佐原

 彬の相方は、駅まで佐原と彬を追い、そこで彬の腕を捕まえた。

 「彬、」

 なにか言おうとした相方を、佐原は牽制した。

 「彬のなにが分かってるつもりなわけ、あんた。」

 なにも分かっていないだろう、と、言外に匂わせる。実際、そうなのだ。この男は、当たり前のように彬の心の中に居座っている割に、彬のことをなにも分かっていない。彬を理解するには、多分この男は、健全すぎるのだ。

 「あなたに言われなくても、彬とは幼馴染ですから、あなたよりは彬のこと、分かってます。」

 そう言い返した相方は、強がりでもなく、本気でそう思っているようだった。彬の中にある暗みに気が付いてさえいないのか、と、佐原は少し呆れる。幼馴染ということは、彬とはずっと一緒にいたのだろうに、それでも彼の内面で渦巻いている黒い感情にも、それに彬自身が苦しんでいることにも、全然気が付いていないのだろう。

 「あなた、どこまで本気なんですか。遊びのつもりなら、彬に手を出すのやめてください。」

 そんなに俺は軽い男に見えるのか、と、佐原は少しおかしくなった。同時に、腹が立ったのも確かだ。一回りも年下の子どもに対してとは思えないくらい、はっきりとした怒りだった。

 「おっさん、」

 佐原の静かな怒りに気が付いたのだろう、彬が佐原の腕を引いた。

 「帰ろう。」

 それは、相方を庇うみたいに。

 「もう、いいから。」

 なにもよくない、と思った。彬はこんなに目に見えて傷ついているのに。佐原は、彬が過ごした暗くて長い夜を知っているのに。なにも、よくない。

 「もう彬に構うな。彬を傷つけてる自覚もないんだろ。」

 そう吐き捨てると、相方は驚いたような顔をした。本当に、彬を傷つけている自覚がなかったのだろう。こんなに動揺している彬を見ても、なお。

 「いい。いい。傷ついてなんか、ない。」

 だからやめて、と、彬が佐原の腕を引いて駅の構内に入ろうとする。相方は、更に追いかけてくる姿勢を見せた。

 「彬、俺、彬のこと傷付けた?」

 傷付けたとしたら謝るから、一緒に帰ろう。言いながら、相方がのばした腕を、彬が振り払った。佐原は少し驚いて、彬を見た。

 「傷ついたよ。でも、それは勝手に俺が傷ついただけで、健吾のせいじゃない。だけど、もう、これ以上傷つきたくないんだよ。」

 ぽろぽろと言葉をこぼすみたいに、彬が言った。泣くかもしれない、と思ったけれど、彼は泣かなかった。

 「さよなら、健吾。」

 はっきりと口にされた、離別の言葉。相方の肩が、びくりと竦んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る