#3

 俺のファンが、世界的スターになっている。



そんな非現実的な現実を受け止める暇さえ俺にはなかった。


ライブが終わり、衝撃的な事実を知り、家に帰って体力的にも精神的にも疲れて爆睡し、翌日の今日はファンミーティング。


息詰まるようなスケジュールに有難さと同時に、開放感を求めてしまう。



「おっ、今日も来てくれたんだ、いつもありがとね」


次々と流れてくるファンたちに、握手をして少しの会話を交わす。


どれだけ大手になっても、ファン一人ひとりを大切にできるアイドルでありたい。昔よりずっと多くなったファンだが、俺から見て大勢でも、ファンからしたら推しは俺一人だ。



そして俺から見ても大勢ではなく、ファンとつくれる思い出は一人ひとり個で違っている。その人と俺でしかつくれない思い出。感情。


そこに比較も何もなかった。



 「うん、また待ってるね、ばいばい」


飛び上がって跳ねるファンたちに思わず口元が綻ぶ。練習も本番も、楽しいという感情だけで乗り越えられるものでもないが、こうしてファンと触れ合うたび、ここが正解なんだ、と俺の居場所を再確認する。



「どうぞー」


スタッフに呼ばれ、パーティションから駆け寄るコーラルオレンジの髪が目に入る。




「―ただいま。リヒトくん」




プラスチックの当たる音を立てながら、彼女は徐にメガネを外す。


「はな—」


「しーっ!」


花ちゃんが急いで唇に人差し指を当てる仕草をする。俺ははっとして口を手でふさぐ。





「……やば、かっこいい」



「……ん?」


「今日のビジュアル、最高に素敵です。ってか髪の毛染めましたよね?明るめも最高に似合ってます。はぁ、昨日のライブ、本当に行きたかったです」


怒涛の誉め言葉に殴られ、俺は阿呆みたいに口を開けて固まる。




「―人気になるって約束、果たしてくれて嬉しいです」




花ちゃんが両手を差し出してくる。昔から変わらない白くて細い指。


「いや、花ちゃんが言えたことじゃないと思うけど……」



花ちゃんの両手を優しく両手で包む。


そもそも、人気になるっていうのは俺がって意味で約束したわけで。花ちゃんが人気になるなんて、約束すらしていなかった。


「びっくりしました?」


無敵に笑う彼女に、俺は深くうなずく。「だいぶね」


「あっちで、スカウトされたんです。女優やらないかって—それで、あっちのドラマとかに出ていて」


あっちって、イギリスのことか。イギリスでスカウトって、どういう状況―でも、そのスカウトしたマネージャーは最高に見る目があったということだ。



「でも、本当に、今回の賞は偶然というか、なんというか。監督の指示とかが的確で、私は従っただけっていうか」



「花ちゃんはすごいよ」



握る手にもう一度力を込める。俺の熱が伝わったのか、花ちゃんは耳まで赤くして俯く。



……世界的スターでも、俺のファンなんだ。



 花ちゃんの腕にスタッフの手が伸びる。俺の手からするりと花ちゃんの指が抜けた。


「……会えてよかったです」


花ちゃんが微笑みかけて背を向ける。



「―花ちゃんっ」



くるりと花ちゃんが振り向く。俺の瞳の中で、昔の彼女と今の彼女が重なる。




「……絶対、また、会いに来いよっ」


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