第4話


『僕はイーサン』

『ジュドーだ』

 ――雪の森だった。



 リーダーの壮年の男が、にこやかに切り出す。

「この度は私どもの依頼を完遂していただきまして、誠にありがとう存じます。

 次回の依頼について、ご相談をしたいのですが。よろしいでしょうか。」

「いやよ。」一刀両断だ。

「そこを何とか。」

 めげないね、何とか交渉しようと粘っている。けれども、肝心のイーサンたちが、まったく取り合っていないや。なんつーか、役者が違う、て感じ?


「知り合いかの?」

「あ、うん。」

 いけね、ジジイが心配そうに俺を見ていた。

 すっかり二人に気を取られちゃったもんな。説明、説明。

「あの席の中心にいる二人、ほら、金髪と赤毛のイケメン。」

「ううむ。なかなかに強そうじゃの。」

「強いよ、上級冒険者だもん。以前、助けてもらったことがあって……。」

「なるほど。」

 ジジイは髭をひと撫ですると、

「では、挨拶でもしてきたらどうじゃ。恩人なのじゃろう?」

「ええと…それは…」

 それって、迷惑じゃないだろうか。今は仲間と宴会中だろ。新規の仕事の話だって――断っているけど。

「ヒューゴ」「痛っ」

 イライジャめ、杖で頭を小突きやがった。珍しく真剣な顔をしてやがる。

「また生きて会えるとは限らんぞ?」

「あ、ああ!」

 そう、だよな。

 ジジイの言うとおりだ。彼らも、俺も冒険者だ。

 安全な街から出て、魔物を狩り、それを糧とする冒険者だ。危険はいつだって、近くにある。今日ここで会えたのは偶然で、二度目はないだろう。


 ―――『一緒に行かない?』―――『強くなれよ』―――


 そう言ってくれたんだ。

 なあ、俺、少しは強くなったよ。おかげで、冒険者を続けていられる。

 もし忘れられていたら―――諦めよう。彼らの記憶に残らないほど、些細な出来事だっただけだ。でもひとことだけ―――俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。


「もう一度、考え直してくださいませんか。」

「何度も言わせるな、他をあたってくれ。」

「王都ですもの。お眼鏡にかなう護衛が、いくらでもいるわよ。」

「そうおっしゃらず。私どもの顔を立てていただけませんかね。さる貴族家から、専属にとの申し出もあるのですよ。」

「専属の話はお断り。さ、お帰りはあちら。」

「せめてお話だけでも!報酬も上乗せしますので!」

 さすが商人系、面の皮が厚い。

 俺は、その人たちの輪をするりと抜けて、二人の真ん前に出た。

 突然現れた俺に、みんな意表を突かれたみたい。

「あ、あの。」

「なんだ、坊主。」ジュドーは眉間にしわを寄せ、不機嫌マックスの様子。

「お久しぶり、です。俺は、ヒューゴです。」いかん、スカーフをしたままだった。はずそう!「あなた達に、助けてもらったことがあって。その時は、お世話になりました。」

 言葉の勢いそのままに、俺は頭を下げた。


「ヒュー…?……」

「私が話しているんだ。わきまえなさい。」

 リーダーの男が、俺の肩を掴もうと手を伸ばし――止まった。周りに居た冒険者も、フリーズしている。やべ、やっぱ顔を隠したままの方がよかった?

 イーサンはというと、怪訝な表情だ。ジュドーも同じ。やっぱ覚えていないか。顔のやけど痕はきれいに消えているから、別人だもんな。

 イーサンは首を傾げつつ、

「君のような綺麗な子、僕は知らないんだけど?」

「いや、顔は関係なくて。一年前に雪山で、緑鬼から助けてもらった。」

「緑鬼、どこよ。」

「クラスコ。その前に、ギルド前でトラブルがあって。」

「あ?あ、あ、ああああ――――!」

「―――あのヒューゴか!」

「あのヒューゴね!」

 イーサンが破願した。


 そのままぐいと引き寄せられた。はや、避ける間もねえ。頬を両手で挟まれ、間近で顔を覗き込まれる。近い,顔が近い!

