「誰? 電話。」

 ローテーブルの向かい側に膝を抱えて座って、スマホをいじくっていた健吾が訊いてきた。

 「……先輩。バイト先の。」

 時々寝てるおっさん。今日も寝た。

 そう正直に答えたらどうなるのだろうかと、そんなことが頭を過ぎった。

 いっそのこと、今の状況を粉々にぶっ壊してしまいたい。たまに背筋を走る衝動だった。

 「大丈夫な人?」

 俯いた頭のてっぺんあたりに、健吾の視線を感じるけど、それを見返すことはできない。目を見たくらいで自分の汚い部分が健吾に漏れ伝わるとも思っていないけれど、それでも。

 健吾がこうやって彬に過保護なのは、地元にいた頃、しばしば彬に付きまとうストーカーがいたからだ。そいつは、女のこともあれば、男のこともあった。健吾は多分、彬が男に性的な目的で付きまとわれていたとは思っていないのだろうけれど。

 「大丈夫。」

 「本当に?」

 「大丈夫。」

 そっか、と、健吾が少し笑う、空気が穏やかに揺れるのが伝わってくる。彬は目を上げて、健吾を見た。健吾は軽く首を傾げ、彬を見返してきた。

 「……腹減った。」

 そのやわらかな視線の中にいることが耐えられなくなって、そんなことを言ってみる。

 「確かに。なに食いたい?」

 健吾は彬の態度になんの違和感も感じないようで、あっさり立ちあがりながら訊いてきた。

 「……チャーハン。」

 「キムチあるからキムチチャーハン作るか。」

 「おう。」

 上京してきて二年半。すっかり料理は健吾の担当になっていた。彬が壊滅的に料理が下手だからだ。その代り、皿洗いと洗濯は彬の担当。掃除は、バイトの休みが被った時にでもたまにするイベントレベルなので、別にどっちの担当でもない。

 健吾がキッチンに引っ込んでいくと、なんとなくほっとする。またおっさんが電話をしてくると思っているわけではない。あれは、そんなにしつこい質じゃない。だから彬は、健吾がいなければ、自分の汚い所を見ないで済むことにほっとしているのだろう。

 例えば、男と寝ていること。でも、それはそんなに大きな罪ではないと思う。少なくとも、健吾に迷惑はかけていない。ただ、どうしようもなく惨めな気分だった雨の日に、たまたま傘を開いて声をかけてきた男がいて、ホテルに誘ってきたのでついて行った。それから互いの気が向いたときに寝ている。それだけの話だから。

 

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