3
二日目以降も、健吾からの電話は途切れなかった。互いのバイト時間を除けば、ずっとと言っていいレベルで。
「過保護ね。」
おっさんの仕事終わりに合わせて飯を食いに行った帰り、リビングのソファで煙草を吸っていたおっさんが、ぼそりと言った。
少し間を空けて座り、缶チューハイを啜っていた彬は、まあね、と曖昧に呟いた。おっさんが健吾からの電話に言及するのは、はじめてのことだった。
「出なくていいの?」
ほとんど感情の込められていない、どうでもよさそうなおっさんの言いようを、素直に彬は受け取れない。このひとを何度でも傷付けたことを、今は自覚している。
「……いい。」
それだけ答えて、一気にチューハイを飲み干そうと傾けた缶を、おっさんが横からさらっていった。
「飲み過ぎ。」
「……ほっとけよ。」
この家にきてから、彬はずっと飲み通しだった。それこそ健吾の電話の頻度と同じくらいに。
「素面じゃつらいの?」
「……うっさい。」
素面じゃ、つらい。健吾の電話を無視し続けるのは。いっそラインをブロックしてしまえばいいのにそれができないのは、やはり、健吾とのつながりが完全に切れるのが怖いのだろう。
「酒、控えろよ。」
おっさんの物言いは、優しかった。いつもと変わらない物言いなのに、こんなに優しいということは、彬はずっと、このひとに優しくされていたということだ。その事実に気が付かないくらい、ひっそりと。それか、彬に優しさを受け入れる余裕すらなかったのか。
「……ライン、ブロックする。」
それがおっさんの優しさに報いることになるのか、よく分からないまま口にした台詞。唐突なそれにもおっさんは動じず、いいのか? と軽く首を傾けた。
「……いいよ。」
怖い。健吾とのつながりが切れることは、怖い。ずっと、彬の世界には健吾しかいなかったから。怖い。怖い。怖い。
頭の中が恐怖で支配される。それを振り切るみたいに、スマホを操作した。誰かをブロックするのははじめてだったから少し手間取ったけれど、大した手続きでもなかった。
「……できた。」
静かになったスマホを、テーブルの上に投げ出す。おっさんは、なにも言わなかった。視線をスマホに向けることすらない。ただ、黙って煙草を吸っていた。
「……、」
なにか、言って。
そんな言葉が、口から出そうになって、慌てて喉の奥で握りつぶす。甘えれば、望んだだけの優しさで返される。それは分かっていて、そうできないのは、単にプライドの問題なのか、それ以上になにかあるのか、もう彬本人にもよく分からなかった。
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