「あらあらあら、懐かしいわねえ。そうよ、この瞳の色よ。顔は……怪我が治ったのね?」

「う、うん。」

 イーサンの視線が、俺の背の方へ移り、

「んまー、弓じゃないの。ジュドー見て、やっぱりこの子、弓を選らんだわ。僕の勝ちね♪」

「けっ。」ジュドーが、ぷいと横を向いた。勝ち?

「うれしい~。君なら絶対、弓を使うと思っていたのよ~」

 ああ、そういう事。俺が使う武器を、賭けていたとかなんとか。当時は棒だったもんなあ。なんて考えていたら、そのまま頬ずり。

 やめて~。周りが引いているから。俺も引くから!

 いつの間にかイライジャも入り込んできて、

「話せたか。よかったのう。ヒューゴ。」

「うん。」

「…どちら様?」

 イーサンとジュドー他が、再び胡散臭い顔している。いかん、ジジイが不審者だ。

「仲間だよ、俺の仲間。」

「「「「「ジジイが、仲間 ⁉」」」」」

 えええ、ジジイ(見た目)が仲間って、そんなに変?

 そんな中で、イーサンの目がウルウルしてきた。

「そうなの、ヒューゴが仲間を持ったのね。うれしいわ。」

 また頬ずり。ダカラヤメテクダサイ……。



 皆さん、お仕事が終わって、打ち上げ中だったそうす。

 お邪魔してしまい、本当に御免なさい。でも、ここで逃しちゃダメだと思ったんだ。

 お仲間のお兄さん方からは、気にするなって、言ってもらえた。冒険者っていつどこで命を落とすかわからない。だから声を掛けるくらい、遠慮はいらないそうだ。あ、いらねえ勧誘は別だとか。

 お初の人もいるので、ここで自己紹介を。

「ヒューゴです。さっきも言ったけど、以前、イーサンとジュドーに助けてもらったことがあるんだ。」

「そりゃあなあ、かわいかったんだぞ。緑鬼をな、こんな棒っきれで、ぼこぼこにぶん殴ってな。今にも死にそうな顔をしてな!」

 ジュドーのジェスチャー付き説明に、周りがどっと沸いた。ヤメテ、思い出すだけで、はずかしいから。

「そりゃーすげーわ」「勇気があるな!」

 ジジイは―――もう飲んでいるじゃん。

「彼はイライジャ、二人と別れてから、依頼がらみで知り合ったんだ。」

「ワシはイライジャじゃー。」

「なんやかやあって、今一緒に旅をしている。」

「それはよかった」「ええ」

 そう言って、優しく笑う二人。なんか照れくさい。

「では俺も改めて。俺はジュドー、こっちがイーサン。」

「イーサンよ、二人でチームを組んでいるわ。」

「俺たちは今回、二人と組ませてもらったんだ。」

 よ、と手を上げる同席のお兄さんたち。男ばっかりの三人チームだって、なんと6級冒険者。アフロのビリーにスキンヘッドのジョン、モヒカンがジェンマと、非常にわかりやすい。今回一緒に依頼を受けたんだって。

 ちなみに、一年前組んでいた人とは別人。ジュドーたちは依頼ごとに、あっちのチームこっちの個人と組むスタイルらしい。もちろん、チームごとに方針は違うから、ずっと固定メンバーのところもあるそうだよ。


 俺たちはそのまま、宴会に加わっちゃった。奢ってくれるってさ、ごっつあんです。

 テーブルにずらーっと並べられる料理の数々に、グラスに注がれるアルコール類。

 並べる端からなくなっていく。みんなよく食べて、よく飲むねえ。ジジイの野郎、奢りだと知って、遠慮が無くなったな。がぶがぶ飲みやがって、二日酔いになっても知らねえから。それにしてもいい雰囲気だなあ。ほんとに、仲がいいんだね。

