第26話 【私の文章】『昼想夜夢(ちゅうそうやむ)の刹那』

旅路から帰還した響子の涙をそっと拭いながら、もうどんなことが有っても、再びこの腕力を緩めることはないと誓ったのだった。


最初に愛する人の姿が映し出された時は、焦がれた幻の瞬時からの錯覚だと言い聞かせた。


しかし、指先から感じる背中の細さ、伝えてくれる鼓動する仄かな優しい温もりが、現実の世界だと教えてくれた。


それは、銀色をした天空の河に星屑のアーチが架かり、虹色の雲に乗って手と手を取り合うことが叶い、涙を流した織姫と彦星を彷彿とさせたのだった。


2人が流した雫は上空へ昇り、地上を漂いながら美しい風に成ったのだった。


逢いたさの草原から一心に走り抜けて、同一のタイミングと言葉を発した瞬間は、頬を綻ばせて笑い合った。


直ぐ傍から聴こえる最愛の笑い声も永遠に抱擁することも誓ったのだった。


「今日は、此処に泊まって下さい。

明日からは、隣町の『シルバー フォールズ』のスイートルームへ宿泊して下さい。

でも、マンションが決まるまでの一時的な住まいですけど。」


驚きと遠慮する姿に、愛する女性の為なら、どんなことも喜楽と活力に変わるし、当てが有るから案じることは全くないと笑って親指を立ててみせた。


その夜はパズルを繋ぎ合わせるように、片時も視線を外すことなく見つめ合うと、片手を繋いで壮麗の真夜中から眩しさの朝焼けを感じながら、語り明かした。


御互いに瞼を閉じるという言葉は何処にもなく、瞬き(まばたき)の訪れすら省略してしまいたい程だった。


それは、今夜という昼想夜夢(ちゅうそうやむ)の刹那が永続することを渇望し、心底から相思する2人だけが天界の神仏に眺望を赦された、快晴の満月に咲いた1輪の美しい花を仰ぎ見た心境に似ていた。


翌日、惜別のハグを交わした後に、唇と額にキスを落として、『シルバー フォールズ』に送り届けたのだった。


ずっと、緩めずに右手の温かさを感じていたけれど、本当は時間を停止させてでも、横を向いて永遠にずっと視線を共有していたかった。


その後、電話でスポーツジムの経営者にホストとしての雇用を懇願したのだった。


実は、このバイセクシャルの背中合わせで薄ら笑いを浮かべた顔は、筋肉質とグラマーの多国籍スタッフのホストクラブ&パブ『ル パラディス イブニングパーティー』も経営する敏腕でも有った。


以前から、烈火の如く熱視線を注がれていたことも有り、電話面接後に書類持参の約束を交わし、明日からの出勤を言い渡されたのだった。


昼12時頃、

「月に1度ぐらいしか逢えなくなるけれど、決して響子さんを蔑(ないがし)ろにするのではなく、どんな時も僕の最愛です!!」

と、書き添えたメッセージカードとミモザの花束を抱えながら、ホテルへと向かった。


更に、2人の不変の証としてミモザを象った、ゴールドのネックレスとブレスレットを微笑しながら通し合うと、一時(ひととき)の抱擁を交わしたのだった。


それからというもの自営業とホストとしての表裏一体の日常がゴングを告げた。


彰一の見舞いと寺社への参拝と合掌、ジムで鍛えることも怠惰という言葉は僅かでも存在しなかった。


それは、ギラギラと照り付ける暑い太陽の季節が、翌日には、白銀の世界に変わるかのような忙(せわ)しい四季の移ろいだった。



道哉は、響子の名前が刻印されたアクセサリーが首と左腕で煌めく度に、愛しい人を変わらぬ腕力で抱きしめ続けていられるような温かな心境に成って、内心でそっと微笑み合うのだった。



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