「相方?」

 おっさんは端的にそれだけ口にした。答えを確信しているような口ぶりだった。彬は、ぎこちなく頷いた。

 「なんて?」

 「……上がりまで待ってるって。」

 「俺と帰るって言え。諦めるだろ。」

 「……分かった。」

 彬はおっさんに言われたとおり、健吾の席まで行き、あのひとと帰るから、と伝えた。上がりまで待ってられても困るんだよ、と。

 彬の記憶の中の健吾なら、それで諦めるはずだった。諦めがいいというのとも少し違うが、健吾はあまり物事に執着しないイメージがあった。彬が異様に健吾に執着するのとは違って、優しい両親に育てられ、気の合う友人に囲まれて過ごした人間特有の、物離れの良さがあった。

 それなのに、今日の健吾は違った。健吾はおっさんの方をきつい目で見やり、頑固に首を横に振った。

 「待ってる。」

 「……困る。あのひとと帰る。」

 「帰る前、少し時間くれ。」

 困る、と、彬は繰り返した。本気で困っているのだ。困っているのに、喜んでいる自分がいると、認めないわけにはいかなかった。健吾が、自分に執着してくれている。普段見せない剣呑な目つきをして、自分を連れ戻そうとしていくれている。

 「彬。俺、やっぱお前のことほっとけないよ。」

 健吾のその言葉は、彬を幸せにした。確実に。ほっとけない。その理由が恋情から来たものではないと分かっている。健吾は、長年の友人である彬のことを案じているだけだ。それでも。

 待ってて。

 そう、言いかけた。待っていてほしかった。心底。けれど言葉を発する前に、腕を掴まれた。驚いて振り返ると、おっさんが立っていた。

 「こいつのこと、困らせないでくれるか。」

 それだけ言い残して、おっさんは彬の腕を引いて店を出た。彬はさすがに抵抗したのだが、力の差があってずるずる引きずられた。

 「彬!」

 荷物も放ったまま、健吾が追いかけてくる。それが意外で、彬はおっさんに引きずられたまま健吾の顔を窺った。

 健吾は、真剣だった。どんな感情からくる真剣さなのかはさておいて、とにかく真面目な顔で追いかけて来ていた。

 おっさんが、軽く舌打ちをする。

 「しつこいな、思ったより。」

 その台詞には、彬も同感だった。しつこい。思ったより。健吾は、ただの幼馴染の男をしつこく追っかけてくるような、そんなタイプじゃなかったはずだろう。

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