第13話 Baby Sweet Berry Love-1
史郎さんが運転する車に乗り込んで、私達は本部へと移動していた。
「もう落ち着いたか?」
「あ、はい。すいません……急に泣き出しちゃって」
「いや、構わんさ。ホルダーになるやつは、複雑な事情を抱えてる奴が多いからな。お前も生きてる間、色々あったんだろう?」
史郎さん。なんか優しいな。行きの時とは違って、雰囲気が柔らかくなったような気がする。
「あの、史郎さん? は……冬華の部下なんですか?」
「ああ、そういえば名乗り忘れてたな。俺は
「事務方なんですね? なんだか意外です……すごく鍛えてるみたいだし」
まだ四月だというのに、史郎さんはTシャツ姿だ。
そこから覗く二の腕から、ハンドルを握る手の甲に掛けてまで、全てに一切の無駄がなく、均整の取れた筋肉がついていた。
短く刈った黒髪も、目つきもキリッとしていて、まるで戦争映画の登場人物みたいな雰囲気だ。
「まあ、いくら事務方とはいえ、有事の際には駆り出されるからな。常に鍛えてはいるさ」
「人間は脆くて可哀想だニャあ~? シロ様は鍛えずとも、人間の一人や二人、あっという間に食い殺せちゃうニャアっ」
「あの、シロちゃんって……宇宙人なんですか?」
「シロは自衛隊で飼われているET(地球外生命体)なんだ。ETの中でも知能が高くて人間に対しても友好的だから、ホルダーの入隊試験の試験官を任されてる。エナジクトのホルダーは、シロを再起不能に出来たら入隊を許可される仕組みなんだ」
「じゃあもし、シロちゃんに負けちゃったら?」
「ホルダーの資格を剥奪されて、そのまま死体に戻ることになるな」
やっぱり、負けてたら私の人生ジ・エンドだったんだ……勝ててよかったぁ。
私の隣に座って、足をバタつかせながらご機嫌に鼻歌を歌っているシロちゃんを見る。
さっきまで完全に猫だったのに。今はどこからどう見たって人だ。まあ、猫耳と尻尾は生えてるけど。
「シロちゃんは人間に変身できるんだね。ETってみんなそうなの?」
「ハッ! 人間らしい愚かな質問だニャア? 人間に擬態できるETは、シロ様みたいに優れた知能と能力を持った個体だけニャア!」
「あの、今後の為に聞いときたいんだけどさ。シロちゃんって首を切っても死ななかったよね? それってシロちゃんが強いからなの?」
「はぁ!? ETが首を切られたくらいで死ぬわけニャかろうがっ! 心臓が無事な限り、それ以外の部分は何度でも再生するニャッ! ETはみんなそうニャっ!」
「じゃあ、ETは胸を貫かれたら死ぬってこと?」
「お前はバカニャのか!? 胸なんか突き刺したって死ぬわけないニャ! ETは頭に心臓があるんニャからっ! そしてこのシロ様は宇宙一の石頭っ! よってシロ様は……『誰にも殺されることのない最強の存在』ってわけニャっ! ニャ―はっはっはっ!」
シロちゃんは腕を組んでふんぞり返り、得意げに高笑いを上げる。
ううむ。私みたいな『超初心者』にも倒せちゃうわけだから、『殺されない』ってだけで、本当は最強ってわけじゃないんだろうな。
そう思ったけど、口にするとまた足蹴にされそうなので、黙っておくことにした。
「すまんな。シロはこういう性格だが、そう悪い奴でもないんだ。一度認めた相手の言う事は素直に聞くし、不用意に人間に危害を加えるようなこともしない。許してやってくれ」
「は、はぁ……」
それが分かっててもやっぱり、あんまり関わりたくないなぁ。見た目は最高に可愛いのに、なんというか……残念な子。
そんな話をしていると、車が目的地に辿り着く。
車を降りて史郎さんについていこうとすると、史郎さんが「あ」と声を上げた。
「そういや試験が終わったら、お前を食堂に連れて行くように言われてたな。先に食堂行くか」
「え、食堂?」
「身体動かして腹減ってるだろ? せっかくだからついでに腹ごしらえでもしてこい」
「え……はい」
それより早く冬華に会いたいなあと思いながら、私は史郎さんについて食堂へ向かった。
程なくして食堂につく。「じゃ、俺はこれで」と史郎さんは行ってしまった。
隊員の方々が普段使っているのであろう、広々とした無人の食堂の前に、私は一人取り残されてしまった。
調理室にも誰もいないんだけど。え……私どうしたらいいの?
とりあえず足を踏み入れてキョロキョロと中を見ていると、
「あーいちゃんっ」
「うわ!?」
背後で突然声がして、驚いて振り向く。後ろにいたのは、私が会いたくて仕方なかった相手──冬華だった。
「冬華っ!」
喜び勇んで抱きつきそうになったのを、引かれるかなと思い直し、既のところで堪える。すると冬華の方から私の胸に飛び込んできた。
「ふ、ふゆか……っ」
「哀ちゃん合格おめでとう。よく頑張ったね!」
「冬華……うん。私、頑張った……がんばっだよおお~!」
冬華の胸に顔を埋めて、私はうわんうわんと泣いた。冬華はそんな私の頭を、よしよしと優しく撫でてくれた。
ああ、やっぱり冬華は女神! 好き! 大好きっ! 一生好きっ!
「お腹すいたでしょ? 実は私もまだお昼食べてないんだ。一緒にご飯食べよ?」
長テーブルに二人で並んで座る。食堂のおばちゃんが作り置きしてくれたハンバーグ定食。さっき冬華が温め直してくれたので、まるで作りたてのようにほっかほかだ。
私は涎が溢れそうになるのを堪えながら冬華に聞く。
「これ……ほんとに食べていいの?」
「当たり前でしょ。ほら、冷めないうちに食べよう」
「へへ……いただきま~すっ」
私は元気よく手を合わせて食べ始めた。バクバク食べる私を、冬華は少しびっくりしたような顔で見ていたけど、ふふ、と微笑んで頭を撫でてくれた。
「そんなに急いで食べて……お腹すいてたんだ?」
「うん! てかこれめっちゃ美味しい。こんな美味しいもの……初めて食べたっ!」
それは誇張表現なんかじゃなくて、本心からの言葉だった。
もしかしたらこれは、世間一般で言うならば何の変哲もないハンバーグ定食なのかもしれないけど、私にとっては何もかもが新鮮で、美味しくて、胸がいっぱいになるほど幸せな気持ちになった。
だって、こんなちゃんとしたご飯を食べるのなんて、久し振りなのだ。
それに隣には冬華がいる。それだけで、きっとどんなものを食べたって幸せな気持ちになるに決まってる。
「美味しいよね、ここのご飯。私も大好きなんだ。この食堂の調理師さんが作るもの、全部美味しいんだよ。これから食堂使い放題だし、哀ちゃんもたくさん食べてね?」
「うんっ!」
「「ごちそうさまでした」」
二人とも食べ終わり、一緒に食器を返却口に持っていく。
これこれ、こういうの憧れてたのっ! 学校の食堂で友達とお昼ご飯食べるシチュエーション。
まさか冬華と一緒に経験できるなんて!
「デザート用意してくるから、先に座って待っててね」
「え!? デザートまであるの!?」
「うん!」
そんな。デザートまで食べていいなんて。ここってやっぱり天国じゃんっ!
ウキウキしながら待っていると、冬華が白い箱とフォークを持ってやってきた。
これはひょっとして──ケーキ!?
「もしかしてこれ、私の入隊祝い!?」
「それもあるけど。哀ちゃん。今日はもう一つ、大事なことがあるでしょ?」
「大事なこと?」
検討がつかなくて見上げると、冬華は目を細めてクスリと笑い、私の前に白い箱を置いた。
「この箱開けたら分かるよ。ほら、開けてみて」
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