第四節 第一目標
ガンビアの青い空、土壁の村役場、埃が薄く積もった新品の忌避用品、瘦せた手首に青い飾り。
何度も見た光景、同じ悪夢、同じ結末。
硬直した手が握りしめてるのはJEPRのテキスト、撫でても撫でても顔に集るハエ、涙でゆがむ視界。そして最後に私は言う、「ゴメンね――」
私がバカだから。
「――さん、長谷部さん。そろそろ起きよう。うなされてたよ、根詰めて働きすぎじゃない?」
「……あ、ごめんなさい。もう時間ですか?」
「いや、あと五分。他の二人はまだ来てないよ」
はぁ、最近またよく見るようになったな。
あの夢のあとは呼吸するのもイヤになる。昨夜もショウに言い過ぎたし、結構参ってるのかな。
ショウにどう謝ろうか文面を考えてた時、ログイン音が連続して鳴って杉尾君と先生がオンライン会議に入ってきた。
『始めましょう。まず音声と画像の確認を』
「音声は全員問題ありませんが、杉尾くんの顔が固まってます」
『私のも同じよ、やはり少し回線が弱いわね』
セイリュウ関連の情報も研究所に集約されるようになったから覚悟はしていたけど、昨日から突然公安が情報管理徹底の下に介入してきて、あらゆる通信は認可された回線によってのみ行われることになった。私なんかはセイリュウ関連にどっぷり首を突っ込んでる要注意人物だし、落ち着くまで私用のスマホのやり取りも全部チェックされるらしい。気軽に恋人トークすらさせてもらえんとは流石公安、鬼畜の所業なり。
『えっと、ボクの報告は写真ぐらいで映像はないですから、とりあえず音声のみで参加しますよ』
「では始めましょう。先生、そちらはどうですか」
『総理は二時間後に電話会談があるから結論を急いでるけど、会議は紛糾してるわ。でも結局作戦を実行せざるを得ない状況は覆らない。我々は作戦ありきで動きます』
西側諸国、特にアメリカにとって日本は要所だ。
第三次衝突以降、中ロはギャオスの営巣地が国内に比較的少なかったことや領空内の利用可能な航路海路が多かったことが幸いして国際的な存在感を増した。
一方のアメリカは世界一の軍事力を武器にGet Back Worldキャンペーンを掲げて国内外でギャオスと派手にドンパチやったものの、消費に見合う成果は得られずじまい。おまけにお膝元で縮こまっていると思ってた日本に抜け駆けされる屈辱を味わった。
欧米にとって日本は『極東の楔』であると同時に、これ以上の増強を抑えるべき危険因子でもあるわけだ。
とはいえ、今すぐ軍事介入して核攻撃をさせるように強力に圧力をかけてくるかといえば、先生はそうはならないだろうと読んでる。
アメリカはガメラに、そしてフランスはギャオスコロニーに対して、それぞれ自国領土内で核兵器を使用した過去があって、この二つの出来事によって巨大生物への核攻撃のハードルは大きく下がった。とはいえ、生体を目標とした核攻撃はリスクが大きくて、作戦の結果に関わらず主導した側が受ける国内外の避難も無視できない。現在日本を取り巻く状況はまだ余裕がありすぎる。核は『最終兵器』であって、使用せざるを得ない最終状況になって初めて使うべきものなんだ。
それに、核の使用は核神話崩壊のリスクも伴う。
核兵器は過去二度人間に対して使用されて、その後更に進化して威力を増したから、人類は最新鋭の核兵器の威力を知らない。核は未知で、絶望で、希望だ。そしてその恐怖は、真価を見せていないからこそ増幅されて国家間の緊張関係を作り出している。核を使用するということは、底知れぬ恐怖の実体を見せてしまうリスクを伴ってるわけだ。
アメリカは一度ガメラに対して核兵器を使って、得られた五日間の活動停止を「勝利」と強調したけど、結局ガメラを駆除することはできなかった。
もし今回も核兵器でガメラが駆除できなかったとしたら、それは世界に核兵器の「限界」を見せてしまうことなる。それは資産的な打撃以上に、世界の精神的な動揺に繋がってしまう。核兵器とは人類の英知の結晶、『最終兵器』であって、核使用後は『核の問題』だけが残留しなくちゃいけない。核兵器でも決着できない問題を受け入れる素地は、この世界にはまだ無いから。
『作戦の目的は南会津から男体山周辺に潜伏するセイリュウ駆除及びガメラ排除。方法は陸海空の同時攻撃。ガメラとセイリュウ衝突後はガメラを支援し、必要であれば戦闘後に損耗したガメラを誘導して駆除または排除となります』
「先生、ガメラとセイリュウの衝突までの過程が不確定ではありませんか。ガメラがセイリュウとギャオスに対する敵意から太平洋沖に駐留している可能性は高いですが、自衛隊が空爆を行ったからといって加勢してくれる確証はありません」
『アメリカがネバダでガメラに核攻撃をした際も、殺処分されたギャオスを化石燃料で燃焼させ、同時にギャオスの戦闘時の音声を増幅することで誘導に成功したわ。今回の作戦では米国側から衝突を促す方策について助言を求めるようだし、それに恐らく前回の作戦の影響で戦闘相とGH相が発生しつつあるわ。まだ飛行能力は十分でないけれど、戦闘力は格段に高いし、ガメラが優先的に戦闘力の高いギャオスを標的とすることは統計的に明らかよ』
ガメラ頼みが過ぎる気がするけど、今までの日本のやり方もこれに近いものだったしな。
『作戦の細かい部分はここで議論するものではないわ、大筋は今言った通りで、あとはこちらで。杉尾君の方は?』
『えー、まず前提として死体の状態が非常に悪くて、一応解剖っていう体でしたけど、並べた肉片や臓器を見てあーだこうだ言う感じでした。得た情報もIZ個体とのデータ比較で類推したのが殆どになります。まずセイリュウですが、胃の内容物からギャオスを常食としているのはほぼ確実です』
「ギャオスは家畜みたいなもんなのか」
『副所長のおっしゃる通りで、片利共生というより高度な支配というか催眠みたいなものをイメージしてもらう方がいいそうです。あとは、えっと、IZと今回の三体は生殖器の形状から雄と思われるんですが、生殖器が体外に突出しないそうです』
『それは性的に未成熟だということかしら?』
『性成熟してるかどうかはわかりませんけど、恐らく構造的に突出できないみたいです。でも教授の見立てだと、精巣などから見て生殖できてもおかしくないだろう、みたいなことはおっしゃってました』
画面の向こうで、先生が眉間にしわを寄せながら椅子にもたれかかった。もし増殖するなら、雌の発見と生殖までのサイクルを解き明かさないと根絶するのは不可能だ。
「主任、それより耳に入れたいことが」
杉尾君の報告もあらかた終わったところで副主任が切り出した。杉尾君にはデータで後で送るとして、まずはこっちの発見を先生に報告して臨時会議に反映させないと。
共有画面に出したのは南会津から男体山までのギャオスのGPSアニメーションだ。
色分けとかは相変わらず手入力する必要があるけど、セイリュウが誘導するギャオスの軌道パターンが数式化できたから、誘導されるギャオスの頭数が少なくてもセイリュウの位置特定の精度が上がったのは、ここ数日の大きな進歩だと思う。
「今作戦でのエリア内に確認したのは七体、依然頭数に変化はない」
『前回のような見逃しは許されない、我々の首が飛ぶだけじゃすまないわ。リアルタイムでエリア周辺を可能な限り捜索して』
「それも無論だが、もっと重要かもしれないんだ。長谷部さん、次の映像」
アニメーションには色分けされた七つの渦が描かれていたけど、その中の一つ、男体山中腹に中心を置く渦にフォーカスする。
「我々が今まで得たデータでは、誘導されているギャオスの飛行範囲はセイリュウを中心に常に円形を描き、その半径はある程度ばらつきはあるものの半径の最長はせいぜい一キロほど。そしていわきでの三体の密集した動きのパターンから、誘導されたギャオスの飛行範囲は他のセイリュウにとって常に不可侵領域だと、これまでは考えていたんだがね」
アニメーションのギャオスが色分けされる。男体山中腹を中心とするギャオスは紫の表示。紫のギャオスは、山を覆いつくしてもまだ足りないような範囲に広がっていた。
『……これが全て男体山の中腹の一体による誘導なの?』
「数式は当てはまる。誘導範囲は観測できているだけで半径十キロ、しかも不可侵どころか、他の六体のセイリュウは全てこの一体の誘導範囲内に居る。主任、この個体は他とは違う。航空と衛星から写真提供を大至急交渉してくれ。場合によってはコイツが第一目標だ」
先生の表情はさらに険しくなって、もう何もしゃべらなくなった。
ブザーが鳴ると、先生と杉尾君に続いて私と副主任もオフラインにした。会議室のモニターには先ほどの色分けされたアニメーションだけが表示されて、紫の光がゆっくりと山の周りを回り続ける。
「長谷部さん。コイツ、なんだろう」
私は何も答えられなくて、紫の渦の中心、何も映っていない黒い空間に目を凝らすしかなかった。
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