春夏秋冬 明智の夏休み
秋草
第1話 夏眠
何故こうも将来何のためにもならないことをしないといけないのだろうか。
もちろん、一概にも全く以ていらないと、声を大にして言える程のことでもないが、それでも必要かそうでないかと判断を迫られる状況であったならば、いらないと即答できるぐらいにはその確信は持てている。
この確信は個人の主観でしか成立していないので、やはり見解そのものにはそれが覆る要素しかないわけだが、しかし客観的意見に照らし合わせてみても、その判断の正当性は確立されていることだろう。
百人いれば九割がこの行為を無駄だと感じているはずだが、そもそもこの国は少数意見を切り捨てて成り立っている国だ。
残りの一割がその重要性を説いたところで、結果に狂いはない。
つまり民主主義で言うところの投票を用い、そして尚且つ一人一人にアンケートでも配布すれば、この将来何の役にも立たないこれは不必要であると公的に証明することができる。
だがしかし、世間がそれを許さない。
いくら全国の中高生がそのことについて声を上げたとしても、その他大勢に否定される。
世の中は多数決こそが全てなのだ。
例えば学生皆が不必要性を訴えるとする。そこから導き出される解答は、学生ではない国民に叩き伏せられるのだ。これこそが民主主義の賜物である。世知辛い。
「あ~、面倒くさい~……」
羽を旋回させている扇風機に独り言を漏らすぐらいには、
耐え難い猛暑にも、だが。何より今目の前に積み上がっている精神的負担の山に、視線を合わせたくなかった。
何故この国は弱者に厳しいのだろうか。いや、もしこの厳しさが弱者に与えられた特権だったとしても、誰かに処遇を委ね、行く末を一人じゃ決められないことそのものがおかしい。どう足掻いたところで覆らないルールに思考を落とし、彼女はジッと扇風機を見つめる。
風を引き起こすだけの機械は黙ったまま首を横に振る。その様が自分の考えを否定しているように見えて、春夏秋冬 明智は首振り機能を停止させた。
世の中は多数決で決まる。これでこの空間には、彼女の意見を否定する者はいなくなった。
つまり。今まさにこのタイミングで、夏休みの宿題は不要であるという結論が春夏秋冬 明智の中で下された。
そうと決まればこんなところに居てられない。早々にリビングから退散し、自室へと戻って昼までダラダラと過ごそう。
春夏秋冬 明智は勉学に対して永劫使われることのない計算速度で最適解を導き、行動へと移そうとする。
ただし、それは叶わない。世の中が多数決であることと同時に、この世は権力で成り立っている。権力者の鶴の一声で、民主主義なんてその名を呈さなくなってしまう。
今なんかがまさにそんな状況だった。
「……明智。宿題は終わったの?」
春夏秋冬家の絶対君主、母親の登場はまるでゾンビにでも発見されたかのような驚愕と混乱を春夏秋冬 明智に与え、言い訳のしようもなく、寧ろ有無を言わさない雰囲気を感じ取った彼女自らが、持ち上げた腰をそのまま下ろすという自主性を見せるまであった。
「どうせお昼からも宿題しないんだから、せめて涼しい午前中にやっちゃいなさい」
「分かってるってー……」
未来まで見通す母の言葉に頷くことしかできない。
せめて自分にも扇風機のように延々とどんなことにも首を横に振って否定することができるメンタルの強さがあればなあ、と。ぼんやり思考してみるが、そう思っても仕方ない。考えてみれば機械にもなりなくない。
春夏秋冬 明智は仕方なく教師お手製のテキストを開き、勉学を開始する。
背後では、物言わぬ扇風機がその首を動かさず、ただ静かに見守っていた。
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