 俺がちまちま食べていると、なぜかイーサンたちが、順番に頭をなでてくる。「サラサラ―」って何!一応成人しているから、って誰も聞いちゃくれねー。

 取り巻いていた人たちは、いつの間にか消えちゃった。完全無視だったから仕方ないか。


 話は変わって――二人は俺と別れた後、護衛依頼の連続だったらしい。

 王都と地方領都を「何往復したか」と、愚痴られた。でも問題は距離でも回数でもないんだと。小声でいうにはさ、

「今回、貴族がらみだったの。ほら、さっきの商人よ。彼らの商隊の護衛任務のはずが、なぜか貴族がくっついてきたのね。ぜーんぶ事後承諾。」

 思いっきり顔をしかめたイーサンに、アフロが追加説明。

「契約と違うって、抗議したんだけどさ。依頼主のあの商人が、『行先が同じだけ、その貴族様にも専属の護衛がいるから問題なし』って押し切りやがった。でも、ふたを開けて見れば…」

「そのご貴族さまが、やたらわがままでさ。商人を通した形で、道や宿泊地の急な変更をする。会食の予定を急遽入れる。散々だったよ。」

 モヒカンが受け、イーサンが続けた。

「そうそう、余計な討伐も強制してきたわね。」

「道中の魔物の排除ならともかく。ちょっと寄り道して、あの山に棲息するワイバーンを倒してこいとか、ねえわ。てめえの護衛はお飾りかよ。はっ。」

 ジュドーさん、目が座っています。

「この件はギルドに苦情を入れた。この先、あの商会がらみの依頼が、俺たちへ来ることはないだろう。来ても蹴る。」

「一部の貴族が、腕利きの冒険者を求めているって噂あるんすけど。それっすかね。」

「今更どうでもいいわ。」

 スキンヘッドのセリフに投げやりなイーサン。でもその前に!

「…ワイバーンを倒した?」

「楽勝よ。」

「ひょー。ワイバーンとな。そりゃ素材だけでも欲しいのう。」

「爺さん、いいよな、ワイバーンの被膜ってよ。」

 モヒカンの彼が、イライジャに同調した。

「狩ったはいいが、ご貴族様が当然のように持ってったよ。つまらねえ。」

「そりゃあいかんのじゃ!己ら、今からでも狩りに行くのじゃ!」

「いいね。狩りに行くか!取り上げられたままじゃ、つまらねえな!」

「そうじゃそうじゃ!明日にでも出発するぞお!」

 こらー、煽るなー。お互い拳を突き上げやがって。スキンヘッドが苦笑いしつつ、

「つまり爺さんは、作る系かい?」

 聞かれたジジイはあいまいに笑い、

「うむ。今は、ヒューゴの魔法の師匠をやっとるがの。」

「へえ、爺さんもヒューゴも魔法使いなのか。」「使って見せてくれよ。」

 それではと、いつもの「ちょっとだけ」魔法――じゃなくて、ビールはキンキンに冷えた方がいいよね。「コールド」

「うわ、うま!」「ジュドー、お前らこんな隠し玉をもっていたのか!」

 店内にいたその他の冒険者たちが、どっと集まってきた。はいはい、ビールの冷却追加ですね。御代は結構ですので、頭を撫でないでください。

「こんなに綺麗な魔法使いの子と知り合いだと?」「ずるいぞ、コンチクショウ。」

「はいはい、下がって、下がって。怖がらせないでね。怯えているでしょ?」


 そのあとも追加で飲み物を冷やし、料理を温め、楽しくもカオスな宴会は続いた。

 でもまた、勧誘が始まってさ、「うざい」とジュドーの一声で、場所を変えることになった。

 それで俺たちは、店を出て、街に繰り出したってわけ。

 俺、そこまでははっきり覚えているんだよな。


 でも気がついたら、知らない部屋にいるんだけど。

 どういうこと?

 


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