第3話
エッダが人里少ない北辺で暮らし始めたのは、今から七年前、二十歳の時だ。
エッダの生家、フォルツ家は大昔から続く名家だ。王家とも血のつながりがある、由緒正しき貴族である。
そんな貴族の女性が、辺鄙な場所で生活しているのには、当然理由があった。
あばたである。
すべては、エッダの顔に広がるあばたが原因だった。
十才の誕生日を間近に控えた頃、エッダは
幸い、命は助かった。
しかし、この病気は置き土産を残していった。それがあばたである。エッダの顔一面には、でこぼことした発疹の後が残ってしまったのだ。
それからというもの、エッダの日々は薄暗いものになった。
両親が冷たくなったうえ、外出することも禁じられた。
幼い頃は訳がわからずただ悲しいだけだったが、大きくなるにつれてエッダはそれらの理由を自然と理解した。
――自身が醜いから。そして、もう使いものにならないから。
フォルツの家に、醜いあばた面の娘などあってはならない。
加えて、こんなにも醜くなってしまっては、結婚もできない。
貴族の結婚はほとんどが政略結婚だ。貴族の結婚おいて最も重要なのは気持ちではなく、どれだけ家に利益をもたらすことができるか、という点である。貴族の子供は、自家に有益な結婚をすることで、親や一族に貢献するのだ。それは、最早使命と言っても過言ではない。
あばただらけのエッダは、その使命を果たせない。エッダは何も価値のない、ただ汚いだけの娘に成り下がってしまったのだ。
しかし、ただ悲しんでいただけではない。
大事なのは見た目ではない。そう信じて、エッダは外見以外の部分を磨こうとやっきになった。
裁縫や刺繍などの針仕事に努め、たくさん本を読んだ。特に本は、様々な分野の物に片っ端から手を出した。算術、語学、天文学、古典文学に植物学など、家にある蔵書をひたすら読み漁った。
誰も教えてくれなかったが、エッダは一人地道に努力を重ね、教養を身につけていった。
残念ながら魔法や武術の素質はからっきしだったため――加えて、貴族の子女が独学で学ぶには無理があったため、早々にあきらめてしまったが。
様々な分野に挑戦し、己の向き不向きを見極めて、ひたすら努力したエッダだったが、結局はすべて徒労に終わった。
いくら教養を身に付けても、両親は冷たいままであるし、相変わらず外に出ることも叶わなかった。
それどころか、一族の間では「石ころ」と明確に蔑まれるようになった。
何をやっても無駄だと、悟ったのはエッダが十八の頃。そう悟ってしまった時、エッダはひどく疲れた気持ちになった。
その頃には、「フォルツの石ころ」という蔑称がすっかり貴族の間に広まっており、そのこともエッダの疲労感を助長させた。
「石ころの話になって、恥ずかしい思いをした」と、サロン帰りの妹弟たちに怒りをぶつけられることも多々あった。そのたびにエッダは心底うんざりしたものだ。
やがて、噂には尾びれ背びれがつき、「うまずめ」とまで噂されるようになった。結婚したことなど一度もないのに。もう、こんなの笑い話でしかない。
とは言え、結婚の話がまったくなかったわけではない。
フォルツの名のおかげか、二度ほど縁談が持ち上がったが、結局破談になった。二度とも、顔合わせの後に相手方から断られた。それほど、フォルツ家の名が霞むほど、エッダの相貌が嫌だったのだろう。
そうして年齢的にもすっかり婚期を逃し、エッダが二十になった時。両親から「修道院に行くか、もしくは北の果ての屋敷で暮らすか、どちらかを選べ」と迫られたのだ。
事実上の勘当だった。
エッダが見ず知らずの辺境の地で暮らすことを選んだのは、あまり人と関わりたくなかったからである。そして、エッダは北の地へやって来た。
以来、エッダは両親がつてを頼ってを譲り受けたという古びた屋敷に、老いた使用人と暮らしている。
家を追い出されたエッダは、もう貴族ではない。貴族とは言えない。単なる路傍の石ころだ。
――誰にも知られず、ひっそりと死んでゆくのだろう。
石ころを気にかける者など、何処にもいない。
北辺の土を初めて踏んだ時、エッダはそんな風に思った。
ようやっと侮蔑や悪意から解放されたはずなのに、どうしてか物悲しかった。
ところが、そんなエッダの予想は裏切られた。
誰も彼もエッダを突き放したと思っていたのに。自ら手放したと思っていたのに。
唯一イグナーツだけは、エッダとのつながりを求め続けたのだ。
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