ニンカツその十二「羽化登仙。《オレたち》のくノ一」

【――『忍法・羽化登嬋』を伝授中】

 異世界転移時に得た百万もの経験値が、新たな技能スキルへ変換されていく。

 通常、技能スキル職業クラスのレベルアップ時に条件を満たしていれば習得する。

 職業に適した技能を身につけ、能力も上昇していくのだ。

 同時に職業の制限を受けない自由枠として、技能経験値スキルポイントも獲得する。

 職業以外の技能を習得しても良いし、習得済みの技能の成長に使っても良く、使い勝手の良いポイントだ。

 更に経験値も、技能経験値に変換する事ができた。

 職業のレベルアップは実力を総合的に引き上げて無駄も少ないが、早々に技能習得と効果向上を優先するのも、選択肢としてはありだろう。

 だが《オレたち》は戸惑っていた。

 見ず知らずの少女のために、膨大な経験値を消費する必要はないからだ。

 確かに『羽化登嬋』は今後も役立つ。

 だがナリアにくノ一の適正があるか分からず、失敗すれば消費した経験値が無駄になる。

 しかも《オレたち》には、ナリアを助ける義理も必要もないのだ。

「なぜ助けたい?」「分からない」

「同級生だから?」「友達じゃない」

「正義のため?」「正義じゃない」

「憐れみから?」「少しは。でも違う」

 トーヤとツムギは忍者だ。

 憐憫の情は棄てるよう、教育されている。洗脳といってもいい。

「うぁう、あぅ、あああ、ああ~」

 再び合体した《オレたち》の周りを旋回する巻物に、手を伸ばすナリア。

 正常な思考はもはや感じられず、表情も虚ろだ。

 それでも《オレたち》は、壊れた人形を見る程度の感傷しか感じない。

 むしろ自問する理由は、葛藤し、怒りを覚える根源は――。

「否定されたんだ」「無敵の《オレたち》が」

「救えず」「なにも出来ず」

「置き去りにした」「あの人たちを」

「「《オレたち》は敗けたんだ!!」」

「だからこの娘は」「助けたい」

「「無力じゃないと証明するために」」

【ーー伝授完了。『忍法・羽化登嬋』を使用します。対象を選択して下さい】

「ナリアを」「例え適正がなくても」

「くノ一にしてみせる」「必ず助ける」

「「《オレたち》は! 何でもできるんだ!!」」

「えう?」

 何も分からず見上げるナリアの、三つ編みが解れかけた桜色の髪に手を置いて。

「灯夜。彼女は了解していない」「だが拒んでないよ、紬」

「彼女は《オレたち》と同じだ。アイツらに改造された《オレたち》と」

「そうだな。これは実験だ。《オレたち》もアイツらと同じ事をしてる。でも、さ」

「灯夜」

 瞬間、《オレたち》の姿がぶれる。一つが二つに、心が離れる。

「救おうぜ」

「灯夜!」

「そして彼女の望みを叶えよう。《オレたち》みたいにならないように」

「……灯夜、お前は」

「オレに力を貸して、紬」

「……ああ、いつでも力を貸すさ。相棒だもんな」

 白い左手が、赤い肩を抱いた。赤い手をその上に重ねて、再び一つに。

「「忍法・羽化登嬗! 目覚めよ、汝は心に刃を持つ者!」」

「ふぁっ!?」

 《オレたち》の手を等して、頭頂部の百会の経絡から流れ込むエネルギー

 《オレたち》の経験値が忍法の術理に変換され、不可視の触手となり、

 忍者の適正があれば、膨大な気を受け止める器を為し、くノ一へと転じていくはずだが。

「あっあっあっあっ! あ~~~~~~~~っ! あ~~~~~~~~っ!」

 注ぎ込む気脈の触手が、ナリアの体の中を精緻に探り、変えようと蠢く。

 だが、彼女の躯は受け入れない。変化を拒絶し、崩壊していく計画的細胞死アポトーシス

 中毒症状が再発し、激しく暴れる心臓を抉り出そうと爪を立て、異常な怪力で制服を千切り飛ばす。

「ああああっ!! あがぁっ! んぎぃいいいーーーっ!!」

 豊満な乳房がまろび出て、切り裂かれた柔肌から鮮血が飛び散った。

 新雪のように真っ白で、大きくて柔らかく、抱きついてもみくちゃにしたい。

 そんな目を奪われる美しさが傷つき損なわれているのが、あまりに理不尽に思えて。

「「何者もその姿を見ること能わず、その名も知らず。天魔を恐れず功を為せ」」

 だが《オレたち》は動じない。我が身を揺るがぬ鋼と化し、我が心を震えぬ空とする。

 死に抗うのが――忍の本能さだめ

 適正のあるなしや如何に――そんなものに屈するものか! 《オレたち》が!

「「臨兵闘者皆陣列在……前っ!!」」

【術理への介入を確認――術者に逆流を感知。重大な心身損傷を警告します。危険。危険。危険】

「ひぎっ! いぎぃっ! ぎあああっ! あ~~~~~っ!!」

 ナリアが内在する魔力が暴発し、放射された衝撃派が制服を吹き飛ばし、《オレたち》をも切り刻む。

 仰け反り、跳ね回る少女の裸体を右手で押さえつけ、左手で本能の示すまま印を結び。

「ナリアがくノ一に」「なるかなれないか」

「「決めるのは忍法オマエじゃない! 《オレたち》だ!!」」

「「変われぇぇええええええっっっ!!!!」」

 絶叫と共に、頑なな『術理』を捕らえ、捻じ伏せ、書き換える!!

 知識と閃きは紬、強い意志は灯夜。二人だから成し遂げられる。

 彼女が望む『運命』に!

【術理修正――成功。対象が転職クラスチェンジします】

「あっあっあっ! ああ~~~っっ!! あ~~~~~~~っっ!!」

 宙空で身を捩るナリアが上げたのは、歓喜の声。

 その身を蝕む死毒に打ち勝ち、《オレたち》が注ぐ新たな力と生命の息吹を、全身で受け止めて。

 彼女は変わる。

 闇を駆ける美しき忍び、くノ一へと!

「んんんんっ! んぅ~~っ! ああんっ! んふ、あはぁっ!」

 十数年分の鍛錬を経た忍者の肉体へと、細胞が強化されていく。

 循環器系、消化器系、神経系、筋組織、骨格。

 あらゆる臓器が、流れる血が、虹色の輝きを放ち、気力魔力に満ち満ちて傷を癒やし。

 あどけなさの残る少女から、艶やかで華やかで力強いくノ一へと生まれ変わる。

「はぁああああっ! あっ! あっ! ああ~~~~~~~~~っ!」

 正に羽化登仙。

 めくるめく快感に感極まり、忘我の声をあげて裸体をピンと反らしながら。

 ナリアは《オレたち》のくノ一になった。

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