偽神動乱記録―逃走

堂円高宣

第1話 タケル

 目覚めると口の中に血の味がした。頭が割れるように痛い、右手を動かそうとすると激痛が走った。骨折しているのか。おそるおそる見てみるが、腕がおかしな方向に曲がったりはしていない、大丈夫なようだ。


 タケル(建)は瓦礫が散らばる道路に横たわっていた。もう夜明けが近い様子だ、かなり明るくなってきている。昨夜、ヘリコプターに乗り込んだ時は雨が降っていたのだが、今は止んで、雲の切れ間から夜明け前の群青色の空がのぞいている。ゆるい風にのって、潮の匂いを感じる。海が近いのだろうか。


 昨夜の事が次第に思い出されてくる。……そうだ、仲間と一緒に鹵獲ろかくした敵の輸送ヘリに乗っていたのだ。操縦士ごと乗っ取ったので偽装できていると思っていた。しかし敵は僕たちが乗っている事を察知したようだ。いきなりミサイルを撃ってきた。僕たちは撃墜されてしまった。ここはどこだろうか。ヘリの飛行ルートから考えると旧大阪市街地のどこかだとは思うのだが……。


 落とされた時、これで死ぬのだと思った。しかし、死んではいない、あちこち打撲しており、痛みはあるが、骨が折れたり、臓器が破裂したりしている様子はない。何かの力がタケルを守ってくれたようだ。


 仲間のみんなは、それにミキ(美橘)はどこにいるのだろう。無事だろうか。撃墜された時、ヘリはかなりの速度を出していたし、高度もかなりあった。だから、広い範囲に散らばって落ちたかもしれない。タケルは心の触手を伸ばしてみるが何も反応がない。もっとも一人になった時の心の到達距離は大声で呼んで届く距離と変わらない、反応がないことで心配しすぎる必要はない、とタケルは自分に言い聞かせる。とにかく探さなくては。


 ゆっくりと立ち上がってみる、全身が痛いが、だいぶましになってきたようだ。あたりには破壊された街並みが広がっている。壁が半分崩れガラスのない窓が暗い穴となったビルディング、転倒して焼け焦げた自動車、折れた電柱から垂れ下がっている切れた電線。喉がとても乾いた。タケルは、ねじ曲がったH形鋼にたまっていた水を手ですくって飲む。透明で清潔そうな水に見えたが、錆の味がした。


 周りの様子を確かめるために、近くの倒壊したビルに登ってみる。元は高層マンションだったようだが5、6階付近でぽっきりと折れて上層階は道路に横たわっている。折れたところまで外付けの非常階段が残っていた。階段を登っていくと、途中の壁に大きな穴が開いているところがあった。中を見るとひっくり返った机や本棚に混じって、大きなサメや黄色いネズミのぬいぐるみが転がっていた。子供部屋だったのだろうか。


 階段を登れるところまで登って、あたりを見渡す。周りは壊れたビルディングと瓦礫で埋め尽くされている。ところどころに、まだ崩れていない建物も残っている。西の方では、ビルの間の道路が水没している。海水面が以前より10数メートル上昇して、低い土地には海水が押し寄せているのだ。廃墟をよく見ると南北方向に新しい墜落痕らしきものを見つけた。おそらくタケルたちの乗っていたヘリが分解して散らばった跡だろう。このどこかに仲間も落下しているはずだ。タケルと同様に力に守られていたのなら、けっして死んではいない。まずはみんなを探したい。とくにミキが心配だ、ミキはタケルたちの要であり、守らなければならない大切な人だ。


 視界の隅に何か動くものがあった。とっさに非常階段を数歩下って外壁の陰に身をかがめて隠れる。そっと頭を出して覗いてみると、案の定、敵の索敵マシンであった。やや距離があるが、ダチョウ型マシンが3機いる。一列になって瓦礫の散乱する道路を、数歩歩いては立止まってあたりを見回しながらこちらに近づいてくる。


 ダチョウ型は二足歩行の索敵用マシンだ。攻撃力はたいしたことないが、足が速く、見つかるとすぐに応援を呼ぶ面倒なマシンである。撃墜したのに索敵マシンを投入してくるとは、敵もタケルたちの死亡を疑っているのだろう。どうしよう、このまま隠れてやり過ごすか。しかし、奴らのセンサはかなり強力だ。それにこの場所では見つかった時に逃げ場がない。一度、ここを降りて、隠れる場所を探した方がいいだろう。


 タケルには心を操る能力がある。人間であれば、相手を自分の思い通りに動かす事ができる。機械であっても心を持つものであれば、ある程度、操る事ができる。しかし、ダチョウ型のような意識レベルの低いマシンは難しい、まして3機一度には無理だ。


 急いで、しかし音を立てないように慎重に、階段を下りる。二階まで降りた時に、金属製の踏板が一段丸ごと外れた。錆びていたのか。とっさに手すりにつかまったので転倒は免れたが、落ちていく踏板が大きな音を立てた。マズイ。


 その場でタケルは固まった。ダチョウ型マシンが駆け寄ってくる足音が聞こえる。マシン達はタケルが登っている非常階段の下まで来ると、いきなり機銃を撃ってきた。機銃弾が金属製の階段に当たって派手な音を立てる。弾は階段の踏板に穴をあけて貫通してくる。


 タケルは階段を駆け上り、先ほどの壁の穴からマンション内に避難する。ダチョウ型マシンも階段を登ってくるようだ。このまま逃げても、逃げ切れないだろう。反撃しなくては。タケルは部屋の壁に背中を付けて、待ち構える。最初のダチョウ型がセンサのついた頭を伸ばして部屋の中を覗いてきた。タケルはダチョウ型の意識を探った。異質であり、あまり共感のできない意識だ。しかし、完全な人工意識ではなく、運動中枢には、本物のダチョウの脳から移植された運動制御アルゴリズムが使ってある。そこに命令を送り込む〈仲間を撃て〉。抵抗があったが、全力で念じると、ダチョウ型は向きを変えて、仲間に向けて機銃を撃ち始めた。上手くいったか。


 だが、そのマシンがためらいがちに数発撃ったところで、仲間からの反撃を受けた。ダチョウ型の頭部に機銃弾が命中して、頭が吹っ飛んだ。体にも弾を受けたようだ、何歩かダンスをするようなステップを踏んだあと、ダチョウ型は倒れた。


 後続のダチョウ型の意識も探ろうとしたが、警戒されてガードが上がっている上、タケルの力も今の能力使用から回復できていない。奥の部屋に逃げようと扉に取りつくが、数センチほどしか開かない。扉の向こうに障害物があって開くのを妨げているようだ。備え付けのクローゼットの鎧戸を開けて身を隠すが、見つかるのは時間の問題だ。これで詰みなのか。


 鎧戸の隙間からのぞくと、壁の穴からダチョウ型が部屋に入ってくるところだ。もう1機もすぐ後ろにいる。ダチョウ型の頭部が左右を見回して、あたりを走査している。頭の動きが止まり、光学センサのレンズが真っすぐタケルを見た。そして体の向きを変えて腹部にある機銃の銃口をゆっくりとタケルに向けてくる。

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