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最初のときから、彬は一度もホテルに泊まっていったことがない。俺と泊まるのが嫌なのだろう、と解釈し、俺は帰るから泊まってけ、と言ったこともある。それでも彬は黙って帰っていった。性交に不慣れな、受け身にできていない、痛みや違和感が残るであろう身体で、それでも。だからか、佐原もホテルに泊まらない。彬を抱いた後のベッドで一人眠る気にもなれず、シャワーを浴びて、煙草を吸ったら帰ることにしている。
今日も今日とて彬に去られ、一人シャワーを浴びて衣類を身に付け、煙草を吸ってホテルを出る。
彬が意地でも家に帰るのは、同居人がいるからだろう。無視し続けてはいるが、鳴り続ける電話に、佐原も気が付いていないわけではない。彬もそれを佐原に隠そうとする素振りはない。ただ、無造作に放り出されたスマホが、テーブルの上やベッドの枕元で震えているだけだ。
おせっかいすぎるだろう、と思う。彬ももう、大の男だ。それにここまでしつこく電話をしてくる。まさか門限でもあるのかよ、と、口の中で吐き捨てる。小学生でもあるまいに。
ふと、女を抱きたくなった。それは、逃避みたいに。彬にばかりかかずらわっている自分から、目をそらしたくなったのだろう。
スーツのポケットからスマホを取出し、呼び出せそうな女を探す。何人か候補はいて、どれも彬と寝る前からの仲だ。そして、彬と寝るようになってからは呼び出していない。
ラインを開いてはみても、どの女も輪郭がぼやけたみたいにしか思い出せなかった。顔も、声も、身体も。だから、誰でもよかったのだ。今、女の肉に指を埋められれば。それなのに、結局佐原の指が選び出したのは、彬のアイコンだった。
「……。」
そんな自分に呆れながら、さっき別れたばかりの、さっき置き去りにされたばかりの男にコールする。
『……なんの用ですか。』
6回目のコールで律儀に電話を取った彬は、不機嫌そうな声をしていた。その背後には、街の雑踏は聞こえない。もう、家に帰りついたのだろう。同居人と一緒に住んでいる、家に。
「いや、声聞きたくなって。」
からかうみたいな声が出たのは、完全な負け惜しみだった。冗談にしなければ、本心も伝えられない。感情は、佐原が自覚するまでもなく、結構こじれてきていた。
『じゃあ、これで用は済みましたね。』
なんで敬語?
そう疑問に思って、すぐに、近くに同居人がいるのだろうと思い到った。以前、何度か寝た既婚の女がそうだった。夫が近くにいる時には、なぜだか敬語になる。
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