#3
■
俺のファンが、世界的スターになっている。
そんな非現実的な現実を受け止める暇さえ俺にはなかった。
ライブが終わり、衝撃的な事実を知り、家に帰って体力的にも精神的にも疲れて爆睡し、翌日の今日はファンミーティング。
息詰まるようなスケジュールに有難さと同時に、開放感を求めてしまう。
「おっ、今日も来てくれたんだ、いつもありがとね」
次々と流れてくるファンたちに、握手をして少しの会話を交わす。
どれだけ大手になっても、ファン一人ひとりを大切にできるアイドルでありたい。昔よりずっと多くなったファンだが、俺から見て大勢でも、ファンからしたら推しは俺一人だ。
そして俺から見ても大勢ではなく、ファンとつくれる思い出は一人ひとり個で違っている。その人と俺でしかつくれない思い出。感情。
そこに比較も何もなかった。
「うん、また待ってるね、ばいばい」
飛び上がって跳ねるファンたちに思わず口元が綻ぶ。練習も本番も、楽しいという感情だけで乗り越えられるものでもないが、こうしてファンと触れ合うたび、ここが正解なんだ、と俺の居場所を再確認する。
「どうぞー」
スタッフに呼ばれ、パーティションから駆け寄るコーラルオレンジの髪が目に入る。
「―ただいま。リヒトくん」
プラスチックの当たる音を立てながら、彼女は徐にメガネを外す。
「はな—」
「しーっ!」
花ちゃんが急いで唇に人差し指を当てる仕草をする。俺ははっとして口を手でふさぐ。
「……やば、かっこいい」
「……ん?」
「今日のビジュアル、最高に素敵です。ってか髪の毛染めましたよね?明るめも最高に似合ってます。はぁ、昨日のライブ、本当に行きたかったです」
怒涛の誉め言葉に殴られ、俺は阿呆みたいに口を開けて固まる。
「―人気になるって約束、果たしてくれて嬉しいです」
花ちゃんが両手を差し出してくる。昔から変わらない白くて細い指。
「いや、花ちゃんが言えたことじゃないと思うけど……」
花ちゃんの両手を優しく両手で包む。
そもそも、人気になるっていうのは俺がって意味で約束したわけで。花ちゃんが人気になるなんて、約束すらしていなかった。
「びっくりしました?」
無敵に笑う彼女に、俺は深くうなずく。「だいぶね」
「あっちで、スカウトされたんです。女優やらないかって—それで、あっちのドラマとかに出ていて」
あっちって、イギリスのことか。イギリスでスカウトって、どういう状況―でも、そのスカウトしたマネージャーは最高に見る目があったということだ。
「でも、本当に、今回の賞は偶然というか、なんというか。監督の指示とかが的確で、私は従っただけっていうか」
「花ちゃんはすごいよ」
握る手にもう一度力を込める。俺の熱が伝わったのか、花ちゃんは耳まで赤くして俯く。
……世界的スターでも、俺のファンなんだ。
花ちゃんの腕にスタッフの手が伸びる。俺の手からするりと花ちゃんの指が抜けた。
「……会えてよかったです」
花ちゃんが微笑みかけて背を向ける。
「―花ちゃんっ」
くるりと花ちゃんが振り向く。俺の瞳の中で、昔の彼女と今の彼女が重なる。
「……絶対、また、会いに来いよっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます