伯爵は、条件をつきつけられる
「この邸内の誰もにお前がいないと言われ続けてな」
花には何も罪はない。
ずいっと出された花束を受け取ると、こほんっと、まるで先程の言い争いをなかったことにするかのように咳ばらいをした後、カシムール殿下はそう切り出した。
「だが、会えてよかったぞ。久しいなマリーニャ・ランページ」
「お久しぶりという程にはさほど久しぶりではございませんが、お久しぶりでございます、カシムール殿下」
花束を慌てて立ち上がったカンラに渡すと、私は女性らしくカーテシーで挨拶を返す。カンラはすでに私より先に頭を下げ続けている。
久しい。
そう言われても、別に久しぶりというわけでもない。
強いて言うなら、挨拶だけで済ませていたから、という意味では久しくもなく、会話をかわしたという意味であれば久しいという部類に入るのかもしれない。
とはいいつつ、先日、帝王に呼び出されて王城に赴いた際には、すれ違っているのは確か。
あの時に二、三の会話はした記憶はあるのだけれども、と思わずにはいられない。それだけ向こうからしてみればどうでもいいことなのかもしれない。
つまりは、
「マリーニャに、話をしたいことがあってな」
正式に、王子という身分で話をする。
そう言う意味での、久しいということであるのだろう。
「は。私めに何か」
そう捉えた私は、ランページが帝国内で微妙な立ち位置といえ、臣下であるのだから、許可を頂けていない手前、お辞儀をしたままに、答えを待つ。
「お前に――」
「マリーニャ!」
この国の王子が、王子としての身分を振りかざして何かを伝えようとしているにも関わらず。
うちの執事は――アルヴィスは、その言葉を遮り、私とカシムール殿下の間に入った。
「あなた、なにを……」
「マリーニャ、私がお前を守る。だから」
それはまるで私を守るような立ち位置。
そしてこの男は、何を言っているのか。
私とアルヴィスの間には、何も関係性がないと言ってもいい。
なぜなら、彼は、シャリアさんが連れてきた孤児であり、この家のただの執事。しかも私の、ではなく、シャリアさんとマリアベルの執事である。
今は邸内の執事として扱っているが、マリアベルが外に出るときはマリアベルの従者となる。平民が従者を雇うというのもどこかおかしいところはあるけど、アルヴィスはそういう契約なのだ。
それだけの相手。
だから名前は知っているし、少しは話したことはある。とはいえ、学生時代を共に学園で学んだ先輩後輩の間柄とも言えるカシムール殿下以上に交流はない相手。
「このような相手に、屈する必要はない! 私が、君を。マリーニャを守る!」
「だから、なにを……」
私のことを呼び捨てにするだけならまだ私が我慢すればいい。もっとも、周りがどう思うかでもあり、私も我慢をするということから、許しているわけではもちろんないし、呼ばせるつもりもないのだけども。
だけども。王子に対してのこの態度は、
「……マリーニャ。この執事は、不敬ではないか?」
まさに、私と同じ意見。その通りである。
背後のカンラが、ぐっと、何かしらに力を込めた気配がする。一歩、一歩と、じりじりと、間合いを詰めている。
――ああ、これはだめだ。
「カンラっ!」
顔をあげ、すぐにカンラの動きを制する。
びくりと、動きを止めたカンラは、もう自身の剣の柄に手をかける直前。
その柄に手をおいた瞬間に、カンラはそこの執事以上に大罪者となってしまうところだった。
柄を置く――つまりは、相手へ敵意または殺す意思を向けるということ。
それがアルヴィスに対して、であることは理解している。
だけども、そのアルヴィスの傍に、やんごとなき方がいるのであれば話は別だ。
総じて、王子を殺す意思をもったと思われても仕方がないのだ。
「カシムール殿下。ご無礼をお許しください」
そして、その責任は、私――この領地を束ねる領主、ランページが背負うこととなる。
「マリーニャ……なぜ」
「カンラ、この不届きものを、どこか遠くへ。私の目の届かないところに」
目の届かない場所へ連れて行って、今すぐにでも、この馬鹿を殺して。
そう言いたいところだったけどもさすがに憚れる。そうこうしているうちに先手を打たれた。
「許すわけがない」
「……」
「だが、許してほしいと言うなら、条件がある」
「……はっ」
こうなるから。
ランページ領。そして当主である私にも用があってわざわざ出向いている。
そんな状態で、相手に隙を見せた時点で、こうなってしまうからこそ、すぐに処理したかったのに。
邸宅の誰もが私がいないことにしていたことから怪しいのはわかっている。そしてその状態の中、私が、出方は悪いにしても現れてしまった。これについては、今(あなたのせいで)賊化してしまった盗賊を討伐して帰ってきた、とか、いくらでも言い訳ができるのだけども、こと、この目の前で、相手の声を遮った、且つ、また恩情であったその直前までの言い争いにもとれる行動の阻害については、もはや言い逃れができない。
なかったとしても、きっとその恩情を持ち出してきていたことだろう。
どちらにしろ、アルヴィスが何を思ってか分からない謎の行動を起こした時点で、私は罰せられることが決まっていた。
頭を下げた私には見えないが、きっと、目の前の王子は、にやにやと笑っていることだろう。
「お前を、私の妻とする」
「っ!?」
突拍子もないことに、思わずびくりと体を震わせてしまう。
「婚約者がいるからこそ、手を出さなかった。いや、本当であれば、その婚約者さえ蹴落としてでも、お前を私の妻とするつもりであったのだが」
……なぜ?
そんな疑問しか浮かばない。
私とこの王子の間には、何も――
「そもそも、ランジュ伯爵家や界隈の領地との婚姻のみで終わらせ続けていたランページがおかしいのだ。なぜそのような大きな領地を与えられ、且つフレイ王国さえ吸収した領地の当主が、我が帝国の王の物とならないのが不思議でしょうがなかったのだ。だからこそ、この領地と勢力を、私の勢力へと組み込むため。お前を第三夫人として扱おうと思う」
――……あった。
私を欲しがる理由が。
それは、私が、ランページという大きな勢力であるから、だった。
「喜べ。これで我が帝国は、更に発展するであろう」
政略結婚というものはそういうものである。
だけども、喜べるわけがない。
数日前。
たかが数日前なのである。
私が婚約破棄されたのは。
長年婚約していた相手と、妹扱いの女性に、裏切られたのは。
いくら自分が魅力ある物件だったとしても、もう少し待ってはくれないのだろうか。
――それに、
「待て」
それに――
カシムール殿下の声に異議を唱えた声に、私は、どこかほっとしていた。
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