第5話


 ここはどこだ?

 物置部屋?俺はなぜ、こんな所にいるんだ。わからない、痛っ。

 頭が痛い。体のあっちこっちが痛い。全身ぐるぐる巻きのイモムシで、床に転がされていりゃあ当然か。猿轡もだ、くっそー。

 この部屋、4m四方はありそうだ。でも、俺の他には、誰もいない。

 今見えるのは、床と壁と扉。パイプが部屋の一辺を這っているけど、ありゃなんだ?ああ、冷えると思ったら、床が濡れているなあ。掛けられた毛布も、しっとり湿っていらっしゃる。ところで今、何時くらいだろう。んん、何か聞こえる。子供のすすり泣き?ずいぶんと近いみたい。同じ建物内とか、まさかね。

 何が何だかわかんねえけどさ、ろくでもないことは確かだ。こんな拘束はぶっちぎって逃げよう。その後で、俺を閉じ込めた野郎――女かもしれねえけど――ぶっ飛ばしてやる!

 ?……魔法が使えない。

 魔力は、ある、魔法の形を作れないというか……うげ。

 すげー気持ち悪くなってきた。行き場のなくなった魔力が、体の中をぐるぐる回って、なんか吐きそう。うわあ、最悪。


 ―――落ち着け。落ち着け。

 深呼吸だ。落ち着いたら、何が起こったのか、思い出せ。

 確か、店を変える事にしたんだよな。それから皆でそろって、夜の街へ繰り出したんだ。いろいろ喋りながら、歩いていた。

 それから、ええと。新しいお店に入ったっけ?


『待って』 『わすれものよ』 『イーサンに渡して』


 入ってない。通りで女性から声を掛けられた。振り向いたと思う。

 あの女、前の店の店員かな、どうかな。そのあとどうしたっけ。

 女の方を向いたら、野郎に路地へ引っ張り込まれたんだ。それで、水球をぶっぱなした。

 そこからぷっつん、覚えていない。別の奴に殴られた?蹴られた?とにかく捕まっちまって、気を失っている間に、ここに運ばれた、と。


 どう見ても、誘拐です。ああ、もう!

 この手の事には、十分気を付けていたのに。イーサンたちと会って、気が緩んだのかもしれない。このままじゃあ、どっかの誰かに売られるかも。めっちゃヤバいじゃん。

 一応さあ、この国の法律で、人身売買は禁止なんだよ。近隣各国も同じ。だけどそんなの、表向きの話だ。だって、何時だってどこだって、法律守らねえ連中なんざごまんといるじゃねえか。冒険者なんかやっているからさ、さらわれて売られたなんての、散々見聞きしてきたよ。まさか、自分が当事者になるとは思わなかったけど。

 ちくしょう、絶対逃げ出してやる。でも、魔法は使えない、手足だってガッチリ拘束されてんの。都合よくガラスの破片が落ちて、なんてねえよな。ああ、どうすればいい。

 回らない頭で必死に考えていたら、どかどかと足音が近づいてくる。

 住人か、いやいや、どう考えても犯人側だろ。そう思い当ったら、いやな汗が噴き出してきた。足音は止まり、扉が開いた。

 

「ねぼすけ、目が覚めたかあ?」


 逆光に男のシルエット、顔はわからない。のしのしと俺の側まで来て―――蹴り飛ばされた。

「ぐっ」

「おめえにはよう、指一本触れるなって、兄貴から言われているからよう。指では触んねえよ?

 それからおめえ、何が起きたか、わかんねえだろ。俺が、ちゃあんと教えてやる。

 お前は王都で、さらわれたんだあ。それでなあ、どっかの誰かに、売られるんだよ。お優しい買い主だといいけどなあ。いひひ。」

 男は大声で笑いながら、俺の脇腹を、靴の先でぐりぐり。ぐうう、痛い、痛いって!

「あきらめておとなしくしてろよお。絶対に、逃げられねからなあ。兄貴が、おまえの魔法を使えないようにしたってさ。ただのイモムシなんか、怖くも何ともねえわ。あははははは。」

 男はもう一度俺を蹴とばすと、笑いながら出ていった。ちくしょう、売る予定なら、もっと丁重に扱いやがれ!

 蹴られた痛みにうんうん唸っていると、今度は隣?が騒がしくなった。


「ガキどもおおっ、餌の時間だぞう!」

「きゃああーー」「びええええーーん」

 一斉に上がる子供の泣き声。え、隣の部屋にいんの?

