会に提出し、他の意見を認めず強行したのだ。


「それが出来てしまうのが、カシムの派閥の強さ、だね」


 議会は、ほぼカシムール殿下の派閥が占めている。そこに王権を使ってねじ込んで対等としていたのが、エスフィ王女とフィン、エルト君連合派閥だった。もちろん、現帝王がいればそんなことにはならなかったのだけども。


 その結果、エスフィ王女とキュア王子の婚姻は、帝国の有責で破談。エスフィ王女は一気に後継争いから転落していく。そして、勇者の妻となることを強制されることになった。

 そして、勇者の妻となる、という理由で、帝国は王国への賠償を帝国から半分、エスフィ王女含む派閥から半分払わせた。

 明らかな勢力の縮小狙い。だけども、勇者というビッグネームを掲げた世論がそれを許さない。そこにカシムール殿下だけでなく、王国の元王太子、カース・デ・モロンも加わり、より手が付けられなくなり、泣く泣く認めるしかなかった。


「……帝国の資金も半分ほど消えたってのは痛い。それが全部エスフィ姉のせいにされたのも、ね。」

「エスフィ王女は、大丈夫なの?」

「マサト・インカワに献身的ではあるけども、まあ……キュア王子との仲の良さを知ってる私達からしてみるとね」

「……あぁ……仲、すごくよかったから……」


 エスフィ王女には、私もよくお世話になった。

 先日王城にいた時は、少しだけ顔を合わせることはあったけど、元気がないのは心配だった。さすがに互いに時間はなかったからしっかり話すなんてことはできなかったけど、そこまで落ち込んでいるのなら話を聞かせてもらうだけでも時間を取ればよかったと思う。


 ……正直に言えば、カシムール殿下という面倒ごとに巻き込まれそうだったから、そそくさと逃げたのよね……。悪いことしたわ。


「そう、それで。それが僕からの話に関係しててね」


 ちょっと暗くなってきた雰囲気の中、エルト君が紅茶を一口含んだ後、咳払いをしてぱんっと手を叩いた。



「破棄された者同士、お話がしたいんだって」

「……」



 その言い方は……あまり、いい気分じゃないかもしれない。


 じろっと睨んでみるけど、エルト君の笑顔はフィンに劣らず輝いている。


「……はぁ」


 思わず、ため息がこぼれた。

 だけども、いい機会でもある。


 エスフィ王女に会って、話をしてみよう。

 お互いにすっきりできるかもしれない。


 そう思って紅茶を飲んでいると、なぜかフィンがにこやかにこちらを見ていた。



 フィンは、私の婚約破棄とランページ不可侵法についてはどう思っているのかしら。


 思わずそんな考えがよぎっては、何を考えているのかと思わず顔を赤くしてしまった。

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