最後の希望 ガメラ

木辺太文

開幕

 お足元の悪い中よくぞいらっしゃいました。サァサ、先ずはおかけ下さいな。皆さまお揃いでございますわ。


 今宵の物語、舞台は日本……と申しましても、皆さまご存知の世界とは少し様子が違ぅございます。一九九五年に起きた巨大な『亀裂』を境に、皆さま方との世界から引き離され、別の運命を歩み始めた世界でございます。

 ですから今宵の物語、皆さまの御耳には空想科学や寓話の如くに入るでしょう。


 開幕の前に『亀裂』についてお話いたします故、暫しお付き合いくださいませ。


 『亀裂』は、東京で起きた大怪獣同士の衝突でございました。

 

 現れた怪獣、一方を『ギャオス』と申します。

 姿かたちは太古に生きた翼竜の如き。赤黒い翼で空を飛び、鋭き牙で人肉を食み、喉笛から吐く超音波メスに切れぬものはございません。

 旺盛な繁殖力と食欲に任せ九州から瞬く間に勢力を拡げると、共喰いで力を集約した一体が東京へ飛来。強大な力の前に人々はただ狼狽えるばかり。


 ただ、無欠に思えた彼女らにも敵がありました。お天道様の眼差しと、『怪獣ガメラ』でございます。


 『ガメラ』は身の丈八〇メートル、ちょうど皆さまの世界のカメのような姿。吐き出す火球は街を焼き、太い脚は地を抉り、背負う甲羅は無類の堅さ、そしてジェット機動による超音速飛行。力と速さは現代兵器のそれを遥かに凌駕し、自衛隊の制止を物ともせず、東京に猛進してまいりました。


 災難?ええ、確かに東京は災難でした。街が潰れ、人が死にました。

 でもそれ以上に、彼らは幸福でございました。ガメラは『獣』でありながら、守護の炎を心に燃やす正義の『物の怪』であったのです。


 真意は判りかねますが、ガメラは人の盾となり、ギャオスを屠り東京を護りました。そしてその後も幾度となく、その身を削り敵から人を護り続けたのでございます。自らの代わりに血を流すガメラを彼らは敬い、守護神と崇める者もありました。


 しかし、衆寡敵せずがこの世の常。

 ギャオスは砂漠・ツンドラ・氷雪・高山・亜寒帯を除く世界中に分布を広げ、数の力で人間社会を圧倒し始めました。


 山が草原が人家が、戦火に飲まれました。

 生者は昼に食い物をかき集め、夜は死者を差し置いて、掘った墓穴で震える日々。月明りの下、同胞を啄むギャオスをカビ臭い穴倉から睨みながら皆一心に誓ったのでございます。

 再び地上の覇権を奪還する、と。

 

 血の雨を降らすような総力戦が、三年ほど続きました。

 人間はその英知と財を弾に込め、始めギャオスに、やがてはガメラに照準を向けるようになりました。自然界の頂点たるべき人間にとって、ガメラの庇護あっての勝利などもってのほか、寧ろガメラは屈服さすべき一匹の野獣であったのです。ガメラはやがて、人を護ろうとギャオスの大群と交戦しては、ギャオスもろとも背後をミサイルで爆撃され、戦闘が終われば腫物のように公海に追い払われるようになりました。


 そして、無限に続くかと思われた戦は、ある日本の研究家が放った予言をきっかけに、あっけない幕切れを迎えます。

 巨大化と凶暴化が止んだギャオスは、小さく弱く超音波メスも失った、クマほどの大きさの『害鳥』と化しました。害鳥は世界各地の森林や山間部に生息域を移し、人間が追いつめ取り囲んだエリアの中で息を潜めるようになります。

 そしてガメラは、ギャオスという仇敵が見えなくなると人間の前から姿を消し、始め称えられ罵られ、やがて地球規模の爆発的な復興景気の喧騒の中に、その記憶は戦争の痛みごとかき消されていくのでした。



 そして時は二〇三〇年の夏。

 粘り気ある平和が充満し、あえて追おうとしなければ、死の匂いなど捉えらぬ世界。

 

 今宵の主人公は、その最中に起きる禍乱をゆく三人の若き勇者たち。

 彼らが迷い騙されながらも駆ける軌跡は、正義と戦争の物語。

 彼らの五感が紡ぐ言葉は、物言わぬ怪獣たちの物語。

 

 それでは皆さまお待ちかね、物語の開幕にございます。

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