賭け金は私、存分に勝負なさい

@masata1970

全賭け!婚約破棄!

「エレノア・ギャンカス侯爵令嬢!いるんだろう!」


 学園の入学式壇上で響き渡る貴族とは思えない怒声。国王、大臣も臨席する貴族の顔合わせの場のような場所で一体何が合ったのか。

 こころなしか保護者・関係者席の貴族たちが狼狽しているが笑顔の人間が何事かを伝えると静まる。


 これ計画性があるのか?晴れ晴れした気分で行う入学式でどんな問題を起こすんだろうか?呆れた気分で新入学生のエドワード・ノミ男爵子息は騒いでる男を眺めていた。友人のマッタ・マケタンカー男爵子息と顔を合わせ、もしやあれはプッシュオーバー公爵子息か?とささやきあう。


「私はこちらにおりますわ、カモ・プッシュオーバー公爵子息。このようなめでたく華やかな場で一体何をなさるのでしょうか?」

「貴方が逃げ回るからこの場で行わざるを得なかったのだ!」

「逃げ回る?何のことでしょう」


 コテンと首をかしげて尋ねる令嬢。私は貴族のご令嬢で清く正しく生きています、立派でしょう?かわいらしいでしょうと言わんばかりの態度で前に歩いてくる。


 おっ、婚約関係の2人ということはまさか?ドキドキし始めたエドワードとマッタの2人をよそに他の入学生もざわつくのを止め注視し始める。


「これを見たまえ!我が家への請求書だ!これで我が家は財産の8割を失ったのだぞ!これは君の有責だ!王命ではあったが条件が揃えば可能であるのは婚約を結んだ時に確認しているだろう!婚約破棄させてもらう!」


 しずしずと私の何がいけないのでしょうと被害者のような態度でエレノアはそっと紙を出す。


「わかりました、致し方ありません……私が失敗したばっかりに……こちらの婚約破棄の書類にサインをいただければ成立です……いつ破棄してもいいようにカモ様の署名をすればすぐに効力を発揮します。すでに国王陛下、公爵様、お父様の署名は入っております」


 そう言われた途端にカモは大慌てでペンを出し書類に不備か、不利な条項がないかを確認した後署名をした。

 その顔は誰が見ても安堵であり、いかにこの婚約が彼を追い詰めていたかが分かる。


「これでいいんだな?」

「はい、この書類は直ちに効力を発揮します」

「救われた……すんでのところで……我が家の首が繋がった……」


 今にも崩れ落ちそうなカモを見ながらエレノアは関係ないとばかりに話をし始める。


「ところで……公爵家で預かっている平民の方、なんて言ったのかしら?」

「あの娘は関係ないだろう……!」

「いいえ、ないかどうかは王家も知っていますが貴方の口から聞きたいのです、皆様も気になっているようですし」


 ちらりと関係者保護者席を見て、それから貴賓室を見るとニッコリと笑ったエレノアは、一応それ以外でも知っている人は知っていますわと客席の人間には聞こえないようにカモに伝える。


「自分の有責になるようなことはしていない、それだけだ。もちろん手も繋いでいない、屋敷でも2人きりで会ってもいない。私の有責でどれだけふっかけられるかわからなかったからな!」

「ええ、私も王家も把握してますわ、国王陛下!そうですね!」


 貴賓席でどっしりとしている国王は一言も話さず、大勢の視線を受けてガックリと言わんばかりに頷いた。


「あと、私の有責ではありませんよ?婚約時に私が必要とした際に公爵家の財産を使用していいと書いてあったではないですか」

「だから5割は耐えたのだ……婚約条項の見落としは父のミスだから致し方なかった。だが8割は領地の運用不可能領域だ。王国法でも違法な使用金額だ!」

「入ってくるお金を使ったわけではなく公爵家の財産だから問題ありません、だって公爵家は収益が赤字ではないのでしょう?収益の8割を使って赤字にしたのなら違法ですが元の貯蓄を8割使っても別に問題ありませんわ?だって運用自体はできてるし王国の報告も黒字ですし」

「公爵家にも見栄はある、赤字でも私財を投じて黒に見せなければならん!もうその見栄すら張れない!今後は適切な数字で報告することになるだろう!利益の過少報告なら罪だが過大報告で裁かれた家はない!」


 おそらく大多数の家がやっていること前提でカモは叫んだがそこまで資金繰りと領地がボロボロなのは限られた家だけである。他公爵家でも赤字の年がある家はあるだろうが毎年赤字ということはない。


「では、婚約破棄の有責ではありませんね?報告書で黒字でしたし……」

「貴女が我が家の財務状況を知らないわけがないでしょう……持ち出していたのに……」

「流石に帳簿は見てませんわ、それとも帳簿を盗み見たと?私に帳簿を見せたと言いたいのですか?」


 当主か関係者しか見ることのできない家の財務帳簿を息子の婚約者が見たといえば大問題である。盗み見たのなら違法行為であるし、見せたのだとしたら公爵家の責任になる。だからといって盗み見た証拠もなく、見ずともそれくらい把握できる知性があるエレノアがそんなリスクある行為をするともカモも思ってはいない。


