初戦敗退

 無人の家に戻ったノミ新男爵ことエドワード・ノミはこれからのことに頭を悩ませた。

 領地運営ってどうするんだ?

 一旦置いておこう、代官たちが罷免されたわけでもないし……。


 そんな事を考え父の執務室……今や自分の執務室になった場所へ向かう。

 机はそのまま、戻されたものだろう、棚も一度はどかしたような跡がある。趣味の書籍だけはきっちり無くなってる当たり男爵の職務に問題がないから売られたのだろう。

 一応現状把握の必要があると屋敷を回る。


 客間にはギリギリ男爵の格が保たれていた。業務に必要だと判断されたのだろう。

 広間を見れば剥がされていた肖像画も先祖のものは戻されツボも元の位置に置かれていた、それでも最低限。ちょっとした壁掛けの絵や、剣はもっていかれ、飾るためのフックも外されて穴をきれいに埋められていた。

 両親と兄の部屋はベッドや最低限の調度品を残して私物に当たるものはすべてなくなっていた。

 まるでもとから誰もいなかったようだ。


 使用人もいない無人屋敷で一人途方に暮れる。

 ふと、声が聞こえたような気がして広間に向かうと無人の広間を眺める人間が立っていた。


「えー……ノミ新男爵はどちらに?」

「私です」

「あ、それはそれは……王家はこちらの屋敷を新たに男爵に下賜します、男爵領の継承も認めます。数が多いので口頭で失礼いたしました。それでは」

「お勤めご苦労さまです」


 おそらく、継承させる人間が多いのだろう。慌てて引き返し外にいる馬に飛び乗るのが見える。

 この感じじゃ誰か再雇用するべきかな……。女中の一人くらい……。

 扉を閉めようとすると再び人が走ってきた、今度は徒歩の人間だ。

 どこもかしこも大忙しだな。


「学園からの緊急連絡です!教師陣の大半が差し押さえと失脚のため学園は休校となりました!連絡があるまで登校はしないでください!」


 どうやら時間もあるようだ。とりあえず領地に代替わりの連絡をしないと……。

 執務室へ向かい手紙を書きながら窓を眺める。都落ちするように出ていく貴族、貴族だったものかも知れない。

 輸送用の馬車に詰め込まれている借金が返せない人々、身の丈に合わないギャンブルなんてしちゃ駄目だな。

 全財産掛けたんだな……どこもかしこも……俺は仮に負けても破産ということはなかったが。


 競馬で1.1倍の1番人気馬でも大金をかければ1.0倍になる。婚約破棄しないという安牌に皆が賭けて、賭けを成立させるために婚約破棄するに金を注ぎ込むギャンカス侯爵令嬢、いまは公爵になったが。

 自分の資金を注ぎ込めばいけいけの金持ち侯爵家が没落しするからこそ敵対していた人間や楽して稼ぎたい人間が失敗したのだろう。

 それすら読み切っていたのだから大したものだ。自分お婚約破棄の賭け事の胴元やってるくらいだしさもありなんと言ったところか。


 コンコンとノックをされどうぞといいかける、誰だ?この屋敷は俺以外誰もいないぞ?

 が、そもそも屋敷に人がいないし、命じられた仕事ならもう屋敷に入るしかない事に気がついた俺はどなた?とだけ聞くことにした。


「ギャンカス公爵家から参りました、レイズと申します。よろしければこの屋敷の管理をと公爵閣下が……」


 ギャンカス公爵か……落ちぶれた当家の身ぐるみを剥がすのならわざわざこんな迂遠な真似はしないか……。


「どうぞ、入ってください」

「失礼いたします、改めましてご尊顔を拝します。ギャンカス公爵家執事のレイズと申します」

「そう固くならずとも……私はノミ家の新男爵に就任したエドワード・ノミです。レイズさん、屋敷の管理とは?失礼ながら私は無知でしてね……」


 むしろはっきり言えば管理ができない、知らない。


「今までと同じように使用人を使い管理することをギャンカス公爵家が差配します、給金は公爵家から出ますのでお気になさらず」


 旨すぎて裏しかない話だな……。


「その場合当家は何をすればよろしいのでしょうか?」

「新公爵の傘下貴族として働いていただければそれで結構です、幸いなことに寄り親のマーチンゲール侯爵は先程爵位と領土を失い鉱山で働くことになりましたので」


 あの人も負けたのか……。

 さて、どうするかな……と言っても何をするにも何もわからないからな……。


 よし、どうせ元から詰んでいる!

