第14話 Baby Sweet Berry Love-2


「? うん」


よく分からないまま、冬華に言われた通り箱を開けてみる。中に入っていたのは、鮮やかな苺がたくさん乗った、純白のホールケーキだった。

ケーキの下に敷いてあるトレーを引いて、中を取り出す。そして現れた文字を見て、私ははっとした。


ホールケーキの真ん中には、チョコのプレートが真ん中に乗ってる。そこには「あいちゃん、おたんじょうびおめでとう」と書いてあった。


「え、冬華……これって、」


「哀ちゃん今日誕生日でしょ? さっき書類で確認して、急いで用意してもらったの。……哀ちゃん。16歳のお誕生日、おめでとう」


「そっか……ありがとう、冬華」


そうだ。忘れてた。今日は四月一日。私の誕生日だ。


「これ、食べていいの?」


「もちろん。だってこれは、哀ちゃんの為のケーキだよ。お皿に切り分けようか?」


「ううん。このまま食べたい。夢だったんだ……ホールケーキ、一気に食べるの」


自分の為に用意されたケーキなんて、ショートケーキですら覚えがない。ホールケーキを食べるのなんて、当然はじめてだ。

鈴音ちゃんの食べきれなかった誕生日ケーキの残りを食べたことはあるけど、こんな風に自分の為に用意されたのも、誕生日を祝ってもらったのも、はじめて。


震える手でフォークを握り、そっと一口すくい、口に運ぶ。

今まで味わったことない幸せの味が、口の中いっぱいに広がった。


「ありがとう。ケーキ……すごくおいしい」


「ふふ、よかった」


「…………」


「哀ちゃん?」


「っ……う、っ……っ……」


ぽた、ぽたり。


真っ白なケーキの上に、私の涙が落ちる。一度目から溢れてしまえば、もう止まらなかった。


これは本当に、現実なのかな? もし夢だったらどうしよう。こんな幸せな夢を見ちゃったら、目が覚めちゃったた時に私……もう生きていける自信が無いよ。


「うぇっ……うえぇっ……」


嗚咽を上げて泣く私の背を、優しい手のひらが撫でる。そして冬華は私をそのしなやかな腕で包みこんで、そっと抱きしめてくれた。

震える手で華奢な背中に縋り付くように抱き寄せて、胸に顔を埋める。


安堵感と恐怖心が同時に湧いて、ぐるぐると胸の中で渦巻き、私は冬華に縋り付いて、赤子のように声を上げて泣いた。


「ふゆかっ……わたし、私こわいよっ……だって、こんな幸せな気持ちになったこと無い……どうしたらいいか、わからないのっ……もしこれが全部夢だったらっ、冬華がいなくなっちゃったらっ……わたしっ……わたしっ!」


「大丈夫。これは夢なんかじゃないし、私は居なくなったりしないよ? 哀ちゃんはね。これから私とずっと一緒……哀ちゃん。これからよろしくね」


「っ……! ふゆか……ふゆかぁ……!」


そっか。これは夢じゃないんだ。

こんな私でも、受け入れてくれる人がいるんだ。受け入れてくれる場所があるんだ。


安堵感で胸がいっぱいになった私は、そのまま冬華の胸の中で泣いた。涙が枯れるまで、泣き続けた。




私は冬華の胸でひとしきり泣いた後、泣いたせいかすごくお腹が空いてきて、本当にホールケーキを一人で丸々食べきってしまった。

満腹になりながら椅子に背を預けて、お腹を擦る。


「ふう~……ごちそうさまぁ」


「満足してもらえたみたいで何より」


「あ、あの、ごめんね冬華。さっきは、恥ずかしいとこ見せちゃって……」


「いいんだよ。なんだか哀ちゃんといると、妹が出来たみたいで嬉しいし」


「い、妹? 私が冬華の……妹?」


もしそれが現実だったら、どれほど幸せなんだろう。

姉妹っていうことは、一つ屋根の下で一緒に生活するわけだから、冬華の色んな姿が見れるってわけだよね? 冬華にも、だらしない部分とかあるのかな?