「……なくても把握は」

「過大評価痛み入ります、私は可能である範囲で使っただけなので有責ではありません。ですが婚約破棄の際あそこまで喜ばれると……身を引いたのになんてひどい……本来であればプッシュオーバー公爵家の有責ですし皆様もそう思っているでしょう……。ですが私が至らなかったことは確か、賠償請求は放棄します」


 複雑な顔をしながらカモはエレノアを見る。元々公爵の金を使い込んだお前が悪いと言いたいが、言えば死に体の公爵家は残った2割の財産か土地、家、爵位を担保のように取られるか……この状況では王命である婚約を破棄した国王陛下も庇ってはくださらないので爵位を奪われても知らん顔だろうし公爵家の領地を切り売りされても何も言わないだろう。

 カモは完全に屈し、感謝の言葉を述べた。



 おいおい、学園の入学式で婚約破棄なんて正気か?せめて今後は合わない人間が多いだろう卒業式にしてくれればよかったのに、メチャクチャすぎる。

 これから3年間気まずい思いをすることになるじゃないか……同じクラスになったらどうすりゃいいんだとこの後に起こり得る状況を考えエドワードは少しの高揚と惜しい気分を味わった。


 というところでカモ公爵子息の感謝の言葉を聞いたエリアナは扇子を広げて勝利宣言をした。


「この賭け、私の勝ちですわ!私の予想通りパーフェクト勝ち!2年前に賭けた方々?この1年で再ベットした方々?今年に入って賭けた方々の大半は担保にしたものを含めて支払っていただきますね!勝った方々は皆様が支払うまで待ってくださいいね!」


 と、婚約破棄が決定した後で賭けの支払いが確定宣言をし、怒号がおきた。

 それは自分たちの座っている新入生席、在学生席、保護者・関係者席、そして最後に貴賓席から。


「馬鹿野郎!王命の婚約を破棄するやつがあるか!婚約破棄しないに金貨10枚賭けてたんだぞ!」


 在学生の怒号が壇上のカモに刺さる、王命の婚約を破棄したことで周辺貴族と問題が起きることは想定したが金貨10枚(およそ100万円)を賭けてたなどの罵声はカモには予想外だった。


「はした金じゃないか!こっちは子爵領の大森林を賭けたんだぞ!ふざけんな、この不忠者が!」


 どう考えても八つ当たりで怒る関係者席の子爵、叫んでいる父を見て新入生の子爵令息は呆然としている。


「伯爵位賭けたんだぞ!支払いならどれほどの金額が支払われたと思ってるんだ!ギャンカス家のカジノ経営権を獲得できたハズだったのに!私はどうなるんだ!」


 まさかの爵位を賭けに突っ込むという行動に関係者席も多少ざわつくものの保護者席や貴賓席でうなだれる数を見るに他にも爵位ごと賭けた人間が居たのだろう。

 その姿を見て在校生、新入生が嘘だろう、信じたくないとざわざわとなり始める。


「なにしてんのよ!私の厚めの賭け金は平民に手を出すことだったのよ!これじゃ婚約破棄するだけの的中金額じゃ大して儲からないじゃない!金貨か大金貨で支払われて終わりよ!ダブル的中で負けた貴族の良さげな領地か王都一等地で支払ってもらうつもりだったのに!どうせ12のガキなんて平民で遊んで捨てるくらい平気でやってるんでしょ!出しときなさいよ!家の旦那みたいに!」


 予想はできていたが最後の買い目を微妙に外して大金持ちになる機会を逃した小金持ちになる女伯爵の絶叫に新入生席の伯爵令嬢は知らん顔をして他人ですという態度を取る。女伯爵夫君は過去のことを掘り返されアワアワとしており、なぜか彼と違い周りの夫人の冷たい視線に晒されていない貴族当主たちがそこそこ冷や汗をかいている。なんなら参加者席の新入生、在校生も嫌な脂汗を流してるものもおり、隣にいる婚約者からまさか?まさか?と優しく尋ねられている。


「さぁさぁ!支払いは直ちにお願いいたしますわ!土地を担保にしてる方は証文はありますからお早く!金額の方は小切手でも可ですわ、ただ不渡りの場合は差し押さえますからお急ぎを!すでに金額自体は支払ってる方は問題ありません!私が支払う方は莫大な方もおりますので先に負けた方からの支払いを待ってくださいね、私は負けてもきちんと支払うのです、勝ったらもちろん全額支払っていただきますわ!」



 貴賓席にいるロッティ第1王女は拳を振り上げ叫びたい気持ちを抑えつつもニヤニヤとしていた、もし自分は王女でなければ今頃どれだけ絶叫していたかわからない、王女の年間歳費である大金貨1枚と金貨200枚全額(約1億2000万)全賭けしたのである。

 平民に手を出すかはよくわからなかったがこの反応を見ると婚約破棄に女に手を出すのは付き物だったらしく勝ったのに笑顔に少しだけ影がある顔がちらほら、あまりこの手の事情に詳しくなくて正解だったと安堵しながら両親と兄たちを見ると……。


 ──ほぼ死人だった。

 母のアーシャ王妃はニコニコと微笑んでおり頼もしい。

 父であるモッターカ・リスクテイカー国王は完全に下を向き、威厳なく、グロッキーなスポーツ選手のごとく両膝に両腕を起きブツブツと呟いている。

 一番上の兄、コーリタンを見ると何処か空を見つめている。

 二番目の兄のハイリスカーにいたっては完全に五体投地して何かをうめいている、自分は王家の品を保つために見苦しいガッツポーズすらしなかったのに。

 泣いてない?王家の人間が涙を見せるのはまずい!そっとハイリスカー兄に近寄り声を掛ける。


「お兄様、いくら賭けたんですか?」

「ウッ……ウッ……大金貨13枚(約13億)……」


 それはひどい……私の歳費の13年分も消えるなんて……。


「確かにひどい負けですけど大丈夫ですわ、慎ましく暮らしていけば」

「ウァァァ……それと王位継承件……」

「はぇ?」


 聞きづてならない言葉に王女とは思えぬ声を出して聞き返す。


「王位継承件?第2位の?」

「ウッ……ウッ……うん……」


 その言葉に頭が真っ白になったロッティと泣きじゃくるハイリスカーに声を掛けたのはコーリタン第1王子だった。


「いいじゃないか、大した被害じゃなくて……第2位といっても私が婚姻して子供が生まれれば自動で下がる。大金貨13枚も立て直しが聞くだろう。エレノア嬢なら王家に買い取らせるか売るだろう。はぁ……絶対勝てると思ったのに……」

「コーリタン兄様は何を賭けたんですの?」

「王太子領と付随する権利を証券化して大金貨100枚(100億)全賭けした、平民に手を出さないだけは当てたが大前提が婚約破棄しないで当たってないから支払われない」

「王太子領ですか……?商業都市を含む?」

「ああ、全部。商業都市3つ、王都近郊のゴハサン要塞も全部賭けた、婚約破棄しないに賭けても安いから大きくいれるしかなかった」

「王太子としての歳費はどうなさるのですか……?王太子領からの収益で賄うのでは……?」

「婚約者のヒモだな……ヒモ……婚約破棄をされなければ……」


 流石にされるかもしれないと思ったロッティは平然としている母の王妃に頼もしさを覚えた。勝ったのかもしれない。コーリタンは疲れ切ったように母に声を掛けた。


「母上、勝ちましたか……?」

「ええ、嫁いできたからこっちのことはあんまり詳しくないけど何倍かしら?」

「100倍か1000倍か……貴族たちを見るに思った以上に負けてますからね。そんなところでしょう」

「あら?金貨5枚が1000倍になるかもしれないのね?」


 王妃は堅実だった。1000倍でもハイリスカー第2王子の喪失の補填には至らない。せめて自分のように歳費を掛けていれば……!と思うロッティ王女は1200億払い戻されて兄たちの補填をするのは無理ではないかと思った。

 王位継承件も王太子領もその金額では買えない、王位継承権は買えるかもしれないが2位の権利はそこまでして買い戻しても仕方がない。ここで動かないということは契約をした上で証文を渡しているのだろう。


「私は入学式が終わったらクラスに向かいますが……お父上たちはどうなさいますか?ギャンカス侯爵令嬢に支払いは終わってるのですよね」

「ああ……全部終わった……」

「お父様?」

「王城を賭けた、終わった……」

「「「「えっ?」」」」

「別荘に住むしかない……家賃をエレノア嬢に払って住ませてもらおうか……どうしようどうしよう……王城で仕事を禁止されたら官僚たちはどうすれば……賭けで負けたのに王命でなしにはできないし……どうしよう……どうしたら……」

「お父様!金額は!?金額はいくら賭けたのですか!」

「金額は賭けてない、城の資産価値が大金貨500枚くらいだったからこれくらいでいいかと思ってな……」

「ではその使っていない金額でなんとかしましょう!」


 宿無し王族になりたくないロッティはなんとかしようと大慌てである。王家の威厳はもうない。

 ロッティの払い戻し金で王城を買えば問題はないがそうすると王家のパワーバランスが崩れるから絶対にしたくはない、すでに崩れているが。


「買い直した際に釣り上がる可能性がある……違法ではないからな」

「なんとかなりませんか!?」

「特権とかで引き下げるしか……」

「家族と住む家を賭ける人がいますか!子どもたちが困るじゃないの!」


 すると関係者席から怒号が聞こえてくる。


「公爵位を賭けるなんて何を考えてるの!?家も領地も全部かけるなんて明日から何処で暮らすのよ!娘は寮だからいいけど王都の屋敷も領地の屋敷も!そもそも領地も無くなったじゃない!離縁するわ!」

「それだけは!それだけは!」


 いたようである。

 それを聞いて据わった目をした王妃に対して、なんとかするとしょぼんとした国王はエレノアに渋々目録を持っていく人々を眺めて目をうるませる。


 あー……勝っても安いから一か八か王位賭けなくてよかった。

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