 ギャンカス公爵に全額レイズだ!レイズにもレイズだ!彼に屋敷の差配は全部投げる。公爵家に二心はないから開示するという建前で行く。

 そもそも全部引っ剥がされて隠すべきものなぞない。


「よろこんで、レイズ氏が采配を奮っていただけるのですね?」

「ええ、と言ってもアドバイザー程度だと思いますが」

「全権を委任します、必要なことは言ってください。使用人もいないので」

「は?」

「公爵閣下にお礼を言いに行きたいのですが」

「公爵閣下は今は城詰めで……」

「ではお礼の挨拶は後日にしましょう、早速ですが男爵領の差配もお願いします、人材は誰でも連れてきてくれて結構です。執務室もご自由に、私が必要なら何処にでも出ます」

「……よろしいので?」

「寄り親に隠すことなどありませんね、ところで私の部屋の確認でもいたしますか?」

「…………いいでしょう、男爵の私室を見てみましょう」


 こうまで言えば普通は入ってこない、だから何かあると思って入ることにしたな?この読みは流石に侯爵家の執事だっただけはある。いまは公爵だが。だがこれで何もなかったら恥をかくぞ?イカサマを宣言して証拠が見つからないようなものだからな。

 さぁ存分に調べてくれ!公爵家に仇なすものも陰謀もなにもないぞ!

 ここまで下手に出てしまえば強く出た一点だけで心象的にはあまり上に出ないようにしてしまうものだ!

 まずは一勝だな!




「まぁ、何もなかったと言えば何もなかったですが……その……」


 ベッドの下からでてきた山積みにされたエロ雑誌を他所にレイズ氏は痛ましいものを見るようにこちらを見る。

 いや、なんだよこれ……こんな量は俺知らねぇよ……。


「いや、これは私のものでは……」

「まぁ、そう言うならそういうことにしておきます……一応中を調べるので開いてみますけど」

「どうぞ……」


 ペラペラとめくりながら挿絵金髪が多いなぁと嫌なことをつぶやくレイズ氏。

 拷問か?

 10冊目くらいをめくっていると何かが挟まっていたらしく一瞥してこちらに渡した。




 エドへ

 値段がつかないと言われたのでそれは何冊かお前にやる

                   フルフラ




 兄貴!


「はら、私のものではなかったでしょう?」

「何冊か……ですか……分厚いのを含めて30冊くらいに見えますが」

「いえ、本当に私が持っているものは……数冊くらいで大半はしりません」

「元の所持はどれですか?」


 拷問か?


「こちらの……」

「『貴族令嬢の艶めかしい夜』『婚約者のことは忘れて……』『金糸のベッド』金髪がお好きで?」

「偶然です……」

「雑誌も……」

「ですからそれは兄の」

「挟まってたのは黒髪の女性が挿絵のものでしたが……これはそうだとして残りは本当にあなたのではないのですね?一旦本をすべて公爵家に持ち帰っていいですか?もしかしたら暗号かも知れない」


 あるか!と言いたいが否定しきれないし、否定したり拒んだら公爵家になにか秘密を抱えてるか今夜のエロ本を奪われてごねてるエロ男爵になってしまう。

 兄貴のせいで勝てる試合を落としてしまった。


 発想を変えよう、俺はエロ本を公爵家に差し出すほど隠していないという態度で行く!執務室の書類をすべてつけてくれてやる!


「もちろん、執務室の書類もどうぞ、そっちのほうが暗号化されてるかも知れません」

「屋敷を家探ししてもよろしいですか?」


 下手に出すぎて帰って疑惑が広がってしまったか?


 それから広間で待ってたらしい数人の派遣された執事や女中に応援を呼ぶようにレイズがいい付け、屋敷の書類らしきものをエロ本といっしょに公爵家に持ち去っていった。


 なんで俺が兄貴のエロ本でこんなに追い詰められなきゃいけないんだ!

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