第18話【獣性が鳴る】
【魔女・0】
魔女の役割は決められた土地に居座って人の禍福を糾うこと。
善行を為した人間へと、悪人から奪った星の光を与えること。
白くて細い光の線を絡み合わせて、一つ、人生を作る。役割はそれだけ。
禁止事項は
他者と関わらないこと。
自分の為に魔法を使わないこと。
決められた土地から出ないこと。
その三つだけ守っていれば、それ以外は自由にしていい。
どちらかと言えば不便だ。しかし、恩恵も受けられる。
百年役割を続けると、息をしなくても生きられるようになる。
百二十年役割を続けると、食べなくてもお腹が空かなくなる。
百五十年続けると、眠らなくても生きられるようになる。
百八十年続ければ、目を閉じたままに見えるようになる。
二百年が過ぎると、生きなくても生きられるようになるらしい。
その先は知らない。誰に訊いてもわからないと言う。
星に訊けばすべてのことを教えてくれるし、星占いは先を見通す。星の光を見れば過去のことはすべて分かる。
それでも二百年の後のことはわからなかった。
役割を続けて百八十九年目。新月の日。
怖くなった。
たった十一年後。自分はこの生活を続けているのだろうか。続けていられるのだろうか? 続けてしまっているのだろうか? この生活に終わりなどあるのだろうか? そもそもこれは【生活】と言えるのだろうか?
幸福がない代わりに不幸も無い。それ以前の問題として幸福と不幸って一体何者なのだろう。私が指先で操る禍福が真に禍福であるならば、指先で変わる運命に意味などあるのだろうか? 必死に不便な身体を操って生きる数多の塵のような命たちは不幸なのだろうか。私とあれらを比較して、どちらが上等でどちらが下劣なのだろうか。『生きなくても生きられる』ってどういうことなのだろう、意味なのだろう。
考え始めると終わらなかった。
仕事に手が付かなくなって、何を見ても、聴いても感じても、足元から這い上がるような焦りが全てを塗りつぶしてしまって、続かない。
とっくに動くことを終えたはずの、あばらの内側が音をたてる。閉じた瞼の内で海が出来て、けれども命はまるでない。絶無の海中で息を止めて、水の冷たさに目を覚ます。
限界が近かった。
禁止事項は破ることにした。
居座っていた土地で一番優しい家族があった。
人間みんなが大好きで他人の為に雲より泣く父親。
控えめながら厳しく、しかしやっぱり優しい母親。
そしてその一人息子は活発で両親のことが大好き。
キシナミという家庭だった。
「たった十一年」
借りようと思った。
一人息子のキシナミシンバを少しだけ可哀そうだとは思ったけれども、この子も十一年後には大きくなるのだから、これくらいから一人の寂しさを知っておいてもいいんじゃないかと自分を納得させた。
十一年後には──そう、たった十一年。
この記憶は消そうと思う。
曲がりなりにも、人の幸せのために役割を果たしてきたはずの自分が、こんなにも汚かっただなんて覚えていたくない。これは我儘。私の個人的な欲望。その為に魔法を使う。
少しだけ正体不明の幸福に触れてみたかった。そのためならば全ての理を破壊できる。
それが私。どうしようもなく魔女な私。幸福を望むには難し過ぎた私。
終わってる、ってやつよ。
ばん
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