ニンカツその二十二「狂乱の疫犬フレンジードッグ」
迷宮の階段は長い。
高い天井はもちろん、大森林や溶岩地帯、大海原を彷彿とさせる地底湖など、迷宮は広大な空間を内包しており、階層間の移動には不可解な点も多い。
「一説にはな、迷宮内の空間は歪められとって、階段や昇降機、落とし穴なんかも空間を歪めて繋がってるやとか」
終わりの見えない階段を、黙々と下るのは存外、精神を磨耗させる。
耐えきれず蘊蓄を披露しだしたサシャに、ベルガはちっと舌打ちした。
「無駄口叩くんじゃねえ。襲われるぞ」
「ベルガ。何を焦っている?」
「オレは冷静だ!」
思わずラピスを怒鳴りつけた反響が、大きく響いた。
「焦ってるだろう。訳を聞かせてくれ」
ザン・クにも尋ねられ、他の皆の視線にも耐えかねて。
「……ビフに、言っちまったんだよ。トップパーティらしいトコロを見せてみな。オレらより先に進んで見ろよって」
ビフがザン・クやトーヤに絡んで来るが煩わしく、つい口をついた悪態が。
「オレの安い挑発で、引き際を見誤る馬鹿じゃねえと思いたいけどよ。オレのせいかもって、どうしても気になって」
「そりゃあ不安になるわな」
「後味悪ぃって」
「気持ち分かるわー」
「ジェビさんは気にしないけどねん」
「それは人としてどうよ?」
「ジェビさん、ダークエルフだよん」
「ダークエルフもヒトだろ!?」
「ンヒヒヒヒ」
「笑っても誤魔化せないぞ! ともあれベルガ嬢、話してくれてありがとう。君の事情は解った。我々も助けになろう」
「お、おう。悪ぃ。心配させて」
「水臭いなあ。ウチら仲間やんか。落ち込んどったら笑わす。困っとったら助けるんが当たり前やろ、なあ!」
サシャに水を向けられたラピス、ツムギ、トーヤは照れくささに目を逸らす。
「その通りなんだが」
「明け透けに言われると」
「恥ずかしいなー」
「ノヒヒヒヒ。若い若い。若さ青さの露出プレイやなん」
「ジェビ! 君はどうしてそう、下品な言い方をする! 言葉を選んでくれ!」
「青春真っ只中、甘酸っぱい友情露出プレイ?」
「いかがわしさが倍増してるな! 僕も恥ずかしくなってきたぞ!」
「あーもう! いい加減にしてくれ! オレをダシにすんな!」
久方ぶりに大笑いして、一行はいつもの調子をようやく取り戻した。
足取りが軽くなり、気力がみなぎる。
程なく階段の先に、石造りの堅牢な扉が現れた。
ぴたりと閉じていて、向こう側の様子は伺えない。
「ようやく三階だな。開けるぞ」
「待てって。まだ焦ってんぞ」
扉の表面を調べた後、トーヤは耳を当て鋭敏な聴覚で室内の音を聞く。
「何も聞こえないぜ。恐らく安全」
「だが、誰が閉めたんだ? ラギたちはここを通って地上に向かったが、閉めたとは言ってない」
「そりゃあ気になるな。ラギたちが通った後で、扉を閉めたヤツがいるかも?」
「待ち伏せしてるかもねん。イヒヒヒ」
「とにかく開けよう。慎重にな」
戦士職の前衛二人が押すが、なかなか開かない。
「何かつっかえてる?」
「本気で押すぞ、いいな! ぬぉりゃあああああっ!」
--ずりっ、ずりりっ。
何かを引きずる音を立てて開く扉。
細い隙間を用心深く覗いたトーヤが、顔を反して唸った。
「ベルガ。ズタ袋を一つ使うぜ」
「死体か!? 誰の!?」
「ビフよりデカい鎧、ガストロだ」
無口な巨体の級友は、扉を塞ぐようにもたれて事切れていた。
顔には断末魔の苦痛と、やり遂げた笑みが張り付いていて。
「ラギ達を逃がそうと、扉を閉めたか」
「お前の死は報われたぜ。連れて帰るから安心して寝てろよ、ガストロ」
皆で丁重に祈りを捧げ、ズタ袋に入れて動かないよう縛る。
「……た……けて……だれ……か……」
「他にも居るぞ!」
「そこだ。宝箱の裏!」