実はTシャツ一枚でソファで寛いでたりとか。

色々な冬華の姿を妄想していると、冬華が立ち上がる。


「そういえば、書いてもらわなくちゃいけない書類があるんだった。私の執務室に行こっか」



執務室に戻ると、さっき冬華に膝枕してもらっていたソファに座るように促される。

ふかふかのソファに腰掛けると、冬華はデスクの上にある書類と万年筆を手に戻ってきて、私の前にあるガラステーブルに置き、正面に姿勢を正して腰掛けた。


「刃金哀ちゃん。まずは試験合格と入隊おめでとう。あなたにはこれから、特殊作戦群第666中隊、宇宙人及びET迎撃班──通称『スリーシックス』のに所属してもらって、私達と共に、「わるい宇宙人」と戦ってもらうことになります。承諾していただけますか?」


「はっはいっ……よろしくお願いしますっ!」


今までの空気から一転して畏まった空気になり、私も姿勢を正し、冬華にお辞儀をした。


「実は哀ちゃんに任せる任務は既に決まってるんだけど、まだ手続き関連で手こずってて、色々と準備中なんだ。だからこれから一週間くらいは、先輩についてもらって、エナジクトの使用に慣れるための訓練をすると思います……エナジクトと宇宙人については、さっき軽く説明したけど、他に何か気になることはある? 何でも聞いていいよ」


気にあることは色々あるけど、まだ上手く頭の中でまとまってない。とりあえず私は、今一番気になってることを聞くことにした。


「エナジクトって、私の体の本来の寿命を使ってるんだよね? 私ってこの身体で……どのくらい生きていられるの?」


「戦闘での肉体の損傷具合とエネルギー消費にもよるけど、今までのホルダーは長くて5年……短くて3年くらいだったかな」


「え、そんなに……?」


「うん……短いよね? でもね。力の使い方を工夫したり、肉体を強化すれば──」


「そんなに長い間冬華と一緒にいられるの!? マジで!? わーい! やったぁー!!」


私がソファの上でバンザイして喜んでいると、冬華は目を丸くした後、口元を押さえてクスクスと笑った。


「哀ちゃんてほんとに可愛いね?」


「へ? そ、そうかなぁ?」


やばい。ちょっとはしゃぎすぎたかも。

なんか私、冬華の前だとついつい子供みたいになっちゃうな。好きな人の前だと、みんなそうなっちゃうものなのかな?


「他に何か質問はある?」


「ううん。特にない、です」


「そっか。まあこれから先輩に色々と教えて貰えると思うし、分からないことは、いつでも私に聞いてくれていいよ」


「うん。わかんない事は、全部冬華に聞く」


「その意気その意気。じゃあ、この書類にサインして」


そう言って冬華が一枚の書類と、黒の万年筆を差し出してきた。

万年筆を手に取り名前を書こうとする。そこで私は、はたと手を止めた。


「あのさ」


「ん?」


「名前って、変えちゃダメかな?」


「変えたいの?」


「うん。私、自分の『哀』って名前……好きじゃなくて」


「変えて大丈夫だよ。新しい人生を歩むためって意味で改名する子も結構いるし……その書類に書く名前が、これからの哀ちゃんの名前になるから」


「……分かった」


少し間をおいて、私は同意書に名前を書いた。書き終えて万年筆を置く、冬華がそれを覗いてきた。


「刃金アイ? 名前、カタカナでいいの?」


「うん。これでいい。だって私、冬華がいるからもうかなしくないし。それに、『愛』なんて名乗れるほど、愛について知らない……だから、アイでいい」


「そっか……じゃあこれからよろしくね? アイちゃん」


そう言って冬華が私に手を差し出してくる。


刃金アイ。

それが私の名前。哀でもなくて、愛でもない。

これから何者になるかも未確定で、どこまでやっていけるかも未知数な、『私』を意味する、アイ。

ここから私の本当の人生が──始まるんだ。


私は冬華の目を真っ直ぐ見つめ、「こちらこそよろしく冬華」と告げ、その手をしっかりと握った。




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