伯爵は、思いに耽る
「まあ……なんとなく薄々そうなんだろうなぁとは思っていたけども」
帰りの馬車の中。私は一人ごちる。
今この場にはあの二人はいない。
婚約破棄宣言をした私の婚約者は、私の目の前で浮気相手で私の妹扱いのマリアベルの肩を抱いて、壊れ物かのように、大切なもののように扱いつつ、私の答えを聞かずにその場を去っていった。
連れて行かれた妹が去っていった先はもちろん、私の領地であるランページではなく、婚約者のムール・ランジュのランジュ伯爵家が所有する屋敷であろうか。
周りの視線を一身に受けてお涙頂戴と言わんばかりに思惑通りの涙を誘い、ランジュ家家紋の入った大きな馬車に乗って去っていく。
一人。
カップルに大人気のカフェテラスと友人から聞いていたその場所に、一人置いていかれた私の身になってほしいものである。
しかも会計はすべて私持ち。そもそも払う気なんてなかったんだろう。
だって、あのムール、三男だからそこまでお金を持たされているわけではない。次男のミールさんがランジュ伯爵家が持つ男爵位を継ぐため、ムールは領地を継ぐわけでもない。他貴族の婿にでもならなければ平民落ち。そんな彼が二十二歳になってもランジュ伯爵家にいるのは、私の婚約者だったからだ。
「私の婿になること前提だったんだろうなぁ」
家からはほんの少しの小遣いと、支度金くらいしか渡されてないはずなんだけども。その歳になっても家から小遣いで生きて自分で稼がないのは今更ながらに大丈夫なのかと思わなくもない。
そこはまあ……。ランページ伯爵領の建て直しとか、今年にあったモロニック王国との戦争とかに伯爵当主として出兵していて相手できていなくて、結婚が延び延びとなった私も悪いのだけれどもね。
「それさえも、マリアベルに注ぎ込んじゃってるでしょうし」
時々領内の伯爵本邸に帰ってきていたマリアベルが、どうしてあんなにも最新モデルのドレスや高そうな宝石を持っていたのが少し考えればわかることだった。
いや、わかってはいたんだけどね。だって、マリアベルだってもうすぐランページ家をでなきゃいけないんだから、きっとどこぞの令息を捕まえて結婚とかしようとしてるんだろうなとか思ってたから。
マリアベル・ベリー。
私の父――ミリアルド・ランページの後妻とされている、シャリア・ベリーの連れ子、マリアベル。
正しくは、父の亡くなった友人の子供。後妻という立場を取ってはいたものの、実際は書類上でも妻ともなっていない。ただの食客であって、マリアベルに至っては父が後見人として帝国成人年齢の十八歳まで面倒を見るという約束をしていただけの、伯爵家のお客様。
シャリアさんはその辺りはしっかり理解していたから離れでひっそりと暮らしていた。とはいっても、後妻と勘違いされるほどには父と仲が良かったし、私ともお茶友達であり相談相手でもあったのだから、後妻と思われても仕方ないほどにはランページ伯爵家に溶け込んでいた。なんせ無精な父に変わって代官の一人として領地経営をしていたくらいだから。
昔は他人にランページ家の経営を任せていいのかと思ったものだけど、お父様とシャリアさんが亡くなり当主代理になったときに、右も左もわからず自分だけでは何一つうまくいかないと思ったので、他人を頼るというのも必須だということは身にしみてわかった。
お父様とは違って、優秀でしっかりと身元のしっかりしている家臣にお願いしているだけだから、ちょっと違うんだけども。考えてみたらシャリアさんが経営手腕を発揮していたときって、一番領地が荒れていた時期だった。それを私が継ぐときに困らない程度に経済回復していたと考えると、とんでもない手腕だったんだなって。そこを見据えて父も経営を任せていたんではなかろうか。
そう考えると、お客様ではなくて、家臣、または経営協力者、という関係と考え直してもいいのかもしれない。
そんなシャリアさんと違って、まさしくお客様としてランページで可愛がられていたのがマリアベル。
私と四歳違いの、今年十八歳となるマリアベルは、十八歳でランページ伯爵家からでていかなければならない。
もともと、シャリアさんは旦那さんがなくなって没落した貴族だけど平民。元が貴族で、美しいシャリアさんをどこぞの悪徳領主が未亡人となったことをいいことに言い寄っていたところを、友人である父が不憫に思い後妻であるように振る舞わせたことがきっかけで、マリアベルの後見人となっただけであって、彼女はランページとはなんの関係もない。
「……捕まえたのが、まさかの私の婚約者だったとは……」
我がランページと繋がりたくてマリアベルに近づく輩も多い。
実際は、なにも起きないんだけども。マリアベルをエサにしてるみたいで嫌だったから、マリアベルに近づかないよう圧力かけたりしたりもしたんだけど、まさか私の婚約者が捕まるとは。
「マリーニャ。いや、マリニャン。だからこうなる前に私に乗り換えろと言っただろう?」
物思いに憂う私に、馬車内の反対側から声がする。
もう少し憂いの中に浸っていたかった気もするけど、いい加減気持ちを切り替えないといけない。
そう思い、頬杖をついて見ていた外の景色からじろりと目線だけをそちらに向ける
「ちょっと頬を膨らませて不満を露わにしている君もまた可愛らしいものだけれど。そろそろ君の答えも聞かせてほしいものだね」
「……殿下」
フィンバルク・フィルア・ジ・インテンス。
我が家紋入りの馬車に、私とともに同乗しているのは、インテンス帝国の皇帝継承権四位の第一王子。
「ははっ。またまた殿下とか他人行儀な。学生時代の時のように、フィンと呼んで欲しいのだけれど?」
「……殿下」
「フィン」
「殿下」
「フィン」
「………………フィン」
「なんだい? マリニャン」
私ことマリーニャ・ランページをマリニャン、と。
親しい友人しか呼ばせていない私の愛称で呼ぶことが当たり前だと言うかのように、目の前でキラキラと眩しい笑顔を見せる見た目優男の王子は、今日も女性が見たら虜になる笑顔を私に見せる。
……正直、その笑顔は、心臓に悪いのですが。
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