0270:成仏

ガアアアアア


 繰り出す骨、死霊が尽く消されていく。跡形も無く消えて行く。さすがにここまで手応えが無いのは理解が出来ないのかもしれない。というか、こいつ……なんのために戦ってるんだ……。


「消えろ。生きている者たちの邪魔をするな。足かせにしかなっていないことに、まだ気がついてないのか」


 ああ、もう、こいつは人では無く……タダの魔物、害のある異物なのだな……。


「癒して……やる」


 無造作に近づく。俺の周囲を守っている結界が、ヤツの靄を的確に晴らしていく。大きな濁流の様な悪意が……渦巻いているのが見える。手をかざす。


「成仏せいやーーーーーーー!」


 ぐわっと俺の手が……大きくなるかのような錯覚。魔力がガクンと減ったのが判った。シールゲレニハ、だった物の動きが止まった。うん。中から。


 というか……あ。つい……なんか聞いたことのあるセリフを……言ってしまった。恥ずかしい……。仏はいないよな? この世界。うん。


どぷん……


 と、中から、何かがあふれ出す。光が漏れる。ひび割れ。歪み。消え落ちる……残骸。文字通り……残骸となった黒い何かに、丁寧に癒しの術を掛けていく。かなりしつこい。しつこい汚れに……っていうCMなんかよりも遙かにしつこい。生き汚い……。しがみつくな。お前はこの世界の汚れ以下になっていたのだから。


 この世界は……いま、現実に生きている者たちの物だ。何の目的も無く、汚染を広げて良いわけが無い。それにしても……この汚れは何だろうか。死に関する穢れ。汚れ。それがこんな明確に残ってしまう。怨念とか意識の残滓。生前……強者であり、力の強かった者は尽く、こうなる可能性があるということだろうか? 面倒くさいな……。


 今回は元が死霊術士で……さらにハイノルドで。俺はなんていうか、眼中になかったからこそ余裕で勝てたんだろうけど……。


「ふう……さすがに……魔力もヤバイが……精神というか、体力も消費してる気がする」


「お館様!」


 凄まじいスピードで、ミアリアが戻ってきた。すっかり復活したらしい。


「もう、平気?」


「はい、一切……消え去りました。上は……少々被害が出ているようですけど」


「ぬ」


「ああ、単純に死霊化して強くなったハイノルドに超強力な威圧を受けた様なもんじゃからな。さらにあの深層を揺り動かす精神攻撃じゃ。この集落のノルドは尽く、意識を失っておるじゃろ。多分しばらくは目覚めんが。起こす者がおれば、それほど被害は出んだろう」


 オーベさんも降りてきた。まだ辛そうだ。上で座っていればいいのに。ヤツがいた辺り。そこにまだ「生きている」魔術紋が浮かんでいる。


「二人は大丈夫なんですか?」


「多分じゃが……既に我々は……種族がノルドでは無いからな。その影響じゃろう」


「モリヤ……ステキな種族です」


 ミアリア……。


「多分、モリヤという種族は、ノルド、ハイノルドの若干上位になるのだろう。枠が違うというか。元々、ハイノルドという種族特性は全て残ったままで、階段を登った感覚があったからな」


 なんか恥ずかしい。いやでも、オーベさんの方が……なんか、辛そう?


「ハイノルドであるオーベさんの方が受けたダメージが大きい?」


「新種族に成りきれていないのだろうな……致してからミアリアよりも時間が経過していないのと……前種族の力が大きいほど、種族変更後の影響が大きいかもしれん」


 致してって……そんな、そうだけど。


 それにしても地上は全滅か。まあ、死ななかっただけ良いんだろうね。基本的に、この世界だと意識を失う=死みたいな感覚なのだ。まあね。敵前で気絶したら……そりゃね。殺されるだけだしね。


 魔術紋は封印する者が滅んでも、未だに稼働していた。


「これは……」


「これは凄いな……結界の魔道具……じゃが……死霊術の真祖を押さえ込むように、強化されているようだ。こんな術式は初めて見る。しかも……魔力消費量も凄まじいぞ……これは。ハイノルドが三人がかりで、命を落とすのも理解出来る……」


「なにそれ怖い」


「ああ、その上魔力が切れかけている……。ギリギリ……だったのか。アレが……世に解き放たれていたら……やばかったな。ノルドは気を失い、死ぬ者は少ないかもしれないが、魔力が少なめの……ヒーム辺りは確実に死亡、しかも死霊化で配下になっていただろう」


「そんなにですか」


「そんな相手をお館様は瞬殺で!」


「まあ、たまたま相性が良かっただけじゃ無いのかなぁ?」


「……そんなハズがないじゃろ……確かに、ノルドの天敵の様な相手だったが……脅威でいえば尋常ではなかったのだぞ? 我々も新種族になっていなかったら、確実に意識を失っていた」


「運が良かった?」


「運が良いだけで倒せるとは思えん」


「じゃあ、なんで、俺が倒せたんです?」


「知らん! 研究させろ」


「やですよねー」


 しゃべりながらも……オーベさんが魔道具に手をかざす。多分スイッチをオフにしたのだと思う。起動していた何かが……静まった。気がした。平たい……鉱物製の板? かな。何か描いてあるような気もする。

 

「こいつは……持っていった方がいいじゃろうな。下手に知識の無いヤツが魔力を注ぐと、死ぬまで吸われかねん。その力故に安易にも使えんしな。しかし……余裕が無かったのだろう……誰にでも「使える」様になっている。置いておくのは危険じゃな」


 判りましたと、俺が収納に収めた。





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