火曜日。バイトは休み。健吾は朝からバイトで、彬は洗濯を済ませた後、時間を持て余して二度寝した。目を覚ましたのは、昼過ぎ。随分寝てしまったな、とぼんやり思って、おっさんとの待ち合わせ時間がもう近いことに気が付く。遅れたところで、おっさんはなにも言わないだろうし、いっそぶっちしてもう会うのをやめようかとも思うけれど、癖みたいに立ちあがって寝癖を直し、家を出た。遅刻もドタキャンも、苦手だ。

 アパートから歩いてすぐの、彬のバイト先の喫茶店がある繁華街。その中のイタリア料理屋が待ち合わせ場所だった。何日か前、なにが食いたい、とラインが来たので、ピザ、答えるとここを指定された。なんとなくスマホで検索してみると、評判のいい店だった。石窯焼のピザが美味いらしい。予約必須とも書いてあったから、おっさんは、わざわざ予約を取ったのだろう。

 店に入って、店員に予約名を告げようとして、おっさんの名前を知らないことに気が付いた。

 あ、知らねー。どうしよう。

 まだ半分くらい寝ぼけた頭で思っていると、店の奥から手を振られた。おっさんだ。

 二人席だったので、黙ったままおっさんの向かいに座る。おっさんはすぐメニューをよこした。

 「……マルゲリータ。」

 「飲むか?」

 「飲む。」

 会話は、それだけ。注文を済ませたおっさんは斜め前を向いて頬杖をついていたし、彬も黙ってピザとワインを待った。この店は禁煙だから、なんだか手持無沙汰だった。

 「……電話したとき、」

 ぼそりとおっさんが言った。彬はぼうっとしていたので言葉を聞き取りそこねて、あ? と聞き返した。おっさんは彬の態度に苦笑いした後、普通の声で普通に言った。

 「この前、電話したとき、近くに相方いただろ。」

 なんで分かったんだ。

 ぎょっとしたけれど、辛うじて表情には出さずに済んだと思う。ちょうどそのタイミングで白ワインのボトルが運ばれて来たので、冷たいそれをグラスに注ぎ、一口啜って気持ちを落ち着ける。

 「……なんで?」

 おっさんもワインを一口飲んで、にやりと笑った。こんな時間から仕事をさぼって酒など飲んでいるおっさんの職種を、彬は知らない。

 「敬語になっただろ。ああいうの、近くに旦那がいる女がよくやる。」

 「……うっせー。」

 近くに旦那がいる女。

 なにもかもが自分と違いすぎて、それ以上の反応も出なかった。おっさんのにやにや笑いが癪にさわったので、ワインをがばりと空ける。

 「……ピザ、美味いらしいよ。」

 おっさんがそう言った、その言い方が、なんだか妙だった。なにか、もっと、それではないことを言いたがっているみたいな。

 でも、だからといって聞き返してやるような仲でもないから、彬はなにも答えずに、ワインを注ぎ足した。

 

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