彼女の作り方
まくつ
本
夕暮れ。学校からの帰り道。
寂れたシャッター商店街。見慣れない古本屋が視界に入った。こんな店あったか?
ふらり、と。意味なんてなく。強いて言うなら文学野郎としての義務感で入店した。
生気の無い顔をした老人が座っているだけの店内。洒落たジャズミュージックと本だけの空間。
不思議な古本屋だった。どこもかしこも知らない本ばかり。ミーハーがすぐに飽きて売るはずの流行りの漫画や小説はどこにも無かった。
大抵の古本屋には100円コーナーがある。金欠だが本が好きという学生にとっては神のような場所だ。案の定、この古本屋にも雑な張り紙で『百円均一棚』と示されていた。
一直線に向かう。そこには知らないタイトルの本が溢れていた。古今東西問わず有名作家やタイトルはおさえているつもりだったが、知っているものは一冊もなかった。
本好きとしての血が騒いだ。
右上から一段一段、丁寧に。一冊も見落とすことなく本を眺めていく。どうせ百円。十冊くらいなら大した出費になることはない。気になった本を次々と手に取っていく。
最後の段の左端まで目を通し終えた。気がつけば横には本の山が積み上がっている。家の積ん読の山と比べた感じだと三十冊はあるだろう。
まあ、言っても三千円。ハードカバー二冊よりも安いのだ。さらにこれらが今まで見たことも聞いたこともないほど珍しい本であることを考えれば、全部買っても特に問題はない。
重い本の山を抱えた。ずっしりとした知識を肩に感じる。
小さな歩幅でとことことレジに向かう。
その時、『十円均一』とファンシーな字体で書かれたポップが視界に入った。やはり、本好きとしては抗える筈もなく吸い寄せられた。
さっきより雑にざっと目を通していくが十円というだけあって碌な物はない。薄っぺらだったりボロボロだったり。しかしまあ、そんな中にも興が乗る本というのはあるわけで。どうせ十円だと思って次々と山を積み上げる。
古ぼけた棚の中盤あたり。突然にショッキングピンクが目に飛び込んできた。
無意識に手に取った。
『彼女の作り方』
ビビットな表紙にはレモンイエローのゴシック体でそう書かれていた。
あまりにも舐め腐ったタイトル。陳腐でありきたりでつまらない。
でも、それは馬鹿みたいに完璧な装丁だった。荘厳で、美麗で、繊細で。
こんなジャンルでここまで丁寧にやるなんて頭がおかしいんじゃないか。こういう下衆な内容は文庫か雑誌と相場が決まっているのに。
本来なら決して手に取ることはない本。
しかし十円。十円なのだ。安いなんてもんじゃない。ほぼ無料。
本の山にそっとピンク色を乗せた。梶井基次郎の檸檬を思い出して不思議と気分が高揚した。
会計は3450円。五十冊以上買ったのにこの値段。良い買い物をしたという言葉では言い尽くせない。尋常でない幸福を感じながら店主に一礼して店を出る。
灼熱が待ち構えていた。
本に夢中で帰り道の事を全く想定していなかった自分に絶望しながらバス停までとぼとぼ歩く。いつもなら健康のため家までの三キロは歩くのだが流石に十キロ越えの荷物を抱えて夏の道を歩くのは勇気ではなく無謀と言う。
バス停からの数百メートルも案の定血反吐を吐きながら、何とか帰宅した。
手洗いうがいに着替えに食事に課題。やる事を済ませたらお楽しみの時間。もちろん、買った古本を読むのだ。
驚異の55冊。これだけあれば一ヶ月は読む物に困らない。テンションが上がる。
やはり、最初に手が伸びたのは『彼女の作り方』だった。
昂る感情のままに開く。新品の本のようなインクの香りが舞った。
『料理で彼女を作るには』そう書かれている。確かに料理男子という言葉もあるくらいだし料理は女性ウケがよさそうだ。おっと、今の時代にこんな発言はよろしくないのだろうか。
まあ、料理はできるに越したことはないだろう。少なくともマイナスになることはないはず。そう思って読み進める。
おしとやか、清楚、ボーイッシュ、金髪、黒髪、赤目、碧眼。数多の彼女の作り方が載っていた。どうやら好みの要素を組み合わせるらしい。億を超えるパターンがあるのではなかろうか。
人によって料理の好みも変わるということか、などと不思議に思いながらページを捲る。興味深い、全く未知のレシピだった。大体の料理はレシピを見れば味というのはある程度想像がつくものだが、このレシピはどんなものができるのか皆目見当もつかない。
折角だから実際に料理をしてみようか。ふとそう思った。
ぶっちゃけ、彼女に興味が無いなんてことは無い。ある筈がない。結局、僕がいかに文学好きの陰キャとはいえ根本的にはお年頃の高校生。今のところ人間関係が面倒で恋愛はするつもりはないが、料理でモテるならやってみるくらいは良いだろう。料理は好きだし。
さて、僕の理想の容姿とは金髪ショート、碧眼の清楚系。この組み合わせが最強であることに関しては誰にも譲れない。
金髪、ショート、碧眼、清楚。その他細かな要素のレシピをピックアップしていく。コピーしたものを組み合わせるとオンリーワンのレシピが完成した。
果たしてこれを作るだけで理想の彼女が出来るのだろうか。どう考えても怪しい。
でもまあ、面白半分だ。ダメでもともとなのである。
海外の通販サイトで材料を注文する。材料は高級であるほど素敵な彼女ができると書かれている。確かに高級食材を使ったほうが美味しくなるだろう。でも今回はお試し。人に食べさせるわけじゃない。無視して最安値を選んだ。
少し期待して浮足立っている自分が恥ずかしい。客観的に見て馬鹿なことをしている自覚もある。でもまあ、こんな道楽もたまにはいいじゃないか。
気が付けば時計は頂点を回っていた。通販サイトを閉じた僕は眠りにつく。
◇ ◆ ◇
2024年問題というやつか、近頃の流通業界の人手不足もあり材料が全て揃うのには一週間かかった。総額は六千円強。我ながら馬鹿としか言いようのない出費だが本と映画以外に基本的に金は使わないから問題はない。生憎友人と放課後にファストフードを食べるような高校生活は送っていないからね。
エスニックな材料は全部で五キロほど。さらに自宅にある食材を合わせて十キロ程度か。
多いの一言に尽きる。分量は死んでも絶対に何がなんでも守れと極太の赤字で書いてあったが構わず200gだけ作ることにした。今日は試作だし別に割合が変わらなければ問題ないだろう。
さて、早速取り掛かるとしようか。
きっちりと割合を守って丁寧に計量する。我ながら完璧だ。
切って、混ぜて、捏ねて、伸ばして、焼いて、、、
信じられないほど複雑な下拵えは終わった。三時間かかった。とにかくやる事が多すぎる。材料をたくさん使うのは一つ一つの細かい作業を簡単にするためだったのか。
下拵えの後は混ぜて煮込むだけとシンプルらしい。
最終工程には巨大な容器と多くの水が要る、と書いてある。まあ材料を減らしたこちらには関係ない。鍋に湯を沸かした。
材料を入れてかき混ぜると、どろどろとした何かは次第に形を作っていく。
後は40℃弱で暫く煮込めば完成らしい。湯の温度を人肌程度にして、炊飯器に流し込み、保温ボタンを押した。
古本の山を読み崩しながら時間を潰す。
時間きっかり、蓋を開いた。
その中には――
「ああ、そういうことね」
納得した。
材料が異常に多いのも、水を大量に使うのも、人肌くらいの温度で煮込むのも。そういうことだったのだ。
失敗した。これは分量を守れと強調するわけだ。
炊飯器の釜の中。水はすっかり無くなっていて、手に乗るくらい小さな女の子が体を丸め、すやすやと心地よさげに眠っていた。
「彼女の作り方って、そっちかぁ」
碧眼に金髪ショートで清楚な彼女は目を覚まして、にっこりと微笑んだ。
彼女の作り方 まくつ @makutuMK2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます