ニンカツその二十一「警句と焦燥」
――ガコォン!
エレベータが止まり、フレイムライガーに待ち伏せされた部屋へと到着した。
「トーヤ。何かいるか?」
「いや、居ない。だが痕跡はあるぜ。ラギたちが戻ってきた痕だ」
「ここは中層の二階だ。敵は極力避け、ラギの地図通り四階へ急ぐぞ!」
「早よ助けたらんとなあ」
「ズタ袋を使わなけりゃ良いがよ」
ベルガの
いわゆる死体袋だが縁起が悪いのと、財宝を入れるにも重宝するので皆、ずだ袋と呼んでいた。
ゴツゴツした岩壁の通路を進む一向、前衛はザン・クとベルガ、その間にランタンを持つトーヤだ。
ツムギ、サシャ、ジェビが続くが、ツムギは密かに糸を伸ばし、トーヤと繋がった。
(トーヤ、冷静になれよ)
(分かってる。オレは忍者だぜ。ナリアは必ず助けるさ)
(気負うなって言ってるんだ。とっくに手遅れかも知れないんだぞ)
(手遅れ……いいや、間に合うさ! 間に合わせてみせる! オレは!)
言い切り、トーヤは糸を切った。
ツムギは垂れた糸を指に巻き、マズいな、と心中で呟く。
幼少期から忍務に従事させられたトーヤの戦歴は、同世代の平均を超える。
(残酷な現実も非情な判断も、オレより何倍も経験しただろうに、甘いよな)
直情型の性格に加え、生来惚れっぽい所もあり、何より甲賀忍軍のしがらみから解放されたのが大きい。
(抱いた女を見捨てられないのは、お前らしいよ。でもそれは危ういんだ)
『迷宮で最も恐ろしい罠は情』
酒場で、閨で、迷宮の片隅で。
冒険者たちが悔恨に胸を焼きながら、呻くように呟く警句だ。
ナリアは《オレたち》が命を助け、実験台にし、弟子にとって抱いた女。
トーヤが入れ込むのも無理はないが、しかしツムギは敢えてその感情を拒む。
(オレはナリアとお前のどちらかを選ぶなら、迷わずお前だ。だがその時は《オレたち》で居られないだろうな)
「手がふるえてるねえ、ツムギんは。怖いのかなん?」
「……ジェビ? 聞いていたのか?」
もしかすると口にしていたかも知れないと疑い、いや底知れぬジェビなら心を読むかもと邪推したツムギに。
「何も聞いてないねん。でも見れば分かるよんジェビさんは。手も冷たいねん」
そっと重ねられたジェビの手の柔らかさ、ほのかな温かさに、ツムギの心がふと安らいだその時。
――ズン! ズン!
「なんだ?」
「怪物の足音だ。かなり重いヤツだな。明かりを隠せ。オレが確かめてくる」
皆に囁き、ランタンのシャッターを閉めてツムギに渡すと、トーヤは闇に包まれた通路の先へ足音を消して向かう。
その後ろ姿に声を掛けかけて、ツムギは口元を押さえた。
(動揺してるのはオレの方か。全く)
数分後、怪物の声は遠ざかっていき、盗賊も無事、戻って来る。
「大丈夫だ。若い
中層に出没する牛ほどの陸ガメで、籠状の甲羅に怪物を乗せ、移動力と甲羅の装甲を提供し、共生するのが特徴だ。
背中が空なら壁の苔やツタなどの雑草、キノコなどを食う草食性で、さほど脅威ではない。
しかし小屋ほどの大きさの
「空車の今が倒し時なんやけどなあ。しゃあないわ」
「金より仲間の命だ。三階への階段はそう遠くない。探索しなければすぐだぞ」
「ラギの地図と証言に寄れば、ビフのパーティは入念に付近を探索し、既知区画を広げて行ったらしい」
「ならば、この付近の掃討済みだな! 他から怪物が流れてくる前に行ける!」
「ンヒヒヒ。有り難いねん。寄り道厳禁。守護者が復活してないといいねん」
「斧を振るうのは三階から下だな」
小声で相談しつつ、急ぎ歩を進める一向。しかし隊列は崩さず、トーヤの斥候に油断なく従って行く。
『半日たてば別迷宮』
新米冒険者を戒める、有名な警句だ。
いつ何時、新たな怪物が現れるか、違う場所に罠が設置されるか、宝箱の中身も毎回変わり、通路や部屋の位置も。
迷宮は自然の洞窟、人間が掘削した坑道や地下道ではなく、魔界の魔王が侵略のために魔法で建造した、変幻自在の戦略拠点なのだ。
「よし、この曲がり角の先が三階行きの階段だ。守護者は……
地図を見ていたツムギが、うぇと舌を出した。
以前、ビブが誇らしげに言っていたドリルリザードの上位種である。
フレイムライガーの倍の巨躯に二本の回転角、単純な攻撃力と防御力では焔鬣の獅子を上回る難敵だ。
「ビフたちは奇襲に成功、被害なく倒して休憩、三階に向かったそうだ」
「そりゃあ上手くやったな」
奇襲するのは、怪物だけではない。
冒険者も怪物の不意をつき、息の根を止めていく。
それを運の一言で片付けるのは不見識と、学院出身の冒険者は語る。
怪物に気づかれずに接近し、奇襲を成功させるには、不意の遭遇に備えた用心深さと冷静沈着な判断力、一糸乱れぬ統率が必要だ。
騒々しく歩き、不用意な一歩を踏み出すような愚か者は、容易く怪物の餌食になり、骸を晒すことも無く消失する。
迷宮において死よりも恐ろしいのは、行方不明になること。
どこで死んだか分かれば、捜索できる。死体回収を請け負う者もいる。
そして遺体や遺品が欠片でも見つかれば蘇生の可能性があり、失敗しても鎮魂の祈りが捧げられて、遺族や友人の心を慰めるだろう。
そうして故人を悼み、死を受け入れることができるのだ。
しかし行方分からず手がかりも無ければ蘇生も出来ず、僅かな生存の望みはやがて、生者の心を蝕む悪夢と変わる。
盗賊の最も重要な役割は、扉や宝箱の解錠でも、罠の発見解除でもない。
何があっても逃げ延びて、助けを呼ぶことなのだ。
ともあれ一向が階段の間に踏み入ると、床一面に血の跡が残る修羅場だった。
「ツインドリルリザードの血か?」
「解体現場だねん。素材がっぽがっぽで羨ましいねん、ジェビさんは」
「隅にたき火とテントを三つ張った痕跡がある。血だまりを避けて、身を寄せて寝てたな」
「まだ復活してへん。ツイてるわ」
「守護者の復活は、タイミングが読めないからなー」
倒されてすぐ復活とはならず、蘇生や転送魔法陣の準備が整わなければ、階段の間は空いたままだ。
別の怪物を送り込んでくる場合もあるので、油断は禁物だが。
「帰りに復活しているかもしれん。用心しなければな」
「なら今のうちだ。さっさと階段を降りるぞ。グズグズすんな!」
短気に言い放ち、髭の三つ編みを激しく揺らすベルガがトーヤを引っ張り、階段を下り始める。
「階段の途中で襲われた者もいるのだ。拙速は身を滅ぼすぞ、ベルガ嬢」
「分かってらあ、んなコトは!」
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