第49話 魔獣の波
魔獣の波
「ここがお墓だ」
この世界のお墓は、あまり見たこともなかったけれど、木でつくられた銘文のようなものが書かれたものだ。ボクのイメージでいえば卒塔婆に近いけれど、名前とその人となり、業績などが書かれた、いわば記念碑という形だ。
大体、埋葬場が北東になるのは、土葬なので暑い夏に匂いが人の暮らすところに流れるのを防ぐ目的。だから、お墓は最適地に密集しており、その辺りにいくつか朽ちかけた卒塔婆が立っていた。
ボクは未だに文字を読むのが苦手なので、アカミアに手伝ってもらって、そのいくつかの説明をうけた。
「魔獣と戦って、死んだ人が多いですね。魔獣が暮らす森と近いのだから、当然といえばそうでしょうけど……」
そのとき、ベスが語りだした。
「実は、私は本当の子供じゃないんだ。私の両親が早くに亡くなってね。それで引き取ってくれた。子供がいなかったからだが、スザンナが生まれ、私は村の外に出ていくことにした。居場所がなくなったからね。だから村の禁を破ったんだが、ファリスまで巻きこんだことが、村の人にとっては赦せないんだろうね」
「私は感謝しているよ。中学には通えなかったけれど、お嬢様のもとで、勉強もさせてもらっている。私はいずれ、この村に帰ってくるつもりだし……」
ファリスはそのつもりでも、村の人にとってはそう見えないはずだ。
そのとき、村人が「魔獣がでたぞーッ‼」と叫ぶ声が聞こえた。
お嬢様が駆けていくが、そのときには村人で退治を終えていた。ここではこういうことが多いため、自警団のような形が機能しているようだ。
「最近、魔獣の出現が多くないか……」
「またあれが近づいているのかも……」
村人たちがささやき合う。不安と、恐怖心の狭間にあった。
遠目でその様子を見ていたボクたちに、スザンナが近づく。「この村は、魔獣防衛の目的で、兵を常駐させたのが起源なのよ」
ベスのことをチラッとみて、スザンナはため息をつく。
「姉さんには、両親も細かいことを教えなかったのよ。要するに、私たちは生贄なんだって」
「生贄?」
「ここに兵士が常駐していれば、ここを狙うから魔獣が大きな町を襲わない。防衛という名の生贄、だから、この町から人が出ていくことは、村人にとって近畿とされたのよ」
「何で母さんたちは……」
「姉さんの両親は、〝魔獣の波〟と呼ばれる前回の大襲来のとき、犠牲になった。だから姉さんは、お役御免となった。姉さんが村を出ていくことに、村人たちも納得したの。でも、ファリスはちがった。だから私たちは、村人からみて裏切り者となってしまったのよ」
ボクもスザンナの話を聞いて、村人たちの態度に納得した。寿命で亡くなった彼女の祖母、それではお務めを終えていることにならない……村人たちからそう認識されているのだ。
だから、ファリスに冷たい。村から逃げ出した娘、と……。いくら彼女が戻るとしても、きっとそれでは許されない――。
「そうだとしても、街の人の態度は赦せませんね!」
お嬢様はそういって憤慨する。
「仕方ないさ。私も知らずにファリスを誘ってしまった。村の外の方が幸せになれると思ってね。でも、村人にとってそれは、裏切り者と認識された……」
「でも、ファリスさんの父親も魔獣に殺されたんですよね? だったら、もうファリスさんも……」
アカミアがそういうけれど、ベスは首を横にふる。
「村人は、魔獣が現れたらみんなで戦う。それが不文律なんだよ」
「でも、みんなで犠牲になる必要は……」
「ご先祖様がうけた指令を、後生大事に守って、こんな村にずっといるような連中だよ。理屈なんて通じないさ。ここにいいる連中が逃げ出せば、もっと多くの人間が犠牲になる。だから自分たちが捨て駒になることをずっと受け入れてきたんだ。その根性は並大抵じゃない」
「でも……」
アカミアもファリスを思うあまり、何とか擁護したいけれど、言葉がみつからないようだ。今、ファリスは母親と話をしており、ここにはいない。恐らく、村にもどるよう、説得しているはずだ。この村の人間は、魔獣と戦って死ぬことが役割だ。ファリスもこの村の人間として、死ぬことを求められている……。恐らく、この村をでるとき、母親が告げられなかったことを今、伝えているはずだった。
ボクが気になっているのは、魔獣の波と呼ばれるものだ。大体、こういう話がでると前フリになる。いわゆるお約束、というヤツだ。
そして、こういう嫌な予感は得てして当たるものだ。
「魔獣襲来……魔獣襲来……、魔獣の……波が来た!」
ボクらも外に出た。それは魔獣たちが、何かに追い立てられるように、この村に雪崩こんでくる姿だった。
そして、その背後には大きな魔獣がいた、あの魔獣に率いられているのか? それともあの巨大な魔獣から逃げているのか? 夜陰にまぎれてよくわからないけれど、大量の魔獣が一斉に村へとなだれ込んできた。
その魔獣の向かう先に、決然とヘラお嬢様が立ちふさがっていた。
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