【3】貴方に期待していますわ!
「あぁそれと、わたくしは素手で十分ですけれど、アルバン様には武具や魔法の使用を許可いたしますわ」
「……は? いやあのっ、す、……素手? ……素手とは?」
「言葉の通り、わたくしが持つ右手と左手、この二つのことですわね」
冗談だろ。
つい、そんな言葉が口から出そうになった。
素手で戦う。
聖騎士のこの私と?
しかも私には武具や魔法の使用を許可すると。
いやいやいやいや、これはいったいなんの冗談だ。
まさか、アリーヌ様は更に私を試そうとしているのか?
……いや、確かに、それはあり得る話だ。
そもそもの話、結婚相手を探すために一対一の決闘を選ぶ時点でおかしな話なのだ。
だとすればこれも、アリーヌ様から私に向けた一つのメッセージの可能性がある。
その答えは……言わずもがな。
聖騎士として常に帯剣しているアルバンは、その長剣の柄を握ったまま、再びアリーヌへと問い訊ねる。
「アリーヌ様……それはつまり、私にも素手で戦えと言うことですね?」
「違うわ」
違うんかーい!!
……危ない危ない、今度こそ声に出しそうになった。
口は禍の元だから気を付けよう。
アルバンは己の脳内でツッコミを入れつつ、心を落ち着かせることに務めた。
「で、では、あの……本気で、私と素手で戦うと仰っているのですか?」
「ええ、本気よ」
「……し、失礼を承知で申し上げますが、武器も魔法も魔道具も使うことなく、聖騎士であるこの私に……アリーヌ様が、素手で勝てると……?」
「貴方はどうお思いかしら、アルバン様」
問いに問いで返されて、アルバンは言葉に詰まる。
その答えは明確であり、悩む必要は一切ない。
だがしかし、アルバンは悩まざるを得なかった。
もちろん、私が勝つでしょう。
そう答えるのは易しだ。しかしながら、それを行うは難しだ。
時に真実とは人を傷付ける行為となるが、今がその時と言えるだろう。
そしてその相手が公爵令嬢アリーヌ・ラングロアであれば、それは傷付けるだけでなく、侮辱として捉えられても不思議ではない。
もしそうなってしまえば、聖騎士としてのアルバンは終わりを迎えることになるだろう。
職を失い、ラングロア領から追放されて野垂れ死ぬ未来が待っている。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
くじ引きと称することで、ラングロア公爵は栄えある一番手を与えてくれたのだ。
この程度のことで尻込みしていては、アリーヌ様の横に並び立つに相応しくないだろう。
そう考えたアルバンは、意を決する。
己を受け入れてもらえるように、そして受け止めてほしくて、本音を口にする。
「……正直にお答えすると、確実に私が勝つことになるでしょう」
「確実にねぇ……?」
ふうん、と頷き、アリーヌが呟く。
「……ふふっ、とても素晴らしい返事をいただきましたし、わたくしも貴方に期待していますわね? アルバン様」
機嫌が悪くなったようには見えない。
むしろその表情はすこぶる良さそうに思えた。
アリーヌはアルバンの本音を耳にしたことで、確かに喜んでいた。
一番手がこの御方でよかったと。
思う存分楽しませていただきますね、と。
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