伯爵の悩みは尽きない

伯爵は、流行りに負ける



    この世界は、とても大きな世界だ。



 どこまで進んでも続く大陸、どこまでも広がる大海原。

 どれだけの広大な土地なのかは、端から端まで進もうと試みる勇敢で無謀な者がいないからこそ誰にもわからない。


 そんな試みを起こしたとて、人の一生をかけては果てを見る事ができないほどに広大な土地を有するこの世界。



 創造神が創りし剣と魔法の世界



        【フォールセティ】



 広大で肥沃な土地だからこそ、多種多様の種族に溢れ、交易し、争い、友好を深めては時には滅ぼしあう。


 平和の中に策謀と争いが交じり合い、生活水準に魔法を取り入れ、騎士道精神溢れる剣と忠義、魔術と研究で発展していく世界だ。


 勿論。

 そんな多種多様な種族があれば、動物や、人に害を為す魔族や魔物だっているのは必然で。

 それらと戦うという共通認識をもつことで、多種多様な種族は結束し、争いあうことができるのだからバランスのとれた世界であるとも言えるのだろう。



 そんな大きな世界。

 その世界でも、大きく肥沃な大陸である、【ナニイット大陸】。


 東西南北中央に五つの大きな国があるこの大陸。

 中央の王制国。各国の中心とも言える、【モロニック王国】その王国から見て、


 東には世界の終わりへと続くと言われている、平原よりワンランク上の魔物がひしめく【封樹の森】。その森から魔物の侵略を防ぐ【領都ヴィラン】という小国が。


 南には、砂漠と大海原の国。大陸中の財を回しているとまで言われる、商魂逞しい種族が作り上げた、【自由国家ヒノムラ】が。


 北には、豊沃な牧草地帯と草原の国。創造神フォールセティを信仰する教団と、祭事を行い、国政権能を有しない【英皇】を頂点とした、宗教国家【シンボリック教国】が。



 五つの国が、互いに牽制し、長い間調和し続けている大陸。

 そんな国の中に、他国に争いの戦火を拡げて侵略し拡大していく、大国があった。






        インテンス帝国。




 この国は、皇帝が治める、帝王一族の国。

 広大な国力と戦争による侵略によって領土を広げてきた国であり、中央王制権のモロニック王国の西に位置し、王国領土を手に入れようとしている帝国である。





 先日、隣国、モロニック王国において、酷く陳腐で醜聞な出来事があった。


 王国の王太子が、帝国でも名を轟かせる、王国東領都【ヴィラン】を治めるドーター・ヴィラン王爵の一人娘、【傾国令嬢】ナッティン・ヴィラン令嬢に婚約破棄を突きつけて勇気ある廃嫡となった出来事だ。


 とある男爵令嬢に王太子が声をかけたことをきっかけに、婚約者であったヴィラン令嬢が嫉妬に狂い悪質な虐めをし、命を脅かす程の事件となってしまった一連の問題を、男爵令嬢を守り抜き、卒業パーティで断罪したものの、自身の婚約者を諌められなかったという理由で、全てを投げ捨て帝国へと亡命することになった、王国の次代を揺るがしかねない大きな事件。


 帝国でも、もちろん、悲劇の王太子として勇名を馳せ、人気である。

 帝国中が反王国へと一気に傾くこととなったその物語のような事件は、帝国の舞台でも取り上げられる始末。


 題名は、


     『悲劇の王太子と悲恋の令嬢』


 悪役令嬢の婚約者に虐められる男爵令嬢を救うため、自身の廃嫡を条件に王権を使って泣く泣く婚約者を断罪へと追い込み、男爵令嬢を救い出すラブロマンスと、なぜ王太子が廃嫡することとなったのかという、不可解なミステリーに、最後は平民へと落ちることになった元王太子が、男爵令嬢と、互いを愛するがために別れを告げ、世界中で苦しむ人々を救うために旅に出るエンディングに、帝国は王太子ブームに湧き上がる。


 実際に本帝国の王城に、本人が亡命してきているというのだから、尚更その悲哀が現実味を帯びているというものである。




 ……その話が、本当であるなら、だが。




 実際は、王太子は懸想した男爵令嬢に執拗に付きまとい誘拐した挙げ句、既成事実を作ろうとして王国の優秀な護衛――王国宰相の息子に遮られて失敗。起死回生の一手として強引に学園の卒業パーティで逃れられない婚約破棄騒動を起こして玉砕。


 もともと素行の悪かった王太子は、男爵令嬢を拉致した時点で見限られており、内々で次期国王としての資格を手に入れ卒業パーティで発表予定だった第二王子とヴィラン令嬢の再婚約発表に劇的な華を添えて王国を追放された。


 帝国では、ナッティ・ヴィランを表す『傾国令嬢』という名称は国を乱し傾ける悪女として有名だが、他国では、各国のパワーバランスを傾けるほどの才覚をもつ国をその英知によって豊かに実らせ、才色兼備の令嬢として有名で、引く手数多である。

 王国元王太子が婚約破棄したタイミングで、彼女を手に入れるチャンスと、各国が秒で動いたことも有名な話である。


 ――というのが正しいのだが、真相を帝国で知る者は、王国の動向に詳しい一部の貴族だけ。


 このように、瞬く間に拡がる婚約破棄と断罪劇は劇や吟遊詩人の唄で歌われるように、王国の王太子が傾国令嬢という国を傾ける悪女から国を守るため、自ら犠牲となって婚約破棄をし、王国を救うも、公爵家を陥れた責任を取り廃嫡。平民となり世界の世直しに旅立った。


 帝国ではそのように真相が広まっている。なぜなら、その亡命してきた王太子と元側近二人が、そのように広めているから。帝国の第二王子が更にプロパガンダとして広めているからこそ、まるで実話のように広がっているのである。



 王国へのプロパガンダにも使われて、真相なんて関係なく。元王太子の美談として歪みに歪んだ物語に、この帝国は、いまや婚約破棄ブーム。



 その火付け役――王国の、元王太子。

 カース・デ・モロン。






 ――と、まあ。

 そんな余計な戯言を帝国に連れ込んできた、件の王太子のことなんてどうでも良くて。




「すまない。君とは婚約を破棄させてほしい」


 それは私――


 インテンス帝国ランページ伯爵当主こと、

 マリーニャ・ランページ。


 帝国唯一の女性伯爵の私も、その空前絶後の迷惑なブームの例に、漏れないようです。






―――――――――

作者の心の叫び


モロニック王国元王太子。

 カース・デ・モロン元殿下の世直しの旅は、


     帝国から始まるようで、


        きっと、


       始まらないっ!

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2024年11月29日 18:03
2024年11月29日 18:05

伯爵様は帝国から抜け出したい ともはっと @tomohut

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