0186:暴食
「暴食の王」アルバカイトは確かにもの凄く暴食だった。
オーベさんの使う術の疑似「暴食の王」は確か、一回の術で五十人くらいを飲み込んでいたが、まあ、そこまでだった。……よく考えなくてもそっちも凄いんだけど。
元々は……。最終的に、騎士五百を主力とした、千弱はいたであろう辺境伯軍とその周辺(お付きや輜重、戦場商人や賄い婦などの付属してきていた人たち)を丸呑みしてしまった。
騎士が五百って……確かに、辺境伯軍は常時蛮族の侵攻を食い止めているため、他の領に比べれば、領軍の兵数が異様に多い。とはいえ、余っているわけではないのだ。
五百出してきたのは……もしかすると、傭兵団に襲われて壊滅した街を開放し、さらに、そこに駐屯させるための数を含めて……だったのかもしれない。それこそ、三百を戦場へ。二百をオベニスに残してという感じで。
イリス様が……騙されたことを知って蜻蛉返りしてきた時に迎え撃つ為の戦力かっ!
三百の騎士を含む辺境伯軍と、五百弱の傭兵団。……確かに、それだけあれば「確実にやれる」と考えてもおかしく無いか。
辺境伯領への帰還も容易いので、兵を動かしやすい。そもそもオベニスは他国に接していないので、同胞以外に攻め込まれる心配は無いのだ。一度支配してしまえば。もう、自分の領の一部として運営できると思われてる感じか。
とまあ、そんな取らぬ狸の皮算用。便乗商法よろしく押っ取り刀で駆けつけてきた辺境伯軍は見事に、本当に見事に喰われてしまった。
うちに攻めて来た「漆黒の刃」さんも無惨に殺されてしまったが、彼らのほとんどはちゃんと遺体が残っている。金目の物を引っ剥がして、早めに燃やして処理しなければならない分、こっちの負担は高い。
が。「暴食の王」は何一つ残さずに平らげてしまった。補給物資も食料だけでなく、馬車や馬、輜重隊の荷車まで、何もかもだ。そこには妙なクレーターの様な窪みがそこかしこに出現していた。
当の本人はさすがにお腹いっぱい、くちくなって、現在は野営地の奥側の草原で昼寝を始めていた。スライムでは無く人型である。別に辺境伯軍に思い入れは無いのだが、若干いらつくのは……なぜだろうか。余裕ぶっこき丸である。
ヤツにとってここは狩り場にして敵地のハズだ。だが、ここまで余裕なのは……この世界に自分の敵になる者、物がいないのが判っているのだろう。
「悔しいが……どうにもならんな。せめてイリスがいなければ基本的な対抗策すら覚束無い」
「そうですね……。地下がヤツに無視されて良かった……って……」
「なんだ?」
「魔力を追うんですよね、ヤツは」
「ああ」
「つまり、今いるところから一番近い魔力の多い所へ向かう。人間がたくさんいる場所、集っている場所」
「!」
「辺境伯軍が倒れた以上……周囲の街、村の領民はほぼここに避難完了しているから良いとして……ロザリアの率いる領兵もかなり近場に戻ってきているんじゃ……」
近隣の街、村からの避難民も、出来る限り全員受け容れている。地下遺跡様々だ。
「まずいな。ちょっと距離はあるが、辺境伯領の街や王領の街を襲ってくれればまだ良いが……」
「いま、昼でお腹いっぱいになったから……夕飯は近所でささっと済ませようとか思った場合、帰領中で野営でもしている彼らが次の餌ですね」
「モリヤ……凄く嫌なリアルな仮説だな」
「でも有り得ますよね。あいつ、嫌なヤツじゃないですか?」
「だろうな。悪魔は我々の天敵らしいからな。考え方自体が相容れないらしい」
コイツはマズい。どうする? どうする? うちの弱点は領民や一般兵だ。敵が1体、一箇所なのはありがたいが……少々強力すぎやしませんか。
コンコン
「どうぞ」
ノックと共に開くドア。
「ミアリア。よく寝れたみたいだな」
「はい……お館様」
「ん? どうした?」
「敵が……いるのですよね?」
「あ。ああ。「暴食の王」魔界九大伯爵、アルバカイト……だったかな。本体はもの凄い強い
「というか、ミアリア、体調は? 平気なのか?」
「はい、問題ありません。それよりも……敵は強大ということですね」
「あ、ああ」
「ミアリア……君は……どこか変わったか?」
ファランさんが俺の言いたかったことを言ってくれた。なんだ、この違和感。
「ああ、申し訳ありません。まだ……馴れていないだけなのです」
なんに……だ?
「現状の我らの主な戦力はファラン様、お館様、フリアラ。そして私……のみということで。合ってますか?」
「強者は……そうだな」
セタシュアはうん、癒やし役。
「では。お館様、以前、地下の部屋から持ち帰った剣をお貸しいただけますか?」
「え? あのなまくら?」
モギ部屋のロッカー(転移陣の設置されているヤツの横にあった同じ感じのロッカー)に、剣や斧がごちゃっと突っ込んであったのだ。モギ先輩が特筆しなかったことからも判るように、そのほとんどが特別な物ではなく、変に曇っていて、なまくらの様だった。まあ、研ぎ直しが必要だろう……ということで、そのまま収納に入れっぱなしになっている。
「こ、これ?」
幾つかあったなまくらの中でも、片手剣、ショート・ソードを取り出して手渡す。ごく自然に受け取ったミアリアは鞘から抜いて、曇った刃を見る。納得したように鞘に収めて、腰に佩いた。
「お借りします」
「え?」
「え? 行って参ります」
「え?」
その瞬間、ミアリアが。消えた。いや、多分、魔剣士戦でつかった、「かぜはや」、さらに「くゆらせ」と「しょうしつ」の同時使用の超高速版……だ。というか、そんな気がした。っていうか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます