0252:問題
「それほどなのか?」
「それほどみたいです」
「いや、いや、そんなバカな。さすがに、酒くらいで集落を移動してくる……ということはないのではないか?」
「ガギルの武器職人は昔、世話になったことがあるが。確かに、常にエールを飲んでいた記憶があるな」
イリス様とファランさんにその話をしても、まあ、当然そんな反応である。俺もね、ドガルのあの真剣な申し出がなかったら、こんな風にマジメに相談してなかったと思うし。
「ガギル族は全員、給与賃金の一部をこの新酒でもらいたいと?」
「ええ。三食食わせてくれて、この新酒さえ飲めるのなら、給料はいらないという意見も多数で。ちなみにドガル以外は全員が女性ですが、技術は確かだそうで」
「……」
「まあ、まあ。話半分だとしても。一つの鉱山、集落は大体、百人ちょいのガギルで構成され、あの周辺やこの国近辺に最低でも九つあるそうです。ですから、その約八分の一が「とんでもない酒好き」で、オベニスに来たいと言うことになれば。今居るドガルたちと合わせて二百近いガギル族。さらに、その半分くらいが一人前以上だとすれば、百の超一流鍛冶師がここで暮らす計算になります。ドガルたちは命を救われた恩がある……から無条件でここに来ましたが……うーん。そんな上手いこといくんでしょうか?」
「ガギルの鍛冶師がヒームの国に、百か……」
「そんな話は聞いた事がないな」
ガギル族は頑固で気難しく、特にヒームとは相容れないとして、ほとんどその存在自体を明かしてこなかった。太古の昔にはガギル族の国もあったようだが、その技術力を狙われて、侵略を受け、離散したのだという。それ以降は主にノルドが支配する森の奥に存在する鉱山に隠れて生きてきたようだ。
それでもその卓越した技術は、主にノルドを通して大きく喧伝されている。
ノルドはガギルほど意固地では無く、気分屋も多い。ヒームの国で冒険者を営む者もそこそこいるし、何かきっかけがあれば、ヒームの国に仕える者もいる。長寿を生かして国の歴史を刻む記録者となっていることも多い。
彼らが活躍するに当たって、装備しているのが大抵はガギル族の作った武具の場合が多いのだ。
有能な者が優秀な武具を扱う。それはもう当たり前なことだが、優秀な武具を手に入れたいと思う者はいつの時代も非常に多い。特にこの世界は戦いで満ちている。優秀であればあるほど命が続くし、家宝としてそれを持っているだけで権威の象徴となるのだ。
現状、ヒーム族の全ての国が、領が、貴族が、権威が、ガギル製の武具を欲しがっているのが「当たり前」らしい。
オベニスに住む、と言うことは、オベニス領主に従う、ということになる。領主の奴隷では無いが、領民となれば、領主からの取り引きを持ちかけられたら、拒否するのは難しい。
「モリヤはどう思う?」
「ドガルたち、ああ、ガギル族は男も女も変わらず鎚を振るうそうです。つまり、今回我々は、運良く、彼らを仲間とすることができました。彼らの気質上、こちらが失礼なことをしなければ、気が変わってすぐに出て行く……ということもないでしょう。つまり、既に五十弱のガギル鍛冶師がここに居る。これで満足としても良いかと思うのですが」
多分だけど、うん、まあ、ねぇ。
「まあ。何よりもガギル族の食事情が……劣悪です」
「ん?」
「ガギル族は元々身体が頑強で、胃袋等の内臓も強いらしいです。だからかもしれませんが、食事はほとんど調理しません。常に仕事をしながら、芋等を生で口に入れる、だけだそうです。欠かさないのはエールくらい。麦は其の分だけ、最低限各村で栽培しているとか……これは、自家製ですが必ず作るのはそれくらいとのことで」
「……」
「あとは?」
「主に生。肉も野菜も」
「それでいいのか?」
「良いわけがありません。俺は専門家ではないですし、種族が違うと、健康の意味も変わるとは思うんですが。治療のため検査しましたが、パッと見たところ、慢性的な栄養失調だと思いますし、生活習慣病として、病を患っている可能性も高いです」
「つまり?」
「酒を肴に、オベニスに呼び寄せて、ヤツラに旨いモノを、栄養のあるモノを食べさせます。最低限、強制的に。すると、健康なガギルが出来上がります。それまで以上に働いてくれるでしょう。ヒーム族よりも純粋で、黒いヤツ……いや、悪い奴がいない気がします。こちらが恩を売ればキチンと買ってくれるでしょう」
「ああ、そうだな。彼らは非常に義理堅い。約束も違えない。ノルドと共に、ヒームに騙されてばかりいる過去の記録が残っている」
まあ、そうだよね。良いカモだよね。拘束して奴隷にして一生武器を作らせる。それだけでも千金に値する。だからこそ、騙さない。それだけでもポイントは上がるハズだ。
「判った。モリヤに任せる。私は武器を作ってもらえるのなら嬉しいので頼む」
うん、知ってた。イリス様はガギル族=良い武器やっほー! としか考えて、見えて無いことを。
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