解錠済み、蓋の開いた箱の影にうずくまる何者かを、ランタンで照らして。
「リエット、大丈夫だ。助けに来たぞ」
「あ、あ、あああ……」
右足の膝から下を失った軽戦士は、出血多量で蒼白な顔に微かな笑みを浮かべ、がくりと床に倒れた。
「おいっ! リエット嬢!」
「失神しただけだねん。でも血を失い過ぎてるよん。回復するけど、地上まで保つか断言できないん」
「最善を尽くしてくれ、ジェビ。ガストロはベルガが背負って、リエットは……」
「私が運ぶ。ザン・クとトーヤは身軽な方がいい」
応急処置を終えた軽戦士をラピスが抱き抱えると、更に奥へと前進する。
やはり直進すれば階段の間には近いが、救助のため捜索する必要もあった。
「階段の間に向かうか、捜索するか」
「あと七人か?」
「そうだ。十一人でパーティを組んだ」
「見つかってないのは騎士ビフ、テリーヌ、戦士のトゥイユと魔法使いのコンフィとナリア。錬金術士のムニエールに僧侶のポワレか。大所帯だな」
「しっ! この先、部屋の中から何か来る!」
扉のない広間から、勢いよく飛び出してくる数体の獣影。
--ガウッ! ワォオオオッ!
「狼か!?」
「マズいな、黄色い涎を垂らしてる。
迷宮を徘徊する怪物の大半は、気配を消して移動し、狩猟本能に従って不意打ちを狙う。
しかし興奮し、狂乱して騒々しく通路を駆け回り、目に付くや襲いかかる怪物もいる。
フレンジードッグは狂乱病に感染することで、並外れた獰猛さと怪力、俊敏さを獲得し、病をまき散らす。
更に厄介なのは、これが群れで襲ってくることだ。
「触れへんかったらええんやろ! ウチの出番や!
火と風の刺青を輝かせ、サシャが右手を突き出す。
殺到する狂乱犬の群れへと数条の紫電が走った直後、その空間の前後中央へ三本の落雷が轟いた。
--ガガガッ! ドォンンッッ!!
--ギャウウウウンンッッ!!
直撃、あるいは至近距離で炸裂した豪雷に焼かれ、黒こげになり倒れる猛犬。
--ガ、ガゥウウ……。
体の半分が炭化し、骨が見える状態でも狂乱し、なおも牙を剥いた数頭は。
ザン・クが返り血を浴びぬ華麗な剣舞で斬り捨てた。
だがおぞましくも、飛び散った黄色混じりの汚血が小さく波打ち、ザン・クにじわりと這い寄ろうとする!
「皆、下がれ! 憤怒の獄炎よ! 地の底より出でて万物を焼き尽くせ! 大罪焼却の炎! イラ・インキネラーティオ!」
ラピスが両手も使わず、呪文だけで魔法陣を構築、火炎で血を焼き払った。
「ゴホッ! 何だよ、今のは!」
「ゲヒッ、まるでスライムか粘菌かなん? フレンジードッグの正体は、粘菌に寄生されたのかも知れないねん」
危うく酸欠になりかけ、立ち込める異臭に咳き込む一行。
「とっておきの呪文を使ってもうた」
「私もだ。やはり両手が塞がっていると、魔力の浪費が激しいな」
「だがオレがぶった切ってたら、あの汚ねえ血を浴びてたぜ」
「ツムギの怪物知識が役立ったな。流石は錬金術士の博学スキルだ」
「おっと、死骸を踏むなよ。粘菌が生焼けかも」
「厄介なヤツだな。これは」
「さっきの話だが、先に階段の間に行かないか? そこで安全が確保できるならリエットとガストロを置いて、周辺を探索できる」
「オレもツムギに賛成。ベルガとラピスが全力出せないのは怖いぜ」
「うむ、万全を期すべきだな! となれば向かうはフレンジードッグが出てきた部屋なのだが……」
--ざり、ずりっ、ざりり。
「まだなんかおるやん!」
「サシャ撃つな! やべーぞ、こりゃ」
「だねん。最悪の相手だよん」
広間の奥から脚を引きずり、迫り来る数体の人影は。
黄色い涎を垂らし、一年二組の制服、校章を身につけた級友達だった。
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