「うるせえ!黙って食いやがれ。蹴っ飛ばすぞ!」

 ドガンッ!何か蹴りやがった。まさか子供、じゃねえよな?ひっ、という短い悲鳴の後、泣き声はぴたりと止まる。男は満足そうな声音で、

「そーそー、言うこと聞く、いい子たちだなあ。」

 おまえが脅かしておいてそれかよ。

 2,3分後には、鼻歌とともに足音は遠ざかった。

 確定、隣の部屋に子供がいる。人数は不明。あの子たちも俺と同じようにさらわれたんだろうか。だとしたら、親はさぞ心配しているだろう。

 ―――ジジイも俺がさらわれたって、気が付いたかなあ。

 急に消えたんだ、心配はしていると思う。

 でもイーサンたちは、『大間抜け』って、あきれ返っているかも。

 …ああ、子供らがまた泣き始めた。しゃあないよな、ずいぶん幼い感じがする。

「うぐっ」「びすっ」「ママ、ママ」

 うう、俺も泣きそう。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 男は大股で居間まで戻り、暖炉近くにいる人物に話しかける。

「ケーシー兄貴い、ガキどもに餌やってきたぞー。」

 兄貴と呼ばれた方は、眉をしかめ、

「ベン、聞こえていたぞ。あの子供達は商品なんだ。もっと丁寧に扱え。」

「ごめん、次はもっと丁寧にあつかうよう。」

「そうしてくれ。」

「ああそうだ。ねぼすけも、目が覚めていたよう。言われたように、指一本、触れてないぞお。」

「そうだ、魔法使いは危険だから、何があっても触るなよ。」

 わかっているようと言いながら、ベンは椅子に座った。


 ここは、王都から少し離れた山中にある建物だ。某商会が、法に触れる『もの』を扱う場合――『人間』も含まれる――に使っている。

 王都周辺は、地方と違って魔物が少ない。そのせいか、城壁外にこういった建物が多数存在する。当然ながら、犯罪者のたまり場になるケースが多々あった。


 商会が今回扱う商品は『子供』。ケーシーらは様々な手段で『子供』を集めた。そしてこの山荘でしばらく監禁し、時期が来たらオークションに出す、これが今回の予定だ。

 そのケーシーらに、昨夜、急遽ボスから命令が来た。

『今すぐ、攫え』。

 ターゲットは、極上の容姿に加え、魔法使いだという。

 急遽人を集め、同行者の隙を狙い仕掛けた。情報どおり、別格の獲物。魔法で反撃され、どうにか封じ込めて確保はできたのだが。結局騒ぎになって、すぐ王都から出るはめになった。おまけにガキの魔法で、ガキ以外は全員ずぶ濡れというありさま。それも、かたっぱしから凍っていくとか、ありえない。気絶させた当の本人は、湿気っている程度だというのに、だ。氷を落とし、震えながらここへ到着したのは、すっかり日付が変わってからになる。その上留守番役まで押し付けられ――この少々足りない奴と――ケーシーには踏んだり蹴ったりである。


 ぱちぱちと、暖炉の火が爆ぜる。ケーシーはゆっくり立ち上がると、

「夜には食いもんと、交代の奴が来るはずだ。ここら辺を片付けておけ。」

「わかったあ。兄貴は、どこへいくんだあ?」

「クソだよ、いちいち聞くな。」

「ごめんよう。」

 ケーシーが部屋を出た後に、ベンは言われた通りに居間の掃除を始めた。

 床のゴミを集めながら、ふいに思い出す。

「あー、床が濡れてたんだ。でも、今から言ったら、怒られるかも。う~ん。ないしょにしようかな。濡れたくらい、たいしたことないよねえ。」

 ベンはひとり納得すると、ゴミを麻袋につっこんだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 日が陰る、夜が近づく。殺風景な部屋は一段と冷え込んできた。

 あのパイプは暖房器具みたいだ。少しぬるい空気が流れてくる。

 俺はというと、相変わらずの芋虫状態で床に転がっているよ。

 魔法が使えないのは、体を巻いた布が原因だろう。他に考えられない。そう想定して、思いつくことをやってみたんだ。

 床にこすりつけてみたり、腕輪をリバースできないか、とかさ。

 だめだった。まず素材が丈夫なうえに、布同士で貼りついてんのよ。

 リバースもさ、腕輪が金庫に戻れば、緩むか破れるんじゃないかって期待したんだけどさ。戻らねえんだな、これが。魔法扱いになるのかな、それか金庫分の空間が必要なのかもしれない。術式の細かい仕様は、ジジイに聞かなきゃわからないもんな。

 しかし、寒い。魔法系で何か試そうとするたびに、布から水がしみだしてくる。なんじゃこりゃあ。

 服までぐっしょり濡れて、体が冷えて、正直きついよ。暖房はあんま効かないし、離れているし!それにあのヤロー、あれから姿を見せやしねえ。

 このままだと風邪ひくぞ?商品なら品質管理を徹底しろよ。乾いた部屋に移動するとか。あったかい毛布とか!

 あー腹が減った。本当に品質(以下